白峯 七

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重仁(しげひと)国しらすべき才あり。雅(まさ)仁(ひと)何らのうつは物ぞ。

人の徳を選ばずも、天(あめ)が下の事を後宮(こうきゅう)にかたらい給ふは父帝(みかど)の罪なりし。されど世にあらせ給ふほどは孝(かう)信(しん)をまもりて、勤(ゆめ)色(いろ)にも出ださざりしを崩(かくれ)させ給ひてはいつまでありなんと、武(たけ)きこころざしを発(おこ)せしなり。
  
臣として君を伐(うつ)すら、天に応じ民の望(のぞみ)にしたがへば、周(しう)八百年の創業(そうげふ)となるものを。
       
まして知るべき位(くらゐ)ある身にて、牝(ひん)鶏(けい)の晨(あした)する代(よ)を取(とっ)て代(かは)らんに、道を失(うしな)ふといふべからず。
          
汝家を出でて仏(ほとけ)に婬(いん)し、未来(みらい)解脱(げだつ)の利欲(りよく)を願(ねが)ふ心より、人道(にんだう)を持て因果(いんぐわ)に引入れ、堯(ぎゃう)舜(しゅん)のをしへを釈門(しゃくもん)に混(こん)じて朕(われ)に説(と)くや」と、御声(みこゑ)あららかに告(のら)せ給ふ。

現代語訳

重仁(しげひと)には国を治めるだけの才能がある。雅(まさ)仁(ひと)にどんな才能があるというのか。

人の徳の有無をも見極めないで、皇位継承のことを後宮の后(きさき)に相談してお決めになったのは、父帝のあやまちであった。しかし自分は父が御存命中は、子としての孝行と誠をつくして、その不平不満を決して顔色にも出さなかったが、父がおかくれになったのちは、いつまでも不遇に甘んじ、不平を我慢しておられようかと、ここにはじめて勇気をふるいおこして兵をあげることを決意したのである。

周の武王が臣の身として、君主であった殷(いん)の紂(ちゅう)王(おう)を討ったのさえ、天の命ずるところにしたがい、民の望に順うものならば、事は成就し、天は認めて周王朝八百年の基をひらく大業となったではないか。

ましてや当然国政を執るべき資格と地位のある自分が、女后の意志で政治が左右されるようなあやまった政権にとってかわろうとするのに、なんでこれが道理にそむいたことだといえようか。

その方は出家して仏道に溺れ、来世で煩悩をのがれて救いを得たいという利欲の心から、ほんとうの人間の道をむりに仏教の因果理論にひきつけて説き、堯(ぎゃう)舜(しゅん)の教え、すなわち儒教の説に照らすべきを、仏教に混入して、自分を説得しようとするのか」と御声も荒々しくおっしゃるのだった。

語句

■何らのうつはものぞ-どれだけの才能があるというのだ。とうてい重仁の比ではないという意味が込められている。■人の徳を選ばずも-人の徳のあるなしを見極めもしないで。■天(あめ)が下の事-天下の政治の事であるが、ここでは皇位継承の問題を指す。 ■後宮- 后妃の住む奥御殿。ここでは美福門院。■勤(ゆめ)-決して。少しも。■色(いろ)にも出ださざりしを-(不平不満を)そぶりにも見せなかったが。「色」はそぶり、表情。「を」は逆接の接続助詞。■武(たけ)きこころざし-武勇の心。勇猛心。この心を起こすことは、武力に訴えて挙兵することをいう。■臣-ここでは、殷(いん)の紂(ちゅう)王(おう)の部下であった周の武王をさす。■臣として君を伐(うつ)-臣下でありながら主君を討つこと。■周-周王朝は三十余代、八百七十年続き、紀元前256年に滅びた。■周(しう)八百年の創業(そうげふ)となるものを-周王朝が八百年も続く基となったのに。■しるべき位ある云々-「しる」は統治する。治める。■牝(ひん)鶏(けい)の晨(あした)する-めんどりがときをつくること。 美福門院の差し出口を指す。■家を出でて-出家して。■仏に婬(いん)し-仏道に耽(ふけ)り惑溺すること。崇徳院が西行の出家したことを非難したもの。■未来(みらい)解脱(げだつ)の利欲(りよく)-現世の煩悩を去って、来世で救われたいと願う欲望。■人道(にんだう)を持て云々-一種の倒立表現で「因果を持て人道に引き入れ」と同意。■因果-仏教で説く、過・現・未の三世にわたる善悪応酬の理論。■堯(ぎゃう)舜(しゅん)の教え-仁・徳をもって世を治めた二人の中国上代の伝説的帝王。「をしへ」は儒教。■釈門(しゃくもん)-釈迦の門弟。僧。ここは仏説をいう。

備考・補足

朗読・解説:左大臣光永


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