平家物語 六 祇王

こんにちは。左大臣光永です。

北野天満宮に参拝してきました。キンモクセイの香りが漂う中、修学旅行の学生さんたちがそぞろ歩いていました。コロナで外国人もいないし、秋晴れのいい天気が続くし、修学旅行は楽しかろうなと、ワクワクしました。

本日は『平家物語』の第6回「祇王(ぎおう)」です。

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【内容】
都に祇王という白拍子の上手がいて、平清盛から深く愛された。妹の祇女、母刀自もあわせて、一家は大いに繁盛した。

しかし三年後あらわれた仏御前に清盛は気を移してしまい、祇王を追い出す。祇王は悲痛な思いを歌に書き残して西八条邸を去る。

翌年の春、祇王は清盛からひさしぶりに西八条邸に招かれる。しかし以前よりずっと下座で待たされた上、仏御前の前で舞を舞わされる屈辱を味わう。

祇王は屈辱のあまり身を投げようと考えたが、母に諌められ、留まった。しかし都にいればまた屈辱を受けるからと、母、妹とともに出家して嵯峨の奥に庵を結び念仏三昧の暮らしに入った。

秋の初風が吹く頃、四人の住む嵯峨の庵を訪れる者があった。きっと魔縁の者が私たちの命を奪いに来たのだわ。ええい、そうなら仕方ない。覚悟をきめて戸を開けてみると、そこに立っていたのは、仏御前だった…

君をはじめて見る折は 千代も経ぬべし姫小松
御前の池なる亀岡に 鶴こそむれゐてあそぶめれ

(わが君をはじめて見る時は、あまりに素晴らしいので、姫小松である私は齢が千年も延びるかと思うほどです。御前の池にある亀山に、鶴が群をなして遊んでいますことよ)

萌え出づるも枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋にあはではつべき

(春に草木が萌えだすように、仏御前が愛されるのも、私が捨てられるのも、どちらも同じ路傍の雑草にすぎない。秋が来て、飽きられて、それでおしまいだ)

仏も昔は凡夫なり 我等も終には仏なり
いづれも仏性具せる身を へだつるのみこそかなしけれ

(仏も昔は凡夫であった。我等もついには仏になるのだ。
いずれも仏性(仏になれる性質)は持っている身を、隔てるものが悲しいことよ)

娑婆の栄花は夢の夢、楽しみ栄えて何かせむ。人身は避けがたく仏教はあひがたし。

(この世の栄華は夢のようにはかない。楽しみ栄えてどうなるのか。人の身に生まれてくることは難しく、その中で仏の教えに出会うことはさらに難しい)

