第二段 おろそかなるをもてよしとす

いにしへのひじりの御世の政をもわすれ、民の愁(うれへ)、国のそこなはるるをも知らず、よろづにきよらをつくしていみじと思ひ、所せきさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。

「衣冠より馬・車にいたるまで、有るにしたがひて用ゐよ。美麗をもとむる事なかれ」とぞ、九条殿の遺カイ【言+戒】にも侍る。順徳院の、禁中の事ども書かせ給へるにも、「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもてよしとす」とこそ侍れ。

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口語訳

醍醐・村上といった昔の聡明な帝の御世の政治をも忘れ、民の愁い、国が衰退していくことをも知らず、あらゆることに贅沢を尽くしてそれがいいことと思い、所せましと威張り散らす人こそ、ひどく思慮が浅く見える。

「衣冠から馬・車に至るまで、ありあわせのものを使え。贅沢を求めるな」と九条殿と言われた藤原師輔が子孫に訓戒した書の中にもある。順徳院が宮中のことをお書かせになった書物の中にも「天皇・皇族のお召し物は、質素なのがよい」とある。

語句

■いにしへのひじりの御世 王権が盛んでよい政治を行ったであった。醍醐天皇・村上天皇の時代。延喜・天暦年間。 ■きよら 綺羅・ぜいたく。 ■所せき 「所狭き」。あたり構わずいばる様。 ■うたて ひどく。「見ゆる」にかかる。 ■思うところ 思慮・分別。 ■衣冠 貴族の略式の服装。 ■九条殿 右大臣藤原師輔。関白忠平の子。館が九条にあったので九条殿と呼ばれる。 ■遺カイ 九条殿藤原師輔が子孫に書き残した訓戒。『九条殿遺カイ』 ■順徳院 1197~1242。第84代天皇。承久の乱に敗れ佐渡島に流される。百人一首に「百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり」が採られる。 ■禁中の事ども書かせ給へる 順徳院の著作『禁秘抄』「御装束の事」の条に「天位着御の物は、疎かなるを以て美と為す」とある。 ■おろそか 粗末。

メモ

■順徳院

朗読・解説:左大臣光永


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