白峯 十二

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いにしへより倭(やまと)・漢土(もろこし)ともに、国をあらそいて兄弟(きやうだい)敵(あた)となりし例(ためし)は珍(めずら)しからねど、罪(つみ)深(ふか)き事かなと思ふより、悪心(あくしん)懺悔(ざんげ)の為にとて写しぬる御経(きやう)なるを、いかにささふる者ありとも、親しきを議(はか)るべき令(のり)にもたがひて筆の跡だも納(い)れ給はぬ叡慮(みこころ)こそ、今は久しき讐(あた)なるかな。

所詮(しょせん)此の経を魔道(まだう)に回向(ゑかう)して、恨(うらみ)をはるかさんと、一すぢに思ひ定(さだめ)て、指(ゆび)を破(やぶ)り血(ち)を持て願文(ぐわんもん)をうつし、経とともに志(し)戸(と)の海(うみ)に沈(しづめ)てし後は、人にも見(まみ)えず深く閉(とぢ)こもりて、ひとへに魔王(まわう)となるべき大願(たいぐわん)をちかひしが、はた平治(へいぢ)の乱(みだれ)ぞ出できぬる。

まづ信頼(のぶより)が高き位(くらゐ)を望む驕慢(おごり)の心をさそうて義(よし)朝(とも)をかたらはしむ。かの義朝こそ悪(にく)き敵(あた)なれ。
         
父の為義(ためよし)ををはじめ、同胞(はらから)の武士(もののべ)は皆朕(わが)ために命(いのち)を捨(すて)しに、他(かれ)一人(ひとり)朕(われ)に弓を挽(ひ)く。

為朝(ためとも)が勇猛(ゆうまう)、為義(ためよし)・忠(ただ)政(まさ)が軍配(たばかり)に贏(かつ)目(いろ)を見つるに、西南の風に焼討(やきうち)せられ、白河の宮を出でしより、如意(にょい)が獄(みね)の険(けは)しきに足を破(やぶ)られ、或(あるい)は山賤(やまがつ)の椎(しひ)柴(しば)をおほいて雨露を凌(しの)ぎ、終(つひ)に擒(とら)はれて此の島に謫(はぶ)られしまで、皆義(よし)朝(とも)が姦(かだま)しき計(た)策(ばかり)に困(くるし)められしなり。

現代語訳


昔から、日本でも中国でも、帝位を争って兄弟が敵対した例は珍しくもないが、(このたびの朕(わ)が立場は)罪深いことであったと思ったからこそ、悪心懺悔(ざんげ)のためにと写した御経であるのに、いかに妨げるものがいようと、義親の令に背(そむ)いてまで、筆の跡すら(都の内へ)入れられぬ後白河帝の御心こそ、今は永劫(えいごう)の憎しみではあるぞ。

この上はこの経を魔道に捧げ恨みを晴らさんと、ただ一筋に思いつめて、指先を噛み切り血で願文を書き記し、御経もろともに志戸の海中に沈めてしまった後は、人にも逢(あ)わず深く閉じ籠(こも)って、ひたすら魔王となる大願を誓っていたが、果たして(あの)平治の戦乱が起こったのであった。

まず、信頼(のぶより)の高位高官を望む増長心を煽(あお)り立て義(よし)朝(とも)を味方につけさせた。

この義朝こそ憎い仇敵(きゅうてき)であったぞ。父の為義(ためよし)をはじめ、兄弟の武将たちは、いずれも朕(わ)がために(戦って)命を捨てたのに、彼一人だけが自分に矢を向け(敵方に)なった。

為朝(ためとも)の勇猛な働き、為義・忠(ただ)政(まさ)の戦略、指図によって、勝ち目が見えていたのに、西南の風に乗じて焼き討ちされ、白河の宮を遁(のが)れ出てから、如意が嶽の険しい山路に足は傷つけられ、あるいは木樵の作った椎の柴を覆って雨露をしのぎ、ついに捕らえられてこの地に流刑(るけい)になるまで、すべて奸悪(かんあく)な義朝の策略に苦しめられたのだ。

語句

■悪心(あくしん)懺悔(ざんげ)-「悪心」は、ここでは帝位を争って兄弟相争うこと。「懺悔」はその悪心が罪深いことを悟りそれを悔い改めようとすること。■ささふる-障ふる」。さまたげる。妨害する。■親しきを議(はか)るべき令(のり)-議親法を指す。大宝令で定められた天皇・皇后・皇太后・太皇太后の親族は減刑と言う法令。■筆の跡だも-筆跡さえも。「だも」は「だにも」の略で、さえも、すらもの意。■今は久しき讐(あた)-今となっては永久に忘れられない怨み。「今は」は今となっては。■魔道-仏道に対して障害を与える悪魔の世界。■回向-本来は功徳を施すことだが、ここでは魔道に経を手向け、魔力の助けを祈ること。■はるかさん-「はるかす」は「はらす」と同じで、それに意志の助動詞「ん」がついた。「はらさん」と同じ。■願文-ここでは誓い状。『源平盛衰記』に天下を乱さんという趣旨の新院願文が見える。■志(し)戸(と)の海-香川県大川郡志度町の志度浦。史実に反するが「霊場記」によった。■はた-「はた」を「果たして」の意に用いる秋成独特の語法。『保元物語』など、平治の乱を新院怨念のしわざとみる。■信頼(のぶより)-藤原信頼。後白河帝の寵臣。近衛大将を望んで信西に妨げられ、「平治の乱」を起こした。■義(よし)朝(とも)-源義朝。保元の乱での行賞不平から反乱。■かたらはしむ-味方につけた。崇徳院の怨念が信頼をそそのかして、義朝を味方に引き入れたこと。 ■為義(ためよし)-保元の乱で院に味方。敵に回った長男義朝の手で切られる。■同胞(はらから)の武士(もののべ)-義朝の六人の弟たち■為朝(ためとも)-鎮西八郎為朝。義朝の弟、伊豆大島流罪。■忠(ただ)政(まさ)-平忠政。甥の清盛に切られる。■贏(かつ)目(いろ)を見つるに-勝目が見えたのに。「に」は逆接の接続助詞。■白河の宮-白河北殿。院の本陣。今の京都市中京区丸太町にあった。もとは白河法皇の御所であったが、保元の乱のとき、崇徳上皇はここに御幸し、保元元年七月十一日脱出して如意(にょい)が獄(みね)に入った。■如意(にょい)が獄(みね)-京都東山の主峰。■山賤-木こり、猟師など山里に住む身分の賤しい者。■椎柴-木こりの刈った椎の柴。■姦しき計策-心のねじけた陰険な計略。白河院を焼き討ちしたこと。

備考・補足

保元の乱における敵味方関係
保元の乱における敵味方関係

朗読・解説:左大臣光永


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