白峯 十六

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此の言葉を聞(きこ)しめして感(めで)させ給ふやうなりしが、御面(みおもて)も和(やは)らぎ、陰火(いんくわ)もややうすく消(きえ)ゆくほどに、つひに竜体(みかたち)もかきけちたるごとく見えずなれば、化(け)鳥(てう)もいづち去(ゆき)けん跡もなく、十日あまりの月は峰に隠れて、木(こ)のくれやみのあやなきに、夢路(ゆめぢ)にやすらふが如し。
       
ほどなくいなのめの明けゆく空に、朝(あさ)鳥(とり)の音(こゑ)おもしろく鳴(なき)わたれば、かさねて金剛(こんがう)経(きょう)一巻(いっくわん)を供養(くやう)したてまつり、山をくだりて庵(いほり)に帰(かへ)り、閑(しづか)に終夜(よもすがら)のことどもを思ひ出づるに、平治の乱よりはじめて、人々の消息(せうそく)、年月のたがひなければ、深く慎(つつし)みて人にもかたり出でず。
      
其の後、十三年を経(へ)て治承(ぢしやう)三年の秋、平(たひら)の重盛病(しげもりやまひ)に係(かか)りて、世を逝(さり)ぬれば、平(へい)相国(さうこく)入道、君をうらみて鳥羽(とば)の離宮(とつみや)に籠(こめ)たてまつり、かさねて福原(ふくはら)の茅(かや)の宮に困(くるし)めたてまつる。

現代語訳


(崇徳上皇は)この言葉をお聞きになって、お気に召したかのようであったが、次第にお顔つきも穏やかになり、鬼火もしだいに薄れていくにつれて、ついにお姿もかき消したように見えなくなくなると、怪しい鳥もどこへ行ったのか跡形もなくなり、十日過ぎの月は峰に隠れて、木が生い茂って暗く、物の文目(あやめ)もわからない暗さに、さながら夢路をさまようような気持であった。

ほどなく白々と明けいく空に、爽(さわ)やかに小鳥のなく声が聞こえてきたので、重ねて金剛経一巻を読誦(どくじゅ)回向申し上げ、山を下り庵(いおり)に帰った。心静かにこの一夜の出来事を思い出してみると、新院のお語りになったことは、平治の乱のことをはじめ、人々の身の上・動静など全く事実どうりで、(院の語られた事実と)年月の違いもなかったので、(これは尋常ではないと、)深く畏(おそ)れ慎(つつし)んで、(このことを)誰にも語ることをしなかった。

その後、十三年を経た治承(じしょう)三年の秋、平重盛は病にかかって世を去ったので、入道清盛は、誰憚(はばか)ることなく、後白河院をお恨みして鳥羽離宮に幽閉申し上げ、さらに福原新都の茅(かや)の宮に押し込め苦しめ奉るということがあった。

語句

■聞しめし-「聞く」の尊敬体「聞しめす」の連用形。■感(めで)させ-心を動かされる。よしとお思いになる。■竜体-「玉体」と同じく、天使の身体をいう。■あやなきに-「あや」は「彩」。物の色目、模様もはっきり見えないこと。 ■、十日あまりの月-十日過ぎの月で、満月に近い。その月が隠れたのは夜明け近いことになる。■木のくれやみ-木が生い茂って暗い状態をいう。■あやなきに-物の文目もはっきりしないので。■いなのめの-「明く」の枕詞。 ■朝鳥-早朝にねぐらを飛び立つ鳥。特定の鳥ではない。■金剛経-『金剛般若葉波羅密多経』。悪魔に勝ち、煩悩を断つ功徳のある経。 ■消息-崇徳院が口にした人物の有様。■君をうらみて云々-「清盛上皇を以て鳥羽離宮に遷す」(本朝通紀)。■鳥羽の離宮-京都市伏見区鳥羽にあった鳥羽殿で、「城南(せいなん)離宮」と言われた。■茅の宮-神戸市兵庫区福原町に清盛が建設した新都。「茅の宮」は茅葺の粗末な御殿。『平家物語』には、清盛が後白河院をここに幽閉したとある。「(治承四年)夏六月清盛京を摂州福原に遷す」(本朝通紀)

備考・補足

朗読・解説:左大臣光永


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