仏法僧 二

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方(はう)五十町に開(ひら)きて、あやしげなる林も見えず、小石だも掃(はら)ひし福田(ふくでん)ながら、さすがにここは寺院遠く、陀羅尼鈴錫(だらにれいしゃく)の音も聞えず。木立(こだち)は雲をしのぎて茂(しみ)さび、道に界(さか)ふ水の音ほそぼそと清(すみ)わたりて物がなしき。

寝られぬままに夢然(むぜん)かたりていふ。「そもそも大使の神化(じんくわ)、土石草木(どせきさうもく)も霊を啓(ひら)きて八百(やほ)とせあまりの今にいたりて、いよよあらたに、いよよたふとし。遺芳歴踪(ゐはうれきそう)多きが中に、此の山なん第一の道場(だうぢやう)なり。大師いまそかりけるむかし、遠く唐土(もろこし)にわたり給ひ、あの国にて感させ給ふ事おはして、『この三鈷(こ)のとどまる所我が道を揚ぐる霊地なり』とて、杳冥(そら)にむかひて揚げさせ給ふが、はた此の山にとどまりぬる。壇場の御前なる三鈷(こ)の松こそ此の物の落ちとどまりし地(ところ)なりと聞ゆ。すべて此の山の草木泉石(さうもくせんせき)、霊(れい)ならざるはあらずとなん。こよひ不思議(ふしぎ)にもここに一夜をかりたてまつる事、一世(いっせ)ならぬ善縁(ぜんえん)なり。爾(なんぢ)弱(わか)きとて努々(ゆめゆめ)信心(しんじん)おこたるべからず」と、小(ささ)やかにかたるも清(すみ)て心ぼそし。

御廟(みべう)のうしろの林にと覚えて、「仏法(ぶつぱん)、仏法(ぶつぱん)」となく鳥の音(ね)、山彦にこたへてちかく聞ゆ。夢然(むぜん)目さむる心ちして、「あなめづらし。あの啼(なく)鳥こそ仏法僧(ぶつぽふそう)といふならめ。かねて此の山に栖(すみ)つるとは聞きしかど、まさにその音を聞きしといふ人もなきに、こよひのやどりまことに滅罪生善(めつざいしゃうぜん)の祥(しるし)なるや。かの鳥は清浄(しやうじやう)の地をえらみてすめるよしなり。上野(かんづけ)の国迦葉山(かせふざん)、下野(しもづけ)の国二荒山(ふたあらさん)、山城の醍醐(だいご)の峰(みね)、河内の杵長山(しながさん)。就中(なかんづく)此の山にすむ事、大師の詩偈(しげ)ありて世の人よくしれり。

寒林独座草堂暁(かんりんどくざさうだうのあかつき) 三宝之声聞一鳥(さんぽうのこゑをいつてうにきく)

一鳥有声人有心(いつてうこゑありひとこころあり)  性心雲水倶了々(せいしんうんすいともにれうれう)

又ふるき歌に、

松の尾の峰静なる曙(あけぼの)にあふぎて聞けば仏法僧啼く

現代語訳

(このあたりは山頂部を)五十町(四方に)(切り)開いて平らにし、見苦しい林見えない。小石さえ掃き清められた聖地であるが、さすがに(ここは)、寺院までは遠く、(僧が)お経をあげる声や、鈴や錫杖(しゃくじょう)の音も聞えてこない。(杉の)木立は雲をつくように聳え茂り、道端を流れる川のせせらぎが細々と清みきって物悲しく聞える。

寝られないままに、夢然は(作之治に)語りかけた。「そもそも弘法大師の偉大なる徳の力は、土石草木にいたるまで霊を宿して悟りを開かせ、大師の死後八百年あまりを経た今になってますますあらたかで、尊いのである。(大師の)偉業や遺跡が多い中にあって、此の山(高野山)こそ第一の霊場である。大師が生きていらっしゃった昔、遠い中国にお渡りになり、あの国で何か感動されることがあって、『この三鈷が行き留まるところこそ、我が真言宗を発揚し広める神聖な場所である』とおっしゃって、(三鈷)を空に向って投げ上げられたが、果たしてそれはこの山に落下したのだ。壇場の前にあるこの三鈷の松こそが三鈷が落ち留まった場所と言われているのだ。(それに限らず)、すべて此の山の草木泉石に至るまで大師の霊がこもっていないものは無いという。今夜偶然にもここに一夜を借りることになったのも前世からの善縁であろう。そなたも若年とはいえ決して信心を怠ってはいけないよ」と小声で語るのも、(夜のしじまに)清み通って心細い感じである。

