平家物語 十七 座主流

本日は『平家物語』第十七回「座主流(ざすながし)」です。

天台座主明雲(てんだいざす めいうん)が西光法師父子の讒言により、流罪に処せらる話です。

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内容

加賀国の国司師高と目代師経と、地元の寺とのいざこざ(「俊寛沙汰 宇川軍」)は、比叡山の大衆(だいしゅ)が日吉の神輿を振りたてて洛中へ乱入する大事件に発展した(「御輿振」)。

治承元年(1177)五月五日、天台座主明雲はこの責任を問われ、宮中での役務を停止され、法会に参加する権利を剥奪される。

これは「明雲の所領を国司師高が没収し、その意趣返しに明雲が比叡山の大衆を煽動したのだ」と、西光法師父子が讒言したためだった。

後白河法皇はお怒りになった。

十一日、明雲に替わり覚快法親王が新座主になる。

十二日、明雲は水と火の使用を禁じられる、「水火の責め」を受ける。

都の人たちは、こんなことをすれば再度比叡山の大衆が乱入するのではないかと恐れる。

十八日、公卿詮議があって、明雲大僧正のような高僧を還俗、遠流されるのは忍びないという意見が出たが、後白河法皇は明雲に対する怒りが解けない。

平清盛も法皇を説得しようと参上したが、法皇は風邪の気があるということで清盛をお召にならなかった。

やがて明雲の僧の資格を剥奪し、「大納言大輔(だいなごんのたいふ)藤井の松枝(ふじいのまつえだ)」という俗名をつける。

この明雲大僧正は天下第一の高僧の聞こえ高く、天王寺、六勝寺の別当も兼任していた。

しかし陰陽頭安倍泰親は、「明雲という字は上に日月の光を輝かせているが(「明」の字を「日」と「月」に分ける)下に雲を置いて、その輝きを見えなくしている」と、その前途を危ぶんだ。

仁安元年、明雲が座主に就任した時、代々の座主のように根本中堂の宝蔵を開き、開祖伝教大師(最澄)の文をご覧になった。

そこには未来の座主の苗字が書かれている。

自分の所まで見て、次を見ずにしまうのが慣習だった。

明雲もそうしたことだろう。

(2020年現在のお座主さまは、257代森川宏映(もりかわ こうえい)大僧正)

二十一日、配所が伊豆の国と決まり、一切経谷の別院に移される。

比叡山の大衆はこぞって、明雲を陥れた西光父子を呪詛した。

二十三日、配所へ出発。

澄憲法院は泣く泣く明雲を粟津まで送る。

明雲は澄憲に一心三観の観想法を授けた。

山門の大衆は、明雲大僧正に対する処分に憤り、大挙して東坂本へ押し寄せる。

語句

■明雲大僧正 源顕通の子。仁安2年(1167)天台座主、安元2年(1176)僧正。安元3年(治承元年)座主停止。当年11月座主復帰。 ■公請(くじょう) 朝廷から法会や経文の講義に招かれること。 ■如意輪の御本尊 宮中で行われる長日三壇のうち、比叡山は如意輪の法、園城寺は不動の法を、東寺は延命を担当した。如意輪の法の本尊が如意輪観音。 ■御持僧(ごぢそう) 天皇のそばに仕え、天皇の身体護持の祈祷をする僧。 ■使庁の使 検非違使庁の使。 ■張本 張本人。明雲のこと。 ■御坊領 僧の所領地。 ■讒奏 天皇・院に讒言すること。 ■逆鱗 逆鱗に触れる。天子がお怒りになること。 ■印鑰(いんやく) 天台座主の持つ印と倉の鍵。 ■鳥羽院の七宮覚快法親王 嘉応2年(1170)法親王。 ■青蓮院の大僧正行玄 比叡山東塔の青蓮院の開祖。関白藤原師実の子。保延4年(1138)天台座主、久安元年(1145)大僧正。 ■水火のせめ 井戸に蓋をして水を使えないようにして、火に水をかけて炊事ができなくする罰。 ■同十八日 治承元年(1177)十八日。『玉葉』によれば二十日。公卿は太政大臣(師長)以下11人。 ■陣の座 公卿が並んで座り僉議する場。 ■儀定 評定。 ■八条中納言長方卿 藤原顕家の子。八条堀河に邸があった。 ■左大弁 太政官の判官(じょう)のひとつ。左弁官局の長官。中務・式部・治部・民部の四部を管理する。 ■法家(ほっけ) 明法道(法律)をつかさどる家。坂上・中原両家。 ■勘状 罪を訴える書状。 ■顕密兼学 顕教も密教もともに学んでいること。顕教は文字にあらわした教えで主に経文のこと。密教は主に真言宗で大日如来の、文字にあらわせない教えのこと。 ■浄行持律 行いが清浄で固く戒律を守っていること。 ■大乗妙教 『法華経』。 ■公家にさづけ奉り 「公家」はここでは天皇のこと。明雲を師として高倉天皇が『法華経』を書写したことをさす。 ■菩薩浄戒 菩薩戒。菩薩(修行者)が守るべき戒律。 ■冥(みょう)の照覧 冥は仏菩薩。照覧は神仏がご覧になること。 ■還俗遠流 還俗は僧を俗人に戻すこと。遠流は遠くに流すこと。 ■なだめらる ゆるやかにする。処罰を軽くすること。 ■太政入道 平清盛。平家一門と明雲は懇意だった。 ■御風の気 お風邪気味。 ■度縁 度牒。僧としての認可状。 ■具平親王 村上天皇第七皇子。一条朝における文壇の中心人物。 ■久我大納言顕通卿(こがのだいなごんあきみちのきょう) 右大臣源顕房の孫。太政大臣雅実の子。保安3年(1122)権大納言。祖父顕房が山城国乙訓郡久我(京都府乙訓郡久我村)に水閣を築いたため、雅実以後、久我を称した。 ■碩徳 碩は大。徳が大きい人。 ■天王寺 四天王寺。大阪師天王寺区。聖徳太子建立。明雲は治承4年(1180)四天王寺別当、養和元年(1182)六勝寺別当(天台座主記)。六勝寺は京都師東山区白川に白川法皇が創設の六の寺。法勝寺・尊勝寺・円勝寺・最勝寺・成勝寺・延勝寺。 ■陰陽頭安倍泰親 「陰陽頭(おんようのかみ)」は「陰陽寮(おんようりょう)」の長官。中務省(なかつかさしょう)に属し、天文、卜占、暦などをつかさどる。 ■日月の光をならべて 「日」と「月」をならべると「明」。 ■仁安元年 1167年。 ■御拝堂 座主が比叡山に登って根本中堂の本尊(薬師如来)を拝すること。 ■一生不犯の座主 一生戒律を守って男女の交わりをしないこと。 ■先世(ぜんぜ?)の宿業 前世で行った業因。 ■追立(おったて)の官人 罪人を配所に追い立てる役人。 ■白河の御坊 延暦寺の別院、青蓮院。京都市東山区粟田口。 ■一切経の別所 一切経谷にあった延暦寺の別院。 ■十二神将 根本中堂の薬師如来をとりまく金毘羅大将以下十二の仏神。 ■七千夜叉 十二神将の眷属。 ■さばかんの 「さばