白峯 十三

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これが報(むく)ひを虎狼(こらう)の心に障化(しゃうげ)して、信頼(のぶより)が陰謀(いんぼう)にかたらはせしかば、地祗(くにつがみ)に逆(さか)ふ罪(つみ)、武(ぶ)に賢(さと)からぬ清(きよ)盛(もり)に逐討(おひうた)る。

且(かつ)父の為義を弑(しい)せし報(むく)ひ窮(せま)りて、家(いへ)の子(こ)に謀(はか)られしは、天神(あまつがみ)の祟(たた)りを蒙(かうむ)りしものよ。

又、少納言信西(しんぜい)は、常に己(おのれ)を博士(はかせ)ぶりて、人を拒(こば)む心の直(なほ)からぬ、これをさそうて信頼(のぶより)・義(よし)朝(とも)が讐(あた)となせしかば、終(つひ)に家を捨てて宇治山(うぢやま)の坑(あな)に竄(かく)れしを、はた探(さが)し獲(え)られて六条河原に梟首(かけ)らる。

これ経をかへせし諛(おも)言(ねり)の罪を治(をさ)めしなり。

それがあまり応(おう)保(ほう)の夏(なつ)は美(び)福門院(ふくもんゐん)が命(いのち)を窮(せま)り、長寛(ちやうくわん)の春は忠道(ただみち)を祟(たた)りて、朕(われ)も其の秋世をさりしかど、猶(なほ)嗔火(しんくわ)熾(さかん)にして尽(つき)ざるままに、終(つひ)に大魔王(だいまおう)となりて、三百余類(よるい)の巨魁(かみ)となる。

朕(わが)けんぞくのなすところ、人の福(さひはひ)を見ては転(うつ)して禍(わざはひ)となし、世の治(をさま)るを見ては乱(みだれ)を発(おこ)さしむ。
     
只清盛が人果(にんくわ)大にして、親族(うから)氏族(やから)ことごとく高き官位につらなり、おのがままなる国政(まつりごと)を執行(とりおこな)ふといへども、重森(しげもり)忠義をもて輔(たす)くる故いまだ期(とき)いたらず。

汝見よ。平氏もまた久しからず。

現代語訳

この報復として、(自分の心を)虎や狼のような(残忍な)心に変えて義朝を、信頼の陰謀に仲間入りさせたので、国津(くにつ)神(がみ)に背いた罪により、さほど武勇にも優れていない清盛に追い討たれたのである。

その上、子として父の為義を殺した報いによって、譜代の家臣にだまし討ちに討たれたのは、天津(あまつ)神(がみ)の祟りを受けたのである。

また、少納言信西(しんぜい)は、常に学者ぶり、人を容(い)れないねじれ心であった。その心を誘い募(つの)らせて、信頼・義朝の仇敵にしてやったから、彼はついに家を出て宇治山中に穴を掘って隠れたけれど、結局探し出されて六条(ろくじょう)河原(がわら)に首をさらしたのだ。

これは写経を突き返した諛(へつらい)言(ごと)の罪を裁いたのである。

その余勢をかって応(おう)保(ほう)元年の夏には美福門院の命を縮め、長寛二年の春には忠道に祟って殺し、朕(われ)もその年の秋には世を去ったが、死後もなお、憤りの火が盛んに燃えて消えぬままに、ついに大魔王となって三百余類を配下とする首領となったのである。

朕(わ)が眷属(けんぞく)のなすところは、人の幸福(さいわい)を見てはこれを災厄(わざわい)に転じ、世の太平を見ては、そこに戦乱を起こさせることだ。

ただ清盛だけは人果に恵まれており、親族一族のすべてが高位高官に連なり、自分勝手な国政を執り行っているが、その子重盛が忠義を持って補佐しているので、未(いま)だ彼らを破滅させる時が来ないのだ。

汝、見ているがよい。平氏の運も久しくないぞ。

語句

■虎狼(こらう)の心-暴虐残忍な心■障化-祟り変ずること。義朝の邪欲をそそり破滅へ導くことを指す。 ■地祗(くにつがみ)-「天つ神」に対する「地の神」で、国土を守護する神。天皇。 ■家(いへ)の子(こ)に謀(はか)られし-敗走した義朝は尾張の国野間の家臣長田忠致(おさだただむね)を頼ったが、その長田に謀殺された。
■清盛-平清盛。忠盛の子。平相国と称し、保元の乱、平治の乱で勝利をおさめ、太政大臣となり、安徳天皇の外祖父となるなど、平家一門の繁栄を築き上げた。■博士-博学の士。学者。■宇治山(うぢやま)の坑(あな)-『平治物語』によれば、信西は都を逃げ宇治の木幡山(宇治川のあたりの山)中に穴を掘って隠れたが、発見されて首を打たれ、六条河原(京都六条辺りの賀茂川の河原で、当時は刑場であった。)に梟首(拷問にかけられさらし首になること)された。■諛(おも)言(ねり)-追従。へつらい。 ■諛言の罪-へつらいの罪。崇徳上皇の写経を天皇にへつらって呪詛と奏上したことを指す。■応保の夏-門院の薨は正しくは永暦元年。「応保元年、冬十一月美福門院薨ス」(本朝通紀)■長寛の春-長寛二年(1164)二月。藤原忠通は後白河帝擁立の中心人物。 ■其の秋-長寛二年八月六日(二十六日説もある)。四十六歳。■嗔火-怒りの炎。■大魔王-善を妨げる悪鬼の頭領。 ■三百余類(よるい)の巨魁(かみ)-天狗の眷属(配下の悪鬼)の概数。したがって首領という意味の「巨魁」は、ほぼ大天狗と考えてよい。 ■人果-その人に前世から約束づけられたこの世での果報・勢威。■忠義-国家・朝廷に対する「忠義」だが、「輔」けたのは清盛の「人果」■親族(うから)氏族(やから)-「親族」は血縁の者。「士族」は一門。■重盛-平重盛。清盛の長子。忠孝の心厚く、父清盛の横暴を戒めた。治承三年(1179)八月一日没。

備考・補足

朗読・解説:左大臣光永


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