菊花の約 一

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雨月物語 巻之二

菊花(きくくわ)の約(ちぎり)

青々(せいせい)たる春の柳、家(み)園(その)に種(うゆ)ることなかれ。交(まじは)りは軽薄(けいはく)の人と結ぶことなかれ。楊(やう)柳(りう)茂(しげ)りやすくとも、秋の初風(はつかぜ)の吹くに耐(たへ)めや。   
     
軽薄(けいはく)の人は交(まじは)りやすくして亦速(またすみやか)なり。楊柳いくたび春に染(そむ)れども、軽薄(けいはく)の人は絶(たえ)て訪(とむら)ふ日なし。

播磨(はりま)の国加古(かこ)の駅(うまや)に丈部(たけべ)左門(さもん)といふ博士(はかせ)あり。清貧(せいひん)を憩(あまな)ひて、友とする書(ふみ)の外はすべて調度(てうど)の絮煩(わづらわしき)を厭(いと)ふ。                

老母あり、孟子(まうし)の操(みさを)にゆづらず。常に紡績(うみつむぎ)を事として左門がこころざしを助く。其の季女(いもうと)なるものは同じ里の作用氏(さよううじ)に養(やしな)はる。此の作用(さよ)が家は頗(すこぶる)富(とみ)さかえて有りけるが、丈部(はせべ)母子の賢(かしこ)きを慕(した)ひ、娘子(をとめ)を娶(めと)りて親族となり、屡々(しばしば)事に托(よせ)て物を餉(おく)るといへども、「口腹(こうふく)の為に人を累(わずらは)さんや」とて、敢(あへ)て承(うく)ることなし。

現代語訳

青々とした春の柳は美しいが、我が家の庭には植えるべきではない。軽薄な人との交流はつつしめ。楊柳は茂りやすいが、秋の初風が吹けばそれには耐えられず葉が落ちてしまうことだろう。

軽薄な人は交わりやすいが別れるのも早い。楊柳はそれでも春が来るたびに、葉を青々と茂らせるが、軽薄な人との交わりはいったん絶えてしまうと二度と訪れる日は来ないだろう。

播磨の国、加古の宿に丈部(はせべ)左門(さもん)という学者がいた。清貧に甘んじ、書物以外の物、実の周りの道具類いっさいを煩わしがって置かなかった。左門には老母がいた。孟母に負けない賢母で、常に糸繰り、機織りをして左門の志を支えていた。

其の妹は同じ里の作用氏のところに嫁いでいた。この作用家はかなり裕福だったが、丈部(はせべ)親子の賢さを慕い、妹を嫁にもらって親族となり、しばしば事にかこつけて物を送ろうとするが、「腹を満たすために他人を煩わすことはしない」といって決してそれを受け入れなかった。

語句

■菊花の約-菊の節句(九月九日)に再会を誓った、その約束をさす。 ■青々とした-青々と茂っていること。■揚(やう)柳(りう)-「楊」は「かわやなぎ」。「柳」はしだれ柳。楊も柳も若葉の美しさで古来愛された。■耐(たへ)めや-「や」は反語。耐えられようか。耐えられないで落葉してしまう。■播磨の国、加古の駅-今の兵庫県加古川市。「駅」は「馬屋」で街道筋に駄馬、人足を揃えておき往来の旅人の便をはかったところ。宿場。■憩(あまな)ひて-甘んじて。■調度-家具、備品。「絮煩」はうるさくめんどうなこと。■老母あり-「孟子」は三遷や断機の逸話で知られる孟子の母。「操」は、ここでは母としての強い意志力。■紡績(うみつむぎ)を事として- 機織りで生活費を稼いで。■作用(さよ)氏(うぢ)-中世。播磨に実在した豪族。■事に托(よせ)て-何かの事にかこつけて。■餉(おく)る-ひろく物資・食料などを送ること。■口腹(こうふく)の為に-生計のことで。■累(わずらは)さんや-厄介をかけることができようか「や」は反語。

備考・補足

※主人公左門の、貧しいながらも気品のある性格や生活ぶりがきわめて簡潔・的確に描かれている。

朗読・解説:左大臣光永


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