平家物語 五 吾身栄花

こんにちは。左大臣光永です。

文章は、止まらず、最後まで書ききることが第一だと思います。書いてると、止まるんですよね。冗長じゃないのか?ちょっと伝わらないなぁとか、余計なこと考えます。そういう心の声を押しやって、ヘタでも、長くても、最後まで書ききることが大事と思います。それで書ききった後、長ければ削ればいいし、表現のまずいところも修正していけばいいんです。

本日は『平家物語』の第5回「吾身栄花(わがみのえいが)」です。

【内容】
清盛のみならず清盛の息子・娘たちも栄華を極めた。日本国六十六箇国のうち半分あまりを平家一門が領有することとなった。

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仰(そもそも)此成範卿(しげのりのきょう)を、桜町の中納言と申しける事は、すぐれて心数寄給へる人にて、常は桜を恋ひ、町(ちょう)に桜を植ゑならべ、其内に屋を立てて、住み給ひしかば、来る年の春ごとに、見る人、桜町とぞ号しける。桜は咲いて七箇日に散るを、余波(なごり)を惜しみ、天照御神(あまてるおほんがみ)に祈り申されければ、三七日まで余波ありけり。君も賢王にてましませば、神(しん)も神徳を耀(かかやか)し、花も心ありければ、廿日(はつか)の齢をたもちけり。

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綺羅充満して、堂上(とうしょう)花の如し。軒騎群集(けんきくんじゅ)して、門前市をなす。揚州の金(こがね)、荊州の珠(たま)、呉郡(ごきん)の綾、蜀江の錦、七珍万宝、一つとして闕けたる事なし。歌堂舞閣(かとうぶかく)の基(もとい)、魚竜爵馬(ぎょりょうしゃくば)の翫(もてあそび)もの、恐らくは帝闕も仙洞も是には過ぎじとぞみえし。

