浅茅が宿 七

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勝四郎、翁が高齢(よはひ)をことぶきて、次に京(みやこ)に行きて心ならずも逗(とどま)りしより、前夜のあやしきまでを詳(つばら)にかたりて、翁が塚(つか)を築(つき)て祭り給ふ恩(めぐみ)のかたじけなきを告(つげ)つつも涙とどめがたし。翁いふ。「吾主遠(わぬしとほ)く行き給ひて後は、夏の頃より干戈(かんくわ)を揮(ふる)ひ出でて、里人は所々に遁(のが)れ、弱(わか)き者どもは軍兵(いくさびと)に召(めさ)るるほどに、桑田(そうでん)にはかに狐兎(こと)の叢(くさむら)となる。

只烈婦(さかしめ)のみ、主(ぬし)が秋を約(ちか)ひ給ふを守りて、家を出で給はず。翁(おきな)も又足(あし)蹇(なへぎ)て百歩を難(かた)しとすれば、深く閉(たて)こもりて出でず。一旦樹神(ひとたびこたま)などいふおそろしき鬼(もの)の栖所(すむところ)となりたりしを、稚(わか)き女子(をんなご)の矢武(やたけ)におはするぞ、老が物見たる中のあはれなりし。秋去(さり)春来りて、其の年の八月(はづき)十日といふに死(「まかり)給ふ。

惆(いとほ)しさのあまりに、老が手づから土(つち)を運びて柩(ひつぎ)を蔵(をさ)め、其の終焉(をはり)に残し給ひし筆の跡を塚(つか)のしるしとして蘋づ行潦(みづむけ)の祭りも心ばかりにものしけるが、翁もとより筆とる事(わざ)をしもしらねば、其の年月を紀(しる)す事もえせず、寺院(てら)遠ければ贈号(おくりな)を求むる方(すべ)もなくて、五(いつ)とせを過し侍るなり。今の物がたりを聞くに、必ず烈婦(さかしめ)の魂(たま)の来り給ひて、旧(ひさ)しき怨みを聞え給ふなるべし。復(ふたた)びかしこに行きて念比(ねんごろ)にとぶらひ給へ」とて、杖を曳(ひき)て前(さき)に立ち、相(あひ)ともに塚のまへに俯(ふ)して、声を放(あげ)て嘆(なげ)きつつも、其の夜はそこに念仏して明かしける。

寝られぬままに翁(おきな)かたりていふ。「翁(おきな)が祖父(おほじ)の其の祖父(おほじ)すらも生(うま)れぬはるかの往古(いにしへ)の事よ。此の郷(さと)に真間(まま)の手児女(てごな)といふいと美(うつく)しき娘子(をとめ)ありけり。家貧(まづ)しければ身には麻衣(あさごろも)に青衿(あをえり)つけて、髪だも梳(けづ)らず、靴だも穿(はか)ずてあれど、面(かほ)は望(もち)の夜の月のごと、笑(ゑめ)ば花の艶(にほ)ふが如(ごと)、綾錦(あやにしき)に裹(つつ)める京女﨟(みやこぢよらう)にも勝(まさ)りたれとて、この里人はもとより、京(みやこ)の防人(さきもり)等(たち)、国の隣の人までも、言(こと)をよせて恋ひ慕(しの)ばざるはなかりしを、手児女(てごな)物うき事に思ひ沈(しづ)みつつ、おほくの人の心に報(むく)ひすとて、此の浦回(うらわ)の波に身を投(なげ)しことを、世の哀(あはれ)なる例(ためし)とて、いにしへの人は歌にもよみ給ひてかたり伝へしを、翁(おきな)が稚(をさな)かりしときに、母のおもしろく語り給ふをさへいと哀れなることに聞きしを、此の亡(なき)人の心は昔の手児女(てごな)がをさなき心に幾らをかまさりて悲しかりけん」と、かたるかたる涙さしぐみてとどめかぬるぞ、老は物えこらへぬなりけり。勝四郎が悲しみはいふべくもなし。此の物語を聞きて、おもふあまりを田舎人(ゐなかびと)の口鈍(くちにぶ)くもよみける。

