仏法僧 六

スポンサーリンク

鳥の音(ね)も秘密の山の茂(しげ)みかな

貴人聞かせ給ひて、「口がしこくもつかまつりしな。誰(た)ぞ、此の末句(すゑく)をまうせ」とのたまふに、山田三十郎座をすすみて、「某(それがし)つかうまつらん」とて、しばしうちかたふきてかくなん。

芥子(けし)たき明(あか)すみじか夜の床(ゆか)

「いかがあるべき」と紹巴(ぜうは)に見する。「よろしくまうされたり」と公(きみ)の前に出すを見給ひて、「片羽(かたは)にもあらぬは」と興じたまひて、又盃(さかづき)を揚(あ)げてめぐらし給ふ。

淡路と聞えし人、にはかに色を違(たが)へて、「はや修羅(しゆら)の時にや。阿修羅(あしゆら)ども御迎(むか)ひに来ると聞え侍(はべ)る。立たせ給へ」といへば、一座の人々忽ち面(おもて)に血を灌(そそ)ぎし如く、「いざ石田・増田が従(ともがら)に今宵(こよひ)も泡吹(あわふか)せん」と勇(いさ)みて立ち躁(さは)ぐ。秀次、木村に向はせ給ひ、「よしなき奴(やつ)に我が姿(すがた)を見せつるぞ。他(かれ)二人(ふたり)も修羅(しゆら)につれ来れ」と課(おほ)せある。老臣の人々かけ隔(へだ)たりて声をそろへ、「いまだ命(めい)つきざる者なり。例の悪業(あくげふ)なせさせ給ひそ」という詞も、人々の形(かたち)も、遠く雲井に行くがごとし。

親子は気絶(きたえ)てしばしがうち死(しに)入りけるが、しののめの明けゆく空に、ふる露の冷(ひや)やかなるに、生(いき)出しかど、いまだ明けきれぬ恐しさに、大師の御名(みな)をせはしく唱(とな)へつつ、漸(やや)日出づると見て、いそぎ山をくだり、京(みやこ)にかへりて薬鍼(やくしん)の保養をなしける。一日(あるひ)夢然(むぜん)、三条の橋を過ぐる時、悪(あく)ぎやく塚(づか)の事思ひ出づるより、かの寺眺(ながめ)られて、「白昼(ひる)ながら物凄(すざま)しくありける」と、京人(みやこびと)にかたりしを、そがままにしるしぬ。

現代語訳

鳥の音(ね)も…

貴人はこれをお聞きになって、「上手に作りおったな。誰か、この脇句をつけてみよ」とおっしゃるので、山田三十郎が座を進んで、「私が作ってみましょう」と言い、しばらく首を傾げて考えていたが、次のように脇句を詠んだ。

芥子(けし)たき…

(芥子を焚いて祈祷する護摩壇の床も、夏の夜は短く、早くも朝の気配が忍び寄っている)

いかがなものでしょうかと、(山田三十郎はその句を)紹巴(ぜうは)に見せる。「上手にできました」と(その句を紹巴が)殿下の前に出すのを見て、
(殿下は)「まんざら悪くもないのう」と、おもしろがられ、また盃を傾けになって一座にお回しになった。

(其の時、)淡路の守という人が、急に顔色を変えて、「もう修羅の時となったのであろうか、阿修羅どもが迎えに来るのが聞こえてまいったぞ。おのおの方お立たちなされ」と言うと、一座の人々は忽ち鮮血を灌いだように真っ赤になって、「さあ、石田三成・増田長盛のやつばらに今夜もひと泡吹かせてやろう」と勇み立ち騒ぐ。

秀次は木村常陸介(きむらひたちのすけ)に向い、「つまらぬ奴に私の姿を見せてしまったものだ。二人とも、修羅へ連れて参れ」と仰せられた。老臣たちが間に割って入って、声を揃えて、「(この二人は)まだ生きているものにございます。いつものような悪行をなさってはいけませぬ」と言う。その言葉も、人々の姿も、次第に薄れて、遠く雲のかなたに消えていくようであった。

(夢然)親子は、気絶して、しばらくの間、死んだようになっていた。やがて、明けていく夜空の下で、下りてくる露の冷たさを感じ、息を吹き返したが、まだ明けきっていない恐ろしさに「南無大師遍照金剛」と弘法大師の御名をせわしく唱えながら、しばらく後、朝日が射してきたのを見て、急いで山を下り、京に帰って薬を飲み、鍼を打って保養した。
(身体も回復した)ある日、夢然は三条の橋を渡り過ぎる時、悪逆塚の事を思い出し、(自然と)その寺の方に視線が行き、「白昼なのに、物凄い気持ちにさせられた」と京の人に語ったのを、そのまま(ここに)書き記したのである。

