渚の院・山崎

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九日。心もとなさに、明けぬから、船をひきつつ上(のぼ)れども、川の水なければゐざりにのみぞゐざる。
このあひだに、わたの泊のあかれのところといふところあり。米(よね)、魚(いを)など乞(こ)へば、行(おこな)ひつ。
かくて、船引き上(のぼ)るに、渚(なぎさ)の院(ゐん)といふところを見つつ行(ゆ)く。
その院、昔を思ひやりてみれば、おもしろかりけるところなり。
しりへなる岡(をか)には、松の木どもあり。
中の庭には、梅(むめ)の花咲けり。

現代語訳

九日。あまりのじれったさに夜が明ける前から船を曳き引き川を上るが、川の水が少ないのでまったく、いざるようにしか進まない。

こうして行くうちに、和田の泊の分かれ(分岐点か?)という所があって、(そこで乞食たちが)米や魚などを物乞いするので、施してやった。

こうして、船を引きながら上って行くと、渚の院というところを見ながら行く。

その院は、昔のことを思いやりつつ見ると、まことに趣のある所である。

後ろの岡には、松の木などが植わっている。

中の庭には、梅の花が咲いている。

語句

■心もとなさ-<名詞>心がいら立つ。待ち遠しく思う。 ■明けぬから-夜が明ける前から。「ぬ」打消しの助動詞「ず」の連体形。「から」は動作作用の起点を示す。
■ゐ-ざ・る -居ざる】 すわったまま膝(ひざ)で進む。また、幼児などが尻(しり)をつけたままで進むのにもいう。 船などが、のろのろと進む。

■つ-<完了の助動詞>…してしまった。…た。 ■渚の院-大阪市枚方市、文徳天皇の離宮。後に第一皇子惟高親王の領となる ■昔-「昔」とは惟高親王を中心とする在原業平のグループの進行の場となった時。(伊勢物語八十二段) ■しりへ(後方)-後ろ ■なる(生る)-植物などが実を結ぶ。


ここに、人々のいはく、「これ、昔、名高く聞こえたるところなり」「故惟高親王(ここれたかのみこ)の御供(おほむとも)に、故在原業平(こありはらのなりひら)の中将の、

世の中に絶えて桜の咲かざらば春の心はのどけからまし

といふ歌よめるところなりけり」。
今、今日(けふ)ある人、ところに似たる歌よめり。

千代経たる松にはあれどいにしへの声の寒さは変はらざりけり

また、ある人のよめる、

君恋ひて世を経(ふ)る宿の梅(むめ)の花むかしの香にぞなほにほひける

といひつつぞ、みやこの近づくを喜びつつ上(のぼ)る。

現代語訳

そこで、人々が言うには、「ここは、昔、名声高かった所である」「故惟高親王の御供、故在原業平中将が、

世の中に絶えて…

(もしもこの世の中に桜の花が咲くということがなかったら、花の咲くの咲かないのと心を惑わすこともなくて、春時の人の心はどんなにかのどかであったろうに)

と歌を詠んだ所なのだ。

今、今日、ここに居る人がこの場所にふさわしい歌を詠んだ。

千代経たる…

(千年も経過した松ではあるが、今もなお、昔のまま身にしみいるように澄んで吹いている松風の響きばかりは、変はらないでいることだ)

また、ある人がよんだ歌は、

君恋ひて…

(親王を恋しく思って幾世代をも経てきたこの宿の梅の花は、当時と同じ香に、匂い立っていることだ)

と詠んで、都が近づいているのを喜びながら上って行く。

語句

■ここに-さてそこで、そこで ■


かく、上(のぼ)る人々の中に、京(きやう)より下(くだ)りし時に、みな人、子どもなかりき、到れりし国にてぞ、子生(う)める者ども、ありあへる。人みな、船の泊まるところに、子を抱きつつ、降り乗りす。これを見て、昔の子の母、悲しきに堪(た)えずして、

なかりしもありつつ帰る人の子をありしもなくて来るがかなしさ

といひてぞ泣きける。父もこれを聞きて、いかがあらむ。かうやうのことも、歌も、好むとてあるにもあらざるべし。
唐土(もろこし)も、ここも、思ふことに堪へぬ時のわざとか。
今宵(こよひ)、鵜殿(うどの)といふところに泊まる。
十日。さはることありて、上らず。

現代語訳

このように、川を上って行く人々の中には、京から任国に下った時には、誰もみな子供はいなかったのだが、行った先(土佐の国)で子供を産んだ人たちが、乗り合わせていた。この人たちはみな、船が泊まるところで、子供を抱きながら乗り降りする。
これを見て、亡くなった子の母親が、悲しさに堪えかねて、

なかりしも…

(行くときは子供のなかった人たちも、帰る時には連れて帰るのに、子供を持っていた私は亡くして帰ってくる。その悲しさよ)

といって泣いたのであった。亡き子の父親も、この歌を聞いてどんな思いであろうか。
こうゆう、詩も歌も、ただ好きだからとて作るものでもなかろう。唐土にしても、我が国にしても、(単なる好みなどいうことを超えて)思うことに堪えかねたときに言うことである。
今夜は鵜殿というところに泊まる。
十日。支障があって、上らない。

