平家物語 二 殿上闇討

本日は『平家物語』の第二回「殿上闇討」を読みます。

清盛の父・忠盛の話です。

忠盛が鳥羽上皇に三十三間の御堂を建立したことにより、一族はじまって以来、はじめて昇殿(清涼殿の床に上ること)をゆるされます。殿上人たちはこれを妬み、忠盛を闇討ちにしようとするも、忠盛は事前に察知して、その危機を乗り越える、という話です。

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というわけで、宮中に刀を持ち込んだこと、郎党平家貞が目を開かせていたこと。これらに殿上人たちは忠盛はけしからんと訴えてきたけれど、調べてみると刀は偽物であったし、鳥羽法皇は郎党を召しおくことは昔から武士のならいであるといって、かえって忠盛を認めた、という話です。

『平家物語』にはこの事件があったのは天承3年(1133)とありますが、実際には天承2年(1132)の出来事です。崇徳天皇の御世であり、鳥羽法皇が治天の君として天下に君臨していました。

冒頭に忠盛が鳥羽院に献上したという三十三間の御堂は、現京都市左京区聖護院前にあった旧三十三間堂です。

後に、平清盛が父忠盛が鳥羽法皇に御堂を献上したことにならって後白河法皇に献上したのが現在の蓮華王院・三十三間堂になります。

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「われ右筆の身にあらず。武勇の家に生れて、今不慮の恥にあはむ事、家の為身の為、心うかるべし。せむずるところ、身を全うして君に仕ふという本文あり」

「伊勢平氏はすがめなりけり」

(伊勢の瓶子(とっくり)と平氏、酢瓶と眇(斜視)をかけて忠盛をバカにする)

(私は文官でない。武家に生まれており、今不慮の恥のあうことは、家のため身のため残念である。結局、まずわが身の安全を保って、はじめて君にお仕えできるという格言がある)

次回「鱸(すずき)」に続きます。

朗読 平家物語

朗読・解説:左大臣光永