蛇性の婬 一

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雨月物語 巻之四
蛇性(じゃせい)の婬(いん)

いつの時代(ときよ)なりけん、紀の国三輪が崎に、大宅(おほや)の竹助(たけすけ)といふ人在りけり。此の人海の幸(さち)ありて、海郎(あま)どもあまた養(やしな)ひ、鰭(はた)の広(ひろ)物狭(さ)き物を尽してすなどり、家豊(ゆた)かに暮(くら)しける。男子(をのこご)二人、女子(むすめ)一人をもてり。太郎は質朴(すなほ)にてよく生業(なりはひ)を治(おさ)む。二郎(じらう)の女子(むすめ)は大和(やまと)の人の娶(つまどひ)に迎(むかへ)られて、彼処(かしこ)にゆく。三郎の豊雄なるものあり。生長優(ひととなりやさ)しく、常に都風(みやび)たる事をのみ好みて、過活(わたらひ)心なかりけり。父是を憂(うれひ)つつ思ふは、「家財(たから)をわかちたりとも即(やがて)人の物となさん。さりとて他の家を嗣(つが)しめんもはたうたてき事聞くらんが病(やま)しき。只なすままに生(おふ)し立(たて)て、博士(はかせ)にもなれかし、法師にもなれかし、命の極(かぎり)は太郎が羈物(ほだしもの)にてあらせん」とて、強(しひ)て掟(おきて)をもせざりけり。此の豊雄(とよを)、新宮(しんぐう)の神奴(かんづと)安倍(あべ)の弓麿(ゆみまろ)を師として行き通ひける。

長月下旬(ながつきすゑつかた)、けふはことになごりなく和(なぎ)たる海の、暴(にはか)に東南(たつみ)の雲を生(おこ)して、小雨(こさめ)そぼふり来る。師が許にて傘(おほがさ)かりて帰るに、飛鳥(あすか)の神秀倉(かんほぐら)見やらるる辺(ほとり)より、雨もやや頻(しき)りなれば、其所(そこ)なる海郎(あま)が屋に立ちよる。あるじの翁はひ出でて、「こは大人(うし)の弟子(おとご)の君にてます。かく賤(あや)しき所に入らせ給ふぞいと恐(かしこ)まりたる事。是敷きて奉らん」とて、円座(わらうざ)の汚(きた)なげなるを清めてまゐらす。「霎時息(しばしやむ)るほどは何か厭(いと)ふべき。なあわただしくさせそ」とて、休(やす)らひぬ。

外(と)の方に麗(うるは)しき声して、「此の軒しばし恵ませ給へ」といひつつ入り来るを、竒(あや)しと見るに、年は廿(はたち)にならぬ女の、顔(かほ)容(かたち)髪(かみ)のかかりいと艶(にほ)ひやかに、遠山(とほやま)ずりの色よき衣(きぬ)着(き)て、わらはの十四五ばかりの清げなるに、包(つつみ)し物もたせ、しとどに濡れてわびしげなるが、豊雄を見て、面(おもて)さと打ち赤(あか)めて恥かしげなる形(さま)の貴(あて)やかなるに、不慮(すずろ)に心動(うご)きて、且(かつ)思ふは、「此の辺(あたり)にかうよろしき人の住むらんを今まで聞(きこ)えぬ事はあらじを、此(こ)は都人(みやこびと)の三つ山詣(まうで)せし次(ついで)に、海愛(めづ)らしくここに遊ぶらん。さりとて男だつ者もつれざるぞいとはしたなる事(わざ)かな」と思ひつつ、すこし身退(しりぞ)きて、「ここに入らせ給へ。雨もやがてぞ休(やみ)なん」といふ。

現代語訳

いつの時代の事であろうか。(とにかく古いむかしのこと、)紀伊國三輪崎(きのくにみわざき)に大宅竹助(おおやたけすけ)という人がいた。此の人は漁の収穫に恵まれて、漁師たちをたくさんかかえ、大小さまざまの魚や貝を手広く漁獲(すなどり)して、豊かな暮らしをしていた。二人の息子と一人の娘がいた。長男は質朴な性格でまじめに家業を取り仕切っていた。第二子の娘は大和の国の人に請われてそちらへ嫁いでいた。第三子は豊雄という息子であった。生まれつき性格は優しく、いつも風流なことだけを好み、世間知らずで自活心が無かった。
父竹助はそのことを悩みながら考える------
「財産を分けても、すぐに人に盗られてしまうだろう。だからといって他家へ跡取りとして養子に出しても、結局は憂鬱なことになってそれがわしの苦労の種になるのもわかりきっている。いっそ、本人がしたいことをさせながら、学者になるもよし、僧侶になるもよし、一生太郎(長男)の厄介者として過ごさせるしかないだろう」と考え、無理に躾(しつけ)もしなかった。此の豊雄は、新宮の神主安倍弓麿を(学問の)師匠として(その人の許へ)行き通っていた。