語句

■鵜殿-大阪市高槻市鵜殿。渚の院の上流。 ■ありあへる-そこに居合わせること。 ■つつ-動作を行う主体が複数である意。


十一日。雨いささかに降りて、やみぬ。
かくてさし上(のぼ)るに、東(ひむがし)の方(かた)に、山の横ほれるを見て、人に問へば、「八幡(やはた)の宮」といふ。
これを聞きて、喜びて、人々拝(をが)み奉(たてまつ)る。
山崎(やまざき)の橋見ゆ。うれしきことかぎりなし。
ここに、相応寺(さうおうじ)のほとりに、しばし船をとどめて、とかく定(さだ)むることあり。
この寺の岸ほとりに、柳多くあり。ある人、この柳の影の、川の底に映れるを見て、よめる歌、

さざれ波寄するあやをば青柳の影の糸して織るかとぞ見る

現代語訳

十一日。雨が少し降って止んだ。
こうして、棹をさしながら上って行くと、東の方に、山に横穴が掘られているのを見て、そのことを人に聞くと、「八幡の宮」だと言う。
これを聞いて、喜んで、人々は拝み奉る。
山崎の橋が見える。嬉しくて仕方がない。
そこで、相応寺のほとりに、しばらく船を止めて、いろいろと決定することがある。
この寺の岸あたりには柳がたくさんある。
ある人が、柳の影が川底に映っているのを見てよんだ歌は、

さざれ波…る

(水面にさざ波が描き出す緯(よこ)糸の文様を、青柳の枝葉の影が経(たて)糸となって織出しているかのように見えるよ)

語句

■かくて-こうして ■さし-「さし」は棹をさす意 ■八幡の宮-京都府八幡市男山にある石清水八幡宮。■ここに-そこで ■定む-決める。決定する。
■山崎の橋-京都府乙訓郡大山崎町から対岸の男山の麓に向かって掛けられた橋。正確な位置は不明。■相応寺-山崎の橋の西側にあった寺。
■あや(文)-模様。波紋。{あや・糸・織る」は縁語。 ■さざれ波-小さく立つ波。さざ波。「さざれ」は接頭語。


十二日。山崎に泊まれり。
十三日。なほ、山崎に。
十四日。雨降る。
今日、車、京へとりにやる。
十五日。今日、車率(ゐ)て来たり。船のむつかしさに、船より人の家に移る。
この人の家、喜べるやうにて、饗応(あるじ)したり。この主の、また、饗応(あるじ)のよきを見るに、うたて思ほゆ。いろいろに返り事す。家の人の出(い)で入り、にくげならず、ゐややかなり。

現代語訳

十二日。山崎に泊まる。
十三日。やはり山崎に。
十四日。雨が降る。
今日、車を京都へ取りに行かせる。
十五日。今日、車を曳いてきた。狭い船中の生活の窮屈さに、船からある人の家に移る。
この人の家では、いかにも嬉しそうに、歓迎してくれる。
この家の主人の、そのまた接待ぶりの良いのを見るにつけても、なんとなくいやな気持ちがする。いろいろと返礼をする。(とはいえ)家人の立ち居振る舞いは、上品で礼儀正しい。

語句

■なほ-やはり ■ふねのむつかしさ-狭隘な船中の生活の窮屈さをいう ■うたて-事態や心情が自分の意志とは関係なくすすんでいく様 ■にくげならず-見た目に快く ■ゐややかなり-礼儀正しい。

備考・補足

水無瀬を経て、山崎に至ります。いよいよ京都も迫ってきました。水無瀬の渚の院は平安時代初期、文徳(もんとく)天皇の第一皇子・惟高(これたか)親王の離宮があったことで有名です。

惟高親王は、学問にすぐれ、器量がよく、父天皇にことに寵愛されていました。しかし、第四皇子の惟仁親王が藤原氏の強い後押しで皇太子に立ち、清和天皇として即位します。そして、清和天皇と藤原氏の女・高子との間に、貞明親王が生まれ皇太子に立ち、後に陽成天皇として即位します。

惟喬親王と惟仁親王
惟喬親王と惟仁親王

ここに至り、惟高親王は皇位継承の争いから完全にあぶれた形となります。すっかり実生活への意欲をなくした惟高親王は、風流の遊びに没頭します。歌を詠み、酒を呑み、大阪は水無瀬の離宮「渚の院」にて風流の遊びにふけるのでした。

そのおそばに、いつもお仕えしていたのが在原業平です。「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」…在原業平と惟高親王の交流のさまは、『伊勢物語』八十二段に美しくつづられています。

中盤、貫之の妻が、亡きわが子を思い、思いのたけを歌に詠みます。それに対して「歌を詠むのは必ずしも好きで詠むのでないだろう。どうしようもない思いに堪えかねて、歌が出るのである」というようなことが書いてありますが、歌というものの本質をついているようです。

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朗読・解説:左大臣光永


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