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■不思議の事 驚くべきこと。否定的に言っている。 ■たとえば 具体的に言うと、 ■白拍子 平安末期から鎌倉初期に流行した歌舞。またそれを舞う舞人。語源は拍子だけで伴奏を伴わない声明の名。水管直垂に鞘巻・烏帽子の男装で今様を歌いながら舞う。源義経の愛妾・静が有名。 ■祇王 滋賀県野洲郡祇王村(野洲町)出身と伝え、祇王屋敷跡、祇王寺、祇王井など残る。 ■おととい 兄弟または姉妹。 ■なのめならず 並大抵でない。 ■百石百貫 米百石と銭百貫。一石は百升。一貫は千文。 ■島の千歳、和歌の前 白拍子の名。 ■水干 男子の簡素な着物。 ■立鳥帽子 折烏帽子と区別していう。 ■白鞘巻 鞘や柄に銀の装飾をほどこした短刀。 ■なんでふ 「なんといふ」の略。 ■なにかくるしかるべき なんの問題があろう。 ■西八条 西八条第。八条北八条坊門南にあった清盛の邸宅。現在、梅小路公園内に西八条第跡がある。 ■なんでふ 何ということだ。 ■左右のう ためらわず。 ■さぶらへ 「候ふ」は「ある」「居る」の謙譲語。中世には男が「そうらふ」、女が「さぶらふ」と用いた。 ■かたはらいたく 脇で見ていて恥ずかしい。祇王がすげなく追い返される仏を気の毒に思っている表現。 ■今様 安時代末期に流行した流行歌。伝統的な宮廷音楽である催馬楽・神楽などに対して、庶民の中から出てきた新しい種類の歌。白拍子や遊女をはじめ、貴族も、庶民も、はば広い層から愛好された。現在、今様はいくつかの節回しで歌われているが、「越天楽今様(えてんらくいまよう)」が有名。京都市東山区の法住寺は、後白河法皇の御所「法住寺殿」の跡地にあり、毎年10月第二日曜日に、「今様合の会」が開かれている。 ■君をはじめて見る折は… 千代・姫子松・亀・鶴と長寿を祝う言葉をならべ、平清盛への感謝の挨拶を延べる。 ■歌ひすます 見事に歌い終わる。 ■この定では この様子では。この具合では。 ■心もおよばず 想像もできないほど素晴らしく。 ■申状 申しよう。とりなし。 ■暇をたうで 「たうで」は、「たびて」「たまひて」の穏便。暇を賜って。 ■出させおはしませ 私を退出させなさってください。「おはします」は「あり」「居り」の尊敬体。 ■心うう 「心憂く」の音便。心苦しく。 ■おのづから もしも。ひょっとして。 ■思ひまうけたる 覚悟していた、予想していた。 ■昨日今日とは思ひよらず 『伊勢物語』125段「つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」 ■一樹のかげに宿りあひ、同じ流をむすぶだに… 「或は一村に処り、一樹の下に宿り、一河の流を汲む、一夜同宿、一日夫婦、一緒聴聞、一言会釈、…親疎別有れども、皆先世の結縁なり」(『説法妙眼論』) ■さてもあるべき事ならねば 慣用句。いつまでもそうして居られないので。 ■障子 唐紙障子。ふすま。 ■萌え出づるも… 「枯るる」と「離るる」、「秋」と「飽き」をかける。自分が清盛に今こうして捨てられるように、やがて仏御前も捨てられるだろうという意味を暗に込める。 ■たんなれ 「たるなれ」の撥音便。「なれ」は伝聞推定の助動詞「なり」の已然形。 ■あひしらふ 応対する。あしらう。 ■いかなるべしとも思へず どうしていいかわからない。 ■男女の縁宿世、今にはじめぬ事ぞかし 男女の縁は前世からのもので今に始まったことではない。 ■白地(あからさま) ほんの一時的なこと。 ■孝養 親孝行と、死後、供養することを掛ける。 ■座敷しつろうて 座るべき敷物を敷いて。 ■これされば何事さぶらふや これはそれでは、何事がございましたのでしょうか。 ■日比召されぬ所でもさぶらはばこそ、是へ召されさぶらへかし ふだん召されない所であればともかく、普段召されるのですから、ここに祇王さまを召されてください。 ■さては それでは。 ■参る程では 参ったからには。 ■仏も昔は凡夫なり… 「仏も昔は人なりき、われらも終には仏なり、三身仏性具せる身と、知らざりけるこそあはれなれ」(『梁塵秘抄』2・雑法文歌) ■凡夫 まだ悟りを開かない人。 ■公卿 公(大臣)と卿(大納言・中納言・三位以上および四位の参議) ■殿上人 清涼殿の床の間に昇ることを許された人々。四位・五位および六位の蔵人。 ■諸君大夫 四位・五位。殿上人についで身分が高い。 ■侍 貴人に仕える家来。 ■五逆罪 仏教でいう五つの罪。父を殺す、母を殺す、阿羅漢(最高位の修行僧)を殺す、仏身より血を出す、僧侶の集団を破る。 ■恥ぢても恥じでも 恥ずかしい思いをしてもしなくても。 ■悪道 死んだ後に行く苦の世界。地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道など。 ■柴の庵 柴で屋根を葺いた粗末な庵。 ■一向専修 ひたすらに、専ら修める。 ■かくて春過ぎ夏闌(た)けぬ 「闌く」は盛が過ぎる。「春過ぎ夏闌けぬ。袁司徒が家の雪、路達しぬらむ」(『和漢朗詠集』下 菅三品) ■星合の空 七夕の夜、牽牛と織女が一年に一回逢うという、その空。 ■天のとわたる梶の葉に、思ふ事書く比なれや 「天の戸」は天の川の川幅が狭くなっているところ。そこを舟が渡る。その舟の舵から植物の梶を導く。梶はコウゾ類の植物。七夕の夜、願い事を書くと叶うと信じられていた。 ■いふかひなき 取るに足らない。つまらない。 ■魔縁 仏教の修行を妨げるもの。魔物。悪魔。 ■なかなか かえって。むしろ。いっそのこと。 ■弥陀の本願 阿弥陀仏の誓願。『無量寿経』に四十八願が上げられている。中心は題十八願。「設(たと)ひ我仏を得んに、十方衆生、至心に信楽(しんぎょう)して、我が国に生ぜんと欲し、乃至十念しても、もし生ぜずは、正覚を取らじ」(たとえ私が仏になれるとしても、十方の衆生が極楽浄土に生まれたいと欲し、もしくは十度念仏を唱えても、もし極楽浄土に生まれることができないなら、私は悟りを得て仏となることはしない」 ■名号 阿弥陀仏の御名。南無阿弥陀仏。 ■聖衆 阿弥陀仏を中心に、死者を極楽浄土へ招く仏菩薩たち。 ■来迎 仏菩薩が、この世に来て、極楽浄土へ死者を迎えること。 ■引摂 いんじょう。極楽浄土へ引き取ること。 ■相かまへて お互いに心を構えて。 ■事新しう わざとらしく。 ■思ひ知らぬ身 人情の無い身。 ■人身は請けがたく仏教にはあひがたし 人間として生まれることは難しく、人間と生まれて仏の教えに出会うことはさらに難しい。 ■ないりに沈みなば 地獄に沈んだら。「ないり」は泥梨。地獄のこと。 ■多生曠劫 「多生」は六道を輪廻し、多くの何度も生まれ変わって生きること。「曠劫」は非常に長い時間。 ■出づる息の入るをも待つべからず 「出づる息の入る息またぬ世の中をのどかに君は思ひけるかな」(『往生要集』上「義記」三)。 ■かげろふいなづま はかないものの例え。かげろうは陽炎説と蜉蝣説。 ■一つ蓮の身とならん 極楽浄土で同じ蓮の葉の上に生まれましょう。 ■それになほ心ゆかずは それでもやはり心進まないなら。 ■苔のむしろ 苔が一面に生えているさまを筵にたとえる。 ■素懐 ふだんからの願い。 ■うき世の中のさがなれば 「性」と「嵯峨」を掛ける。 ■なまじひに 中途半端に。現世では清盛に捨てられ、極楽往生を願っても心に恨みが引きずっているので往生できそうもない。現世のことも後世のことも、どちらも中途半端という意味あい。 ■穢土 汚い土地。 ■大道心 大きな道心。 ■善知識 人を導いて仏道・善道に入れるよき導き手。 ■後白河の法皇 鳥羽法皇皇子。久寿2年(1155)即位。翌保元元年、保元の乱に勝利し、保元3年(1158)息子の二条天皇に譲位。嘉応元年(1169)出家。 ■長講堂 法華長講阿弥陀三昧堂。後白河院の六条殿に気づかれた持仏堂。再三の火事で寺地を転々としたが、天正6年(1578)現在の下京区河原町五条下がるへ。

次回「二代后(にだいのきさき)」に続きます。

朗読 平家物語

朗読・解説:左大臣光永