青頭巾 四

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夜更けて月の夜にあらたまりぬ。影玲瑯(れいろう)としていたらぬ隈(くま)もなし。子(ね)ひとつとおもふ比(ころ)、あるじの僧眠蔵を出でて、あわただしく物を討(たづ)ぬ。たづね得ずして大いに叫(さけ)び、「禿驢(とくろ・くそぼうず)いづくに隠れけん。ここもとにこそありつれ」と禅師が前を幾たび走り過ぐれども、更に禅師を見る事なし。堂の方に駆(かけ)りゆくかと見れば、庭をめぐりて躍(をど)りくるひ、遂(つひ)に疲(つか)れふして起き来らず。夜明けて朝日のさし出でぬれば、酒の醒(さめ)たるごとくにして、禅師が元の所に存(いま)すを見て、只あきれたる形(さま)にものさへいはで、柱(はしら)にもたれ長嘘(ためいき)をつぎて黙(もだ)しゐたりける。

禅師ちかくすすみよりて、「院主(ゐんじゆ)何をか嘆き給ふ。もし飢(うえ)給ふとならば野僧が肉(にく)に腹(はら)をみたしめ給へ」。あるじの僧いふ。「師は夜もすがらそこに居させたまふや」。禅師いふ。「ここにありてねふる事なし」。あるじの僧いふ。「我あさましくも人の肉を好めども、いまだ仏身の肉味をしらず。師はまことに仏なり。鬼畜(きちく)のくらき眼(まなこ)をもて、活仏(くわつぶつ)の来迎(らいがう)を見んとするとも、見ゆべからぬ理(ことわ)りなるかな。あなたふと」と頭(かうべ)を低(たれ)て黙(もだ)しける。

禅師いふ。「里人のかたるを聞けば、汝一旦(ひとたび)の愛欲(あいよく)に心神(こころ)みだれしより、忽ち鬼畜に堕罪(だざい)したるは、あさましとも哀(かな)しとも、ためしさへ希なる悪因(あくいん)なり。夜々(よひよひ)里に出でて人を害(わざはひ)するゆゑに、ちかき里人は安き心なし。我これを聞きて捨つるに忍びず。特(わざわざ)来りて教化(けうげ)し本源(もと)の心にかへらしめんとなるを、汝我がをしへを聞くや否(いな)や」。あるじの僧いふ。「師はまことに仏なり、かく浅ましき悪業(あくごふ)を頓(とみ)にわするべきことわりを教(をし)へ給へ」。禅師いふ。「汝聞くとならばここに来れ」とて、簀子(すのこ)の前のたひらなる石の上に座せしめて、みづからかづき給ふ紺染(あおぞめ)の巾を脱(ぬぎ)て僧が頭にかづかしめ、証道(しようだう)の歌の二句を授(さづけ)給ふ。

江月照松風吹(かうげつてらししょうふうふく)

永夜清宵何所為(えいやせいせうなんのょゐぞ)

「汝ここを去(さら)ずして徐(しづか)に此の句の意(こころ)をもとむべし。意解(とけ)ぬる則(とき)はおのづから本来の仏心に会(あ)ふなるは」と、念頃(ねんごろ)に教へて山を下り給ふ。此ののちは里人おもき災(わざはひ)をのがれしといへども、猶(なほ)僧が生死をしらざれば、疑ひ恐れて人々山にのぼる事をいましめり。

現代語訳

夜が更けて、月が出て、闇夜は一転して月明かりの夜に変わった。月光が清く美しく輝いてあたりを隈なく照らし出す。午前零時になったと思われる頃、主の僧が寝屋から出て、あわただしく何かを探し始めた。探し出せなくて、大声で、「糞坊主めどこに隠れおった。ここらあたりにおったはずだが」と叫び、善師の前を何度も走り過ぎたが少しも禅師その人を見つけることができない。本堂の方へ駆けて行くかとみれば、庭を廻って躍り狂い、遂には疲れて倒れ、起きてこない。やがて夜が明け、朝日がさしてくると酒酔いから醒めたようにようになり、禅師が元の所に居るのを見て、ぽかんとあきれた様子で物も言わず、只溜息をつきながら柱にもたれ、押し黙って座っていた。

禅師はその傍に近寄って、「ご住職何を嘆かれますか。もしひもじいのであれば、拙僧の肉を食って腹を満たされよ」と言う。主の僧は問うた。「師僧は夜通し其処に居られたのか」。禅師は答えた。「ここに居て眠りもせなんだよ」。主の僧が言う。「私は浅ましくも人の肉を欲しがりましたが、いまだ仏の身の味は知りませぬ。師は本当に仏さまです。わしのような鬼畜の暗い眼で、生き仏の来迎を見ようとしても、見えないのが道理ですね。尊いことだ」と、首を垂れて、黙ってしまった。

禅師は言う。「里人の話を聞くと、汝が一旦色情愛欲に狂って以来、忽ちにして鬼畜の心に落ち込んだことは、浅ましいとも哀れとも、前例も稀な悪因縁である。その上、夜な夜な里に下りて、人々を害するため、近くにいる里人は安心できないでおるのだ。わしはこの話を聞いて、知らぬふりをするには忍びがたいのだ。わざわざここへやって来て、教化し、元の心に戻そうとするのに、汝は我が教えを聞くかそれとも聞かないか」。主の僧は答えた。「師は本当に仏さまでいらっしゃる、このように浅ましい悪業をすぐに捨て去る方法を教えて下され」。禅師は答えた。「汝、聞く気があればここに来なさい」と言って、簀子の前の平らな石の上に座らせ、自分からかぶっていた紺の頭巾を脱ぎ、僧の頭に被せ、証道の歌の二句を詠んだ。

江(かう)月(げつ)照(てらし)松(しょう)風(ふう)吹(ふく)

(秋の澄んだ月は川の水を照らし、松を吹く風は爽やかである。)

永(えい)夜(や)清(せい)宵(せう)何(なんの)所(しょ)為(ゐぞ
(この永い夜、清らかな宵の景色は何の為にあるのか。それは何の為ではなく、天然自然にそうなのである)

「汝はここに居て、おもむろに、この句の真意を理解するのじゃ。真意を理解できた時こそ、おのずと本来の仏の心に帰るのじゃ」と、丁寧に教えて山を下った。此の後、里人はひどい災いから逃れることができたが、猶、僧の生死がわからず、疑い恐れて人々は山に登ることを戒めた。

語句

■影-月光。■玲瓏(れいろう)-清く美しく輝き光るさま。■いたらぬ隈もなし-隅々まで照らし出される表現。■子ひとつ-午前零時ごろ。■討ぬ-「尋ぬ」と同意。探す。■見ることなし-禅師の姿が見えないのである。■長嘘-ぐったりしてつく長い溜息。■黙(もだ)し-黙って。■院主-住職。■野僧-僧の謙称。■肉に腹を満たしめ給へ-慈悲を本旨とする仏教では、多くの経典に釈迦や聖者の割肉慈悲説話がある。飢えたる者へ自らの肉を与える慈悲が、仏者の根本義であった。■仏心の肉-本来は仏の肉体。ここでは僧侶の肉。■鬼畜-あるじの僧自身。彼自身が悪業を自覚しているわけである。■活仏-生仏のように法徳あらたかなる僧。■来迎-仏が現世に来られること。■見ゆべからなる理あるかな-小泉八雲の「耳無し芳一」の話などのように、日本では古くから幽鬼・悪魔などの目には、ありがたい経典・経文で保護された者は見えないという考え方があり、そのような霊験説話は多い。ここでは快庵禅師がためらわずわが身体を鬼の前に差し出すこと自体に、仏道の根本義に立った「仏」が存在したのであり、鬼には見えなかったのである。■あなたふと-「あな」は感動詩。■堕罪-犯した罪の報いで邪悪な道に墜落すること。■捨つる-見捨てる。快庵の救済しようとしたのは、もともと被害者としての「里人」である。■悪業-ここでは、自分を悪業にいやおうなしに引き込むところの逃れられない悪い宿命。僧自身の悪業をも含めて、僧の理性ではなんともできない「悪因縁」として述べている。■頓に-すぐに。■わするべきことわり-ただ消極的な忘却の方法ではなく、呪縛を意志的に捨て去る道。■簀子-簀子縁。建物の庇の下に細長い坂、または竹を敷き並べた縁。■巾-頭巾。■証道(しようだう)-唐の永嘉大師(曹洞宗開祖慧能の弟子。玄覚)の作った詩一巻で、禅の本旨を説いた七言の百六十六句から成る。禅宗ではこれを尊重して、朝夕提唱するという。■授け給ふ-ここでは問題として与えるの意。■江月云々-この二句は証道歌の第百三句、百四句。二句の問題としての真意は、自然の風物を述べることにより狭い自己を脱却せしめ、無心無我の境地に置いて、仏道を発見させようとしたのであろう。すぐに解釈、解決できるものではなく、むしろ解釈を捨て、自然に帰すことが求められているのである。■徐(しづか)に-おもむろに。■意(こころ)-真意。■則(とき)は-その時すぐに。■念頃に-懇切に。

備考・補足

■「白峯」と同様に、二者の対決様相が迫ってくると、ほとんだ対話だけで叙述が進んでゆく。葛藤の緊迫感を創り出してゆく方法であり、構成としては謡曲(シテ、ワキの問答)から学んだと考えられる。
■禅宗は中世以降に発展した宗派であり、山の僧は古代以来の真言宗の人であった。悪道に堕ちた僧が、いわば新しい仏教に教えを求めるところに、新旧仏教の激突があり、敗北していく怪異に与えられた古代的性格がある。そして「直くたくましき性」もまた、古代的なものとして措定されているわけである。

朗読・解説:左大臣光永


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