御廟の後ろの林の中から、「仏法(ブッパン)、仏法(ブッパン)」と鳴く鳥の声がする。山にこだまして近くに聞える。夢然は目が覚めるような気持になり、「なんと珍しいことか。あの鳴いている鳥こそ、仏法僧というのいう鳥であろう。以前から此の山に住んでいるとは聞いていたが、本当にその声を聴いた人はいないというのに、(その声を聞くことが出来たのは)今夜の泊りはほんとに過去の罪を滅し、未来の善行をなす徴(きざし)であろうか。あの鳥は清浄な地を選んで住んでいると聞いている。上野の国迦葉山、下野の国二荒山、山城の醍醐の峰、河内の杵長山、なかでも此の高野山にすむということは、大師の詩偈(しげ)があって、世間にも知られている。

寒林独座草堂暁・・・

(冬の林の中の草堂でひとり座禅を組み、暁を迎えた。仏・法・僧の三宝の声を一羽の鳥に聞いた。)

一鳥有声人有心・・・
(一羽の鳥にこの声が有り、それを聞く人には、これに応じ仏心を発揮する心がある。島の性、人の心、空を行く雲、流れる水、此の山ではすべてが悟りの境地にある)

また、古い歌に、

松の尾の・・・

(松尾山が静かに明けてゆく曙の中で空を仰いで耳を澄ますと仏法僧の鳴く声が聞える)

語句

■方五十町-五十町(約5.4キロ)四方。高野山の寺域は、山頂部にもかかわらず、広く、実際は東西約五十町、南北十余長の平坦地である。■あやしげなる-むさくるしい。■だも-「だにも」の略。■福田-仏教用語。浄らかで功徳そなわった霊場の意。■陀羅尼(だらに)-「真言(しんごん)」とも言い、梵語のままで読誦する呪文。
■鈴錫-鈴と錫杖。■茂(しみ)さび-「しみ」は「茂み」、「さひ」は「すすむ」。木草の茂盛する状態をいう。(万葉集見安補正)■界(さか)ふ-区切る。■神化(じんくわ)-神のごとく大きな霊力。■あらた-あらたか。■遺芳歴踪(ゐはうれきそう)-弘法大師の偉業や遺跡。■います-が・り【在すがり】-(自ラ変){ら|り|り|る|れ|れ}「いましがり」「いますかり」「いまそがり」とも。「あり」の尊敬語。いらっしゃる。おいでになる。おありになる。 ■三鈷(こ)-密教修法上の金属製の法具。金剛杵(こんごうしょ)の一つ。手に握れるくらいの大きさで、中ほどがくびれ両端が太く、三又に別れたもの。■杳冥(そら)-奥深く暗いこと。ここは遥かかなたの空。■三鈷(こ)の松-現在でも、御影堂の前に「三鈷の松」と伝えられる松がある。■一世(いっせ)ならぬ-二世にわたる、すなはち前世からの。■仏法(ぶつぱん)、仏法(ぶつぱん)-この声音は作者の体験に基づく。「仏法僧は高野山で聞いたがブッパンブッパンとないた。形は見えなんだ」(胆大小録・四五)。■かねて云々-高野山に仏法僧が住むことは古くからいわれていた。■滅罪生善(めつざいしゃうぜん)-現世の罪を消滅して、未来の善をなすこと。■祥-前兆。■迦葉山-群馬県沼田市上発知町の竜華院弥勒寺。■二荒山-栃木県日光市の日光山。■醍醐の峰-京都市伏見区醍醐寺の山。■杵長山-「磯長(しなが)」とも書き、大阪府南河内郡太子町にあり、当麻寺(奈良県)の峰の西背にあたる。■詩偈-仏徳を礼讃し教法の理を述べた詩。■寒林云々-出典は弘法大師『遍照発揮性霊集(へんじょうはっきしょうりょうしゅう)』巻十。詩題「高野山竜光院に於て後夜に仏法僧を聞く」■人有心-自分も三宝を求める心がある。■性心-「声心」(性霊集便蒙)。有情の鳥の性(声)。人の心。■了々-明瞭に悟って一つに溶け合っているさま。

備考・補足

朗読・解説:左大臣光永


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