いにしへの真間(まま)の手児奈(てごな)をかくばかり恋ひてしあらん真間(まま)のてごなを

思ふ心のはしばかりをもえいはぬぞ、よくいふ人の心にもまさりてあはれなりとやいはん。かの国にしばしばかよふ商人(あきびと)の聞き伝(つた)へてかたりけるなりき。

現代語訳

勝四郎は、老人の長寿を祝福して、次いで(自分が)京に行って、不本意ながら(そこに)とどまったことから前夜の不思議な出来事までを詳しく語り、老人が(妻の為に)塚を建て、供養してくれたことに感謝の言葉を述べながらも、涙を止めることができなかった。老人が言った、「そなたが遠くへ行った後は、この村は、夏ごろから兵乱に巻き込まれ、里人はあちこちに逃げ、若者は兵卒に徴兵されたので、桑畑は手入れする人がいなくなって、たちまち狐や兎の棲む草叢となってしまった。

ただ、気丈な宮木どのだけが、おぬしが秋には帰ると約束されたの信じて、何処にも逃げずに家を出ず、わしも又、足が悪く百歩も歩けなかったので、家の中に深く引きこもって外には出なかったのじゃが、それにしても宮木どのが年若い女の身空で、いったん樹神などというもののけの住処(すみか)となってしまったこの土地に、けなげに待っておいでであったことは、この老人の私が(この世で)見聞きしたものの中でもとりわけ不憫なことであったぞ。秋が去り春が来て、其の年の八月十日に亡くなられたのだ。

気の毒さ、痛ましさのあまり、わしの手で土を運び、柩におさめて、今わの際に(宮木どのが)残した和歌を墓標がわりとして土墓を築き心ばかりの手向けや、お弔いもしたが、わしは、もともと文字が書けず、其の年月を記すこともできず、寺は遠くて戒名を手に入れる方法もなく、五年を過してしまったのじゃ。今の(そなたの)話を聞くと、きっと宮木どのの魂がやって来て、長い間待ちわびた悲しみを訴えられたのじゃろう。もう一度そこへ行って懇(ねんご)ろにお弔(とむら)いするのじゃ」と言って、杖をついて前(さき)に立ち、二人して塚の前にひれ伏して声を上げて哭きながら、其の夜は、そこに念仏をして明かしたのである。

(その夜)寝られないままに、翁が(次のような話しを)語って聞かせた。「私の祖父の其の祖父さえまだ生まれていない遥か昔のことであったなあ。此の里に真間の手児女(てごな)というとても美しい娘がいたそうじゃ。家が貧しかったので、麻の衣に青い衿をつけ、髪も櫛けずらず、靴も穿かないでいたが、顔は満月のように清らかで、笑えば、花が色美しく咲いたようで、美しい衣服を身にまとった京の貴婦人よりも美しいと、この里の人はもちろん、京の武人たちや隣国の人までもが、言葉をかけて恋慕ったが、多くの人に慕われても見はひとつ。手児女はつらいことだと気落ちしながら、多くの人の心に報わねばと、此の入り江の波に身を投げたということじゃ。(このことを)世の哀れな実例として、昔の人は歌にも詠んで語り伝えたが、私が子供の頃、母がおもしろく話してくれた(その手児女の)話でさえ、宮木のことに比べれば哀れには聞えないのだ。と話しては涙ぐみ、泣いてはまた語りだすのは、年寄りのこらえきれない涙もろさであった。
勝四郎の悲しみはいうまでもない。この話を聞いて、おもいあまった胸のうちを田舎者のたどたどしい言い方で歌に詠みあげた。、

いにしへの真間(まま)の…

(昔の真間の手児女を<自分が亡き妻を恋い慕うように>このように<昔の人は>恋い慕ったことだろう。手児女をなあ)

思いの一部ほども言い表すことができないのは、かえって上手に表現する人の心より勝って哀れであろうということができよう。この話は下総にたびたび通う商人が聞き伝えて語った話である。

