新元号「令和」の出典~『万葉集』 梅花の歌三十ニ首并せて序

こんにちは。左大臣光永です。平成31年4月1日午前、新元号が「令和(れいわ)」と発表されました。

『万葉集』巻五・815からの32首の歌の序文に、

初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(き、きよ)く風和(かぜ、やわら)ぎ

とあるのが出典です。

中国古典以外から元号が採られるはじめての例になります。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/Manyo05_815.mp3

百人一首 全首・全歌人 徹底解説
http://sirdaizine.com/CD/Ogura100info3.html

日本の歴史 飛鳥・奈良
http://sirdaizine.com/CD/His08.html

京都講演■京都で声を出して読む 小倉百人一首
4/28(日)
http://sirdaizine.com/CD/KyotoSemi_Info.html

天平二年(730)正月、大宰帥(だざいのそち・そつ 大宰府の長官)・大伴旅人(おおともの たびと)の館に集まった人々が、梅の花を三十ニ首の歌に詠みました。新元号「令和」の出典となったのは、三十ニ首の短歌の頭に掲げてある序文です。

本日は序文全体と、主人グループが詠んだ八首目までを読み、解釈していきます。

梅花(うめのはな)の歌三十ニ首并(あわ)せて序

天平二年正月十三日に、帥(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を開く。時に、初春の令月にして、気淑(き、よ)く風和(かぜ、やはら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かをら)す。加之(しかのみにあらず)、曙の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥はうすものに封(こ)めらえて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。ここに天を蓋(きぬがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏(うち)に忘れ、襟を煙霞(えんか)の外に開く。淡然と自ら放(ほしきまま)にし、快然と自ら足る。若し翰苑(かんえん)にあらずは、何を以ちてか情(こころ)をのべむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す。古(いにしへ)と今とそれ何そ異ならむ。宜しく園の梅を賦(ふ)して聊(いささ)かに短詠(たんえい)を成すべし。

■天平二年 730年。前年長屋王の変があり、天平と改元。 ■帥の老 大伴旅人。神亀5年(728年)頃から大宰帥。 ■令月 令は良い。 ■淑 うつくしい。しとやか。 ■鏡前の粉 婦人が鏡の前で塗る白い胡粉。梅の花をたとえる。 ■珮後 珮は帯に下げる飾り玉。そこから、身につける装飾品全般。 ■羅 薄く透明な絹。雲のたとえ。 ■蓋 きぬがさ。空を天蓋にたとえる。 ■岫 山のほらあな。 ■うすもの ちりめんの一種。霧をたとえる。 ■膝を促(ちかづ)け その座にいる人々と親しく交わっている様子。 ■新蝶 さいきん羽化した蝶。 ■故雁 南方で冬をすごし、春先に北方に帰っていく雁。 ■觴を飛ばす 盃をさかんに酌み交わすこと。羽觴を飛ばす。羽觴は羽の飾り物のある盃。それをさかんに交わすことから、「飛ばす」とたとえる。 ■言(こと)を一室の裏(うち)に忘れ 言葉を心の内に忘れるほど、真意を悟ること。 ■煙霞 煙は雲のこと。 ■淡然 心にわだかまりのない状態。 ■改然 快い状態。 ■翰苑 文筆のこと。「翰」は文章、「苑」は世界の意。 ■古と今とそれ何そ異ならむ 中国『詩経』に落梅を詠んだ歌が多い。昔の詩を詠むことと、今の詩を詠むことと、どうして大きく違おうかということ。

【現代語訳】
天平二年正月十三日に、大宰帥・大伴旅人の館に集まって、宴会を開く。時に、初春の月がすばらしく、空気がしとやかで、風はやわらぎ、梅は「鏡前の粉」婦人が鏡の前で塗る白粉のように白い花を開き、蘭は着物につける飾り物の陰で香をかおらせている。そればかりではなく、曙の嶺に雲が移り、松はうすい布のような雲をかけて天蓋(空)を傾け、夕べの岫(くき)…山の洞穴に霧が結び、鳥はちりめんのような雲に閉じ込められて林に迷う。庭には最近羽化した蝶が舞い、南方で冬をすごし、春先に北方に帰っていく雁が帰っていく。ここに天を覆い物とし、地を敷物とし、親しく膝をよせて、盃を酌み交わす。言葉を心のうちに忘れるほど真意を悟り、襟を雲と霞の外に開く。わだかまりのない状態で自ら心を解き放ち、気持ちよい状態で自ら満足する。文筆による以外に、何をもってこの心を述べよう。詩をつくって落梅の詩を記すのだ。(落梅を詩に詠むことは)昔も今も変わらない。どうかこの園の梅を詩に詠んで、ひとつ短歌をつくってほしい。