九月下旬のある日、今日は特にさざ波もなく凪いでいた海が、突然東南の方角から黒雲を起して、小雨がしとしと降りだした。師匠の所で雨傘を借りての帰り道、阿須賀神社の本殿が見える辺りまでくると、雨も次第に激しくなってきたので、其処にあった漁師の家に(雨宿りのため)立ち寄った。その家の主の老人が這い出てきて、「これはまあ、旦那様のところの末の若旦那ではありませんか。このようなむさくるしいあばら家へよくおいでくださって恐れ入ります。是を敷いてください」といって、汚い円座を塵を払いながらさしだした。
(豊雄は、)「ちょっとの間、雨宿りをするだけだから、かまわないよ。気を使わないでおくれ」と言って、一休みした。

(そのとき)外の方で美しい声がして、「此の軒先をしばらくお貸しくださいませ」と言いながら、中へ入って来た人を怪訝に思いながら見ると、二十歳前の顔かたち、髪の形のたいそう艶やかな、遠山刷りの色のいい着物を着た女で、こざっぱりした十四五ぐらいの下女に包んだ物を持たせ、ぐっしょり濡れていかにも困った様子であった。豊雄を見ると、さっと顔を赤らめた恥しそうな様子が上品な美しさであり、(豊雄は)おもわず、心を動かされ、かつ思うのは「此の辺にこんなに身分高く美しい人が住んでいるのを、今まで耳に入らないことはないはずなのに、これは都の人が三つ山詣でに来られたついでに海がめずらしくてここで遊んでおいでだったのであろう。しかし、下男らしい者も連れていないのはとても不用心ではないか」と思いながら、少し身を引いて、「ここにお入りください。雨もやがて止むでしょうから」といった。

語句

■蛇性(じゃせい)の婬(いん)-蛇の精の女の愛欲。「婬」は「淫」で男女の情慾をいう。■いつの時代(ときよ)なりけん-いつの時代の事であろうか。■紀の国三輪が崎-和歌山県新宮市三輪崎。風光に富む海岸、歌枕。■大宅(おほや)の竹助(たけすけ)-架空の人物。■海の幸ありて-海の収穫に恵まれて。■海郎(あま)-漁師。■鰭(はた)の広き物狭き物-大小さまざまの魚。「鰭」は魚のひれ。■づくし-[接尾]《動詞「つ(尽)くす」の連用形から》名詞に付いて、その類のものをすべて並べ上げるという意を表す。「国―」「花―」■すなどり- 魚や貝をとること。すなどること。 漁(りょう)を業とする人。漁夫。漁師。■太郎-第一子(男)■二郎-第二子(女)。■豊雄-第三子(男)。本編の主人公。架空の人物。■生長優(ひととなりやさ)しく-柔和さだけでなく優雅さも含む。■都風-風流なこと。
■人の物となさん-人に盗られてしまうだろう。■うたてきこと-いやなこと。■病しき-心苦しい。■なすがままに-したいことをさせながら。■なれかし-なるならなるでよし。「かし」は強意の助詞。■羈物(ほだしもの)-厄介者。■掟-躾(しつけ)。■新宮-新宮市にある熊野権現速玉神社。熊野三山(本宮・新宮・那智)の一。■神奴(かんづと)-神官。■安倍(あべ)の弓麿(ゆみまろ)-架空の人物。■長月-九月。■なごり-さざ波。余波。■東南-辰巳の方角は東南にあたる。■傘(おほがさ)-雨傘。■飛鳥(あすか)-新宮市新宮にある阿須賀神社。■神秀倉(かんほぐら)-「神祠(かみほこら)」の変化したもの。宝物殿であるがここは本殿とみてよい。■やや頻(しき)りければ-いよいよ激しくなってきたので。■大人(うし)-旦那。大宅家主人を指す。■弟子(おとご)-弟の坊ちゃん。■賤(あや)しき所-むさくるしいあばら家。■円座(わらうざ)-「えんざ」。藁(わら)や藺(い)などを丸く平たく編んだ敷物。■清めて-塵を払って。■まゐらす-差し出す。■霎時(しばし)-ちょっとの間。
■髪のかかり-髪の作り方。■艶(にほ)ひ-あでやかな美しさ。■遠山ずり-山の重なったさまを美しく摺りだした着物。『伊勢物語』や古歌にも見え、王朝時代の優雅な衣装。■わらは-別の古い漢字が使うのが正しいが、パソコン上で変換不能な漢字で、ひらがな表記とした。中国における少女の髪型の名。「わらは」と和訓を添えて、召使の少女を指す。■しとどに濡れて-ぐっしょり濡れて。■わびしげなる-いかにも困った様子。■不慮(すずろ)に-おもわずも。■貴(あてやか)-上品な美しさ。■よろしき人-身分高く美しい人。■聞えぬ-耳に入らぬこと。■三つ山-熊野本宮・新宮・那智神社の熊野三山。平安末期以降、都人の熊野詣が流行。■男だつ者-下男らしい者。■はしたなる-中途半端な。不用意な。

備考・補足

■古来、日本では東南(たつみ)は精霊の下りる方角であった。そこからにわかに雲が生じ、雨が降り、その雨の中から女は現れた。それは、この妖女の出自を暗示する。「奇(あや)し」という語を、もちろん作者は意識的に置いたのである。

朗読・解説:左大臣光永

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