語句

■口がしこくも-小器用に。口上手に。■末句-脇の句。五七五の発句に対して、七七の脇の句があるが、その脇を付ける連句を言う。■某(それがし)-わたくし。自称代名詞。■芥子(けし)-真言宗の加持祈祷の時に芥子を焚く。この句出典不明。秋成の作か。「みじか夜」が季語で夏。「床」は護摩壇のこと。発句に対して、夜通し加持・調伏などの修業をしている寺堂の一景をまとめたものである。■片羽(かたは)-不十分。不完全。■色を違(たが)へて-血相を変えて。■修羅(しゆら)の時-修羅道の苦(永遠に争い事を繰り返し逃れられない苦)を受け入れる刻限。■阿修羅(あしゆら)-闘争を事とする魔人。常に帝釈天と戦っている悪神。■血を灌(そそ)ぎし如く-鮮血を浴びたように真っ赤になって。魔道に堕ちた人々の凄惨な顔の表現。■石田・増田-石田三成と増田長盛。共に豊臣秀吉の側近で五奉行のうちの二人。秀次への切腹命令書にも署名しており、また彼らが讒言したとも言われている。ここでは秀次主従の修羅道の争いの相手としているわけである。石田・増田共に関ケ原合戦に敗れて、石田は切られ、増田は高野山に追われて後、死を命ぜられた。■修羅(しゆら)につれ来れ-「修羅」は修羅道。「つれ来れ」は殺すことを意味する。■よしなき奴-つまらない奴。■かけ隔たりて-その間に割って入って。両者を隔てて。■命-天命。■悪業-秀次は酒興で、罪なき人を殺すなどの悪業が多かった。■死入りける-失神状態になること。■しののめの-「明く」の枕詞。■大師の御名-南無大師遍照金剛。■雲井-はるかに遠く、または高く隔たった所。雲のある場所。雲のたなびいている所。大空。■悪ぎやく塚-京都三条小橋東南岸の瑞泉寺にある。僧慶順が秀次及び妻子侍妾三十余名の首を埋めて塚を建てた。これを悪逆塚、又は畜生付塚という。

備考・補足

■秀次の悪行-秀次の殺生好みは有名で、通行人を矢で射殺したり、妊婦の腹を割いて胎内を見たりした悪行の挿話が知られていた。

<参考文献一覧>

本資料作成にあたり以下の文献を参考にしました。

・英草紙 西山物語・雨月物語・春雨物語

  一九九五年十一月十日 第一版第一冊発行
  ニ〇〇三年七月二〇日第一版第三冊発行
  発行所 小学館

・古典新釈シリーズ25 雨月物語

  一九七八年四月二十五日 初版発行
  ニ〇〇余年       重版発行
  著者 太刀川 清
  
・三省堂 全訳 読解古語辞典

  二〇十三年一月十日 第一冊発行

・完訳 日本の古典 第五十七巻 雨月物語 春雨物語

  昭和58年9月30日初版発行
  発行所 小学館

・マンガ 日本の古典 雨月物語

  一九九六年十二月十日初版印刷
  一九九六年十二月二十日初版発行
  著者 木原敏江
  発行所 中央公論社  

・図説日本の古典17 上田秋成   

  一九八九年八月二十三日 新装第一刷発行
  著者代表 松田 修
  発行所 株式会社 集英社

・雨月物語

  一九七六年三月三十日 初版発行
  一九九七年四月十日  5版発行
  原本所蔵者 国立国会図書館
  発行者   池嶋洋次
  発行所   (株)勉誠社

・日本の名作映画集28 雨月物語
 
  監督 溝口 健二
  出演 京マチ子/森雅之

・雨月物語(上)

  著者 青木政次
  1981年6月10日 第1冊発行
  1994年12月20日 第21冊発行
  発行所 株式会社講談社

・改訂版雨月物語

  発行者 青木誠一郎
  発行所 角川学芸出版
  平成十八年七月二十五日 初版発行
  平成十九年十月十五日  三版発行
  
・雨月物語

  校訂者 高田 衛・稲田篤信
  発行所 株式会社 筑摩書房
  一九九七年十月九日 第一刷発行

・雨月物語精読

  編者 稲田篤信
  発行所 勉誠出版(株)
  ニ〇〇九年四月一日 初版発行

・水木しげるの【雨月物語】

  著者 水木しげる
  一九八五年七月二十日初版発行
  一九九二年八月二五日六版発行
  発行所 河出書房新社

朗読・解説:左大臣光永


スポンサーリンク

音声つきメールマガジン「左大臣の古典・歴史の名場面」のご案内

現在18000人以上が購読中。

メールアドレスを入力すると、日本の歴史・古典について、楽しくわかりやすい解説音声を無料で定期的に受け取ることができます。毎回10分程度の短い解説で、時間を取りません。楽しんで聴いているうちに、日本の歴史・古典について、広く、立体的な知識が身につきます。スマートフォン・Androidでもお聴きになれます。不要な場合はいつでも購読解除できます。

いつも使っているメールアドレスを入力して、 「無料メルマガを受け取る」ボタンをクリックしてください。次回からお使いのメールアドレスにメルマガが届きます。

≫詳しくはこちら


スポンサーリンク