こうしてみると、万葉集から採った、とはいってもきわめて漢文的な文章です。これに続けて主人グループ、客人3グループが8首ずつ、計32首の歌を詠みます。

正月(むつき)立ち 春の来らば かくしこそ 梅を招(を)きつつ 楽しきを経(へ)め
第弐紀卿(だいに きのまへつきみ) 815

【歌意】
正月になって春が来たら、こんなふうに梅の寿を招きつつ、楽しい日を尽くそう。

梅の花 今咲ける如(ごと) 散り過ぎず わが家(へ)の園に ありこせぬかも
少弐小野大夫(しょうにをののたいふ)

【歌意】
梅の花よ、今咲いているように、散り過ぎず、わが屋の園に咲き続けていてほしいなあ。

梅の花 咲きたる園の青柳は 蘰(かずら)にすべく成りにけらずや
少弐粟田大夫 817

【歌意】
梅の花の咲いた園に、青柳も、蘰(髪飾り)にするにふさわしく、のびているなあ。

春されば まづ咲く宿の 梅の花 独り見つつや 春日暮らさむ
筑紫前守山上大夫(つくしの みちのくちのかみ やまのうえの たいふ)=山上憶良

【歌意】
春になるとまず咲く私の宿の梅の花。独りで見ながら春の一日を過ごすだろうか。(とんでもない。皆で一緒に楽しもう)

世の中は 恋繁(しげ)しゑや かくしあらば 梅の花にも成らましものを
豊後守大伴大夫(とよのみちのしりのかみ おおともの たいふ) 819

【歌意】
世の中は恋に苦しむことが多いなあ。こんなことであれば、梅の花にでもなってしまいたいものを。

梅の花 今盛りなり 思ふどち 插頭(かざし)にしてな 今盛りなり
筑紫後守葛井大夫(つくしの みちのしりのかみ ふぢゐの たいふ) 820

【歌意】
梅の花は今が盛りだなあ。心の通う仲間たちよ。かんざしとして挿そうよ。今が盛りだなあ。

青柳 梅との花を 折りかざし 飲みての後は 散りぬともよし
笠沙弥(かさのさみ) 821

【歌意】
青柳と梅の花を折って頭上にかざし、酒を飲んだ後は、花が散ってしまってもよい。

わが園に 梅の花散る ひさかたの 天(あめ)より雪の 流れ来るかも
主人(あるじ=大伴旅人)

私の庭に梅の花が散る。天から雪が流れきたようだなあ。

…ここまでが大伴旅人・山上憶良ら、主人グループです。これに客人グループの歌が続くわけです。

告知

日本の歴史 飛鳥・奈良
http://sirdaizine.com/CD/His08.html

飛鳥時代と奈良時代の事件や人物を年解説した解説音声とテキストです。メディアはdvd-romです。

第一部「飛鳥時代篇」は、蘇我馬子や聖徳太子の時代から乙巳の変・大化の改新を経て、壬申の乱まで。

第二部「奈良時代篇」は、長屋王の変・聖武天皇の大仏建立・鑑真和尚の来日・藤原仲麻呂の乱・桓武天皇の即位から長岡京遷都まで。

教科書で昔ならった、あの出来事。あの人物。ばらばらだった知識が、すっと一本の線でつながります。旅のヒントにもなります。

京都講演■京都で声を出して読む 小倉百人一首
http://sirdaizine.com/CD/KyotoSemi_Info.html

4/28(日)17時~京都駅八条口徒歩10分。長福寺にて。最終回。小倉百人一首の歌を会場のみなさまとご一緒に読み、解説していきます。86番西行法師~

朗読・解説:左大臣光永
>