第八十六段 惟継中納言は

惟継中納言(これつぐのちゅうなごん)は、風月(ふげつ)の才(ざえ)に富める人なり。一生精進にして、読経うちして、寺法師の円伊僧正と同宿(どうじゅく)して侍りけるに、文保(ぶんぼう)に三井寺焼かれし時、坊主にあひて、「御坊をば寺法師とこそ申しつれど、寺はなければ、今よりは法師とこそ申さめ」と言はれけり。いみじき秀句なりけり。

口語訳

惟継中納言は、詩歌・文章に才能のある人である。生涯修行に励み、読経をして、三井寺の寺法師の円伊僧正と同じ寺に住んでいた所、文保(ぶんほう)年間に三井寺が焼かれた時、坊の主人円伊にあって、「御坊を寺法師と申していたが、寺がなくなったので、今からは単に法師と申しましょう」と言った。たいそううまいことを言ったものだなあ。

語句

■平惟継 兼好と同時代の人物。元徳2年(1330年)権中納言。後に文章博士。暦応5年(1342年)出家。康永2年(1343年)78歳で没。 ■風月の才 自然の風物を見て詩歌・文章を作る才能。 ■一生精進 生涯修行に励むこと。 ■寺法師 寺門こと園城寺の僧をいう。延暦寺の「山法師」に対して言う。 ■文保 文保3年(1319年)延暦寺の僧に園城寺が焼き討ちにされた。 ■坊主 坊の主人。 ■円伊僧正 天台宗権僧正。 ■いみじき秀句 うまくいった冗談。

メモ

●山門・寺門の争い『平家物語』
●親しい間同士だからこその軽口
●文保の和談
●武蔵坊弁慶のひっぱってきた鐘

朗読・解説:左大臣光永


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