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語句
■内大臣の左大将 内大臣かつ左大将。「の」は同格。 ■公卿 公(こう)と卿(けい)。「公」は太政大臣・左大臣・右大臣。「卿」は大納言・中納言・参議およびそれ以外の三位以上の者。宮廷政治を取り仕切る上層部。 ■殿上人 清涼殿の殿上の間に上がることを許された人。四位・五位で昇殿を許された人、および六位の蔵人。 ■奈良の御門 聖武天皇。 ■神亀五年(728年)中衛の大将を…『続日本紀』に中衛府を置き、大将以下一人の職員を置く旨をしるす。 ■大同四年(809)に中衛を近衛と改められ… 正しくは大同二年(807)(『類聚三代格』)。中衛府が近衛府と役務がおなじなので近衛府を左近衛府・右近衛府とした。 ■文徳天皇 嘉祥3年(850)-天安2年(858)在位。鳴滝に陵がある。 ■閑院の左大臣冬嗣 藤原冬嗣。閑院殿は屋敷の名。二条より南、西洞院より西にあった。 ■朱雀院 延長8年(930)-天慶9年(946)在位。 ■実頼 藤原実頼 藤原忠平の長男。文徳天皇第一皇子・惟喬親王の小野宮の邸宅を拝領したので小野宮殿と号した。息子の公任が有名。 ■師輔 藤原忠平の次男。邸宅が九条の坊門南にあったため、以後九条流という。孫の道長が有名。 ■貞信公 藤原忠平。藤原基経三男。時平の弟。 ■後冷泉院 寛徳2年(1045)-智暦4年(68)在位。 ■教通 藤原道長五男。二条殿は二条より南、東洞院より東にあり道長が造営し、教通がついだ。 ■頼宗 藤原道長次男。二条南、堀川東に邸宅があったので堀河殿と号した。 ■二条院 保元3年(1158)-長寛3年(1165)在位。 ■基房 藤原忠通次男。中御門南、東洞院西に邸宅があり松殿と号した。 ■兼実 藤原忠通三男。九条兼実。今熊野南、泉涌寺・東福寺あたりにあった山荘の名より月輪殿と号す。 ■法性寺殿 藤原忠通。保元の乱で勝利。晩年は後白河院の怒りを買い、九条南の法性寺で出家・隠棲。法性寺入道と号した。 ■摂禄の臣 摂政関白の唐名。正しくは摂籙の臣。セツロクとも。 ■凡人 摂政関白などの高貴な家柄でない者。 ■禁色雑袍をゆり 禁色・雑袍をゆるされ。「禁色」は自分の官位より上の服の色。官位によって服の色は規定されていたが、自分の官位より上の服の色を許された、ということ。「雑袍」は直衣など。色目の制限がない。参内は束帯と定められていたが直衣での参内を許されたということ。 ■綾羅錦繍 綾のうすもの、錦の刺繍のある布。華美な衣服。 ■不思議なりし事どもなり 作者が平家一門の出世に否定的であることがわかる。 ■桜町の中納言成範卿藤原成範(1135-1187)。通憲(信西)の子。京都市伏見区深草の桜町大神宮は成範創始。京都市上京区桜宮神社の桜宮神社は成範が熱心に参拝した。 ■花山院の左大臣殿 花散院藤原忠雅の子・兼雅。従一位左大臣。 ■御台盤所 婦人。北の方。略して御台所。台盤所は食物をのせる盤を置く台を置く場所。それを管理するのが婦人だから。 ■町 一町=約109メートル四方。 ■君も賢王にて… この「君」は後白河院をさすか?二条天皇をさすか? ■一人は后に立たせ給ふ 清盛の娘徳子は高倉天皇に嫁ぎ言仁親王(安徳天皇)を産む。 ■皇子御誕生ありて 言仁親王=安徳天皇。治承2年(1178)誕生。同年立太子、治承4年(1180)即位。 ■六条の摂政殿 藤原忠通長男基通。永万元年(1165)六条天皇摂政。邸宅が六条にあったので六条殿と号した。 ■北の政所 摂政関白の ■高倉院 仁安3年(1168)即位。治承4年(1180)譲位。 ■御母代 生母にかわって養育する母代り。養母。 ■准三后 太皇太后・皇太后・皇后につぐ者。皇后ではない天皇の母・養母・摂政関白などにつける。 ■普賢寺殿 藤原基通。基実の子。関白内大臣、摂政。出家して山城国綴喜郡普賢寺に隠居。 ■冷泉大納言隆房卿 藤原隆季の子。大納言。邸宅が冷泉、万里小路にあった。 ■七条修理大夫信隆卿 藤原信輔の子。邸宅が七条坊城にあった。修理大夫は禁裏の修理・造営を司る修理式の長官。 ■内侍 宮中の内侍司に仕える女官。ここでは安芸国厳島神社に奉仕する巫女。 ■九条院 近衛天皇中宮、藤原伊通の娘、呈子。 ■雑仕 身分の低い女官。 ■常葉 常磐、常盤とも。源義朝の愛妾で、義経らの母。平治の乱の後、清盛の召し出された。 ■上臈女房 身分の高い女房。 ■日本秋津島 大和・本州の古名。 ■綺羅充満 「綺羅」は綾とうすもの。美しい高価な衣をまとった貴人が多く行き交うさま。■堂上花の如し 御殿の上は花が咲いたようである。 ■軒騎群集 「軒」は車。「騎」は馬。馬に乗ること。車や馬がたくさん集まって、一門が大いに栄えているようす。 ■揚州の金(こがね)、荊州の珠(たま)、呉郡(ごきん)の綾、蜀江の錦 中国各地の、珍しい宝物の例。 ■七珍万宝 さまざまな珍しい宝物。 ■歌堂舞閣の基 堂上で歌ったり舞ったりする堂閣 ■魚竜爵馬の翫もの 「魚竜」「爵馬」は中国の曲芸・見世物。「魚竜」は魚が変化して竜になるもの。「爵馬」は「爵(スズメ)」が変じて馬になるもの。めずらしい見世物の例。 ■帝闕 禁裏。 ■仙洞 上皇御所。仙洞御所。

次回「祇王」に続きます。

朗読・解説:左大臣光永