語句

■あやしきまでを-怪事。宮木の幽魂が姿を現して勝四郎を迎えたことを指す。■祭り給ふ-ここでは葬り弔うことをいう。■干戈-武器。戦闘を意味する。■弱き者-「弱」の字意は、年少。若い者。■軍兵-兵卒■召るるほどに-徴収されたので。「ほどに」は原因、理由を表す接続助詞。■桑田にはかに狐兎の叢となる-人が去って田畑が荒廃したことをいう。■叢-野獣が住む荒藪(あらやぶ)。■烈婦-節操堅固の婦人。宮木のこと。■秋を約ひ給ふを-秋には帰ると約束されたのを。「給ふ」の次に「約束」の語が省略されていると見る。■足蹇て-歩行困難になって。歩けなくなって。足が不自由で。■歩-測地の尺度。■一旦-一度はの意であるが、ここは強意に用いている。■樹神-樹木の精霊。老樹には霊魂が宿り、人に祟りをすると考えられていた。■鬼の栖む所となりたりしを-もののけのすみ家となってしまったのに。「鬼」は「もののけ」人に取りつく生霊。死霊。「を」は逆接の接続助詞。■矢武-雄々しきこと。気丈夫。■老が-この老人が。「おい」とも「らう」とも読める。■あはれなりし-強く感動した事柄。■八月十日とふに…「いふに」は「いふ日に」の意。この八月十日は、前に「秋去り春来りて」とあって、この秋が帰る約束をした秋であるから、この翌年康正二年(1456)ということになる。■筆の跡-先の和歌一首をさす。■惆しさ-気の毒さ。■終焉-臨終。■蘋づ行潦の祭り-霊前・墓前などに水を供えて霊を弔うこと。「蘋づ」は浮草と白よもぎ。「行潦」は道路上の水溜りの水。共に粗末なものだから、「心ばかり」の供え物の意であろう。■ものしけるが-行ったが。「ものす」は「行う」の代動詞というべきもの。■筆をとる事をしも-文字を書くことを。「しも」は、強意の副助詞。■紀す事もえせず-記すこともできない。可能の意の副詞「え」は下に打消しの語「ず」を伴って不可能の意となる。。■贈号-戒名。■とぶらふ-回向する。■旧しき恨み-長年の積もる恨み。■かしこ-宮木の塚のこと。■声を放て嘆きつつも-声を出して嘆き悲しみながら。「も」は強意の係助詞。■明しける-夜を明かした。連体形止めで詠嘆表現。■寝られぬままに-悲しみのあまり胸が一杯で眠れないのである。「まま」は形式名詞。■往古の事よ-昔のことであったなぁ。「よ」は、感動の間投助詞。■真間の手児女-「てこな」。真間に住んでいたとされる伝説的女性。■青衿-野草の花葉で色を染めたもの。貧しい者の服装。■髪だも梳らず-髪さえもとかさないで。「だも」は、軽少なものをあげて重大なものを類推させる副助詞「だに」に、強意の係助詞「も」のついた「だにも」のつまったもの。「ず」は打消しの助動詞連用形で、連用中止法。■艶ふが如-色美しく咲くこと。■綾錦-美しい衣服をさしている。■裹める-身にまとった。■女﨟にも勝りたれ-貴婦人よりも優れている。「女﨟」は身分の高い女性。■防人-本来は大宰府へ諸国から交替で出た辺境守備兵だが、ここでは「武官」程度の意味。■国の隣の人-隣国の人。■物うき事-つらいこと。■浦回-入り江。■世のあはれなる例-世上の哀れな実例であるとして。「世の」は、世上の。■この亡人-本編の主人公宮木■をさなき心-素朴で純粋な心。■幾らをか-どんなにか。どれほどか。「を」は強意の間投助詞。■かたるかたる-語りながら。同じ語を重出して強調しながら、「語る」ことの継続していることをいう副詞的表現。■涙さしぐみて-涙が溢れて来て。■老は-老人は。■えこらへぬなりけり-堪えることができないのである。■おもふあまりを-思いあまった胸のうちを。■田舎者の口鈍くも-田舎者のたどたどしい言い方で。■思ふ心のはしばかりを-思いの一部分だけを。■よくいふ人-口上手な人。ここでは歌の上手な人。■あはれなりとやいはん-あわれであるということが出来よう。■かの国-本篇の舞台である下総の国。■かたりけるなりき-語った話であった。

備考・補足

朗読・解説:左大臣光永


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