第九十九段 堀川相国は

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堀川相国は、美男のたのしき人にて、そのこととなく過差を好み給ひけり。御子基俊卿を大理になして、庁務(ちょうむ)おこなはれけるに、庁屋(ちょうや)の唐櫃(からひつ)見ぐるしとて、めでたく作り改めらるべきよし仰せられけるに、この唐櫃は、上古(しょうこ)より伝はりて、その始めを知らず、数百年(すひゃくねん)を経たり。累代の公物(くもつ)、古弊(こへい)をもちて規模とす、たやすく改められがたきよし、故実(こしつ・こじつ)の諸官申しければ、その事やみにけり。

口語訳

堀川太政大臣は、美男で裕福な人であって、何事につけても贅沢を好まれた。御子基俊卿を検非違使庁の長官にして、検非違使庁の業務を行われた時に、検非違使庁の建物の唐櫃が見苦しいといって、きれいに作り改めるよう仰せられた所、この唐櫃は、大昔から伝わっていて、その始めがわからない、数百年を経ている。代々伝えられてきた公用の器物は、古くすたれているのをよしとするので、たやすく改めがたい旨を、古くからの慣例に通じている役人たちが申したところ、唐櫃を作り変えることは取りやめになった。

語句

■堀川相国 太政大臣久我基具(くがもととも)。正応5年(1289)太政大臣。永仁5年(1297年)没。66歳。兼好が在俗時に仕えた具守(とももり)は基具の長男。 ■たのしき人 裕福な人。 ■そのこととなく 何事につけても。 ■過差 贅沢。 ■基俊卿 基具の次男。弘安8年(1285)検非違使別当。後、権大納言。文保3年(1319)没。59歳。 ■大理 検非違使庁の長官、別当の唐名。 ■庁屋 検非違使庁の役所の建物。 ■唐櫃 蓋があり足がある箱。 ■上古 大昔。 ■累代の公物 代々伝えられてきた公用の器物。 ■古弊 古くすたれている。 ■規模 模範。 ■故実 古くからの慣例。

メモ

●兼好が仕えた堀川家ゆかりの話。無神経な太政大臣によって大事な唐櫃があやうく作り替えられそうになったのを、役人たちが救った。堀川家にとって不名誉な話。だが兼好は遠慮なく書いている。

朗読・解説:左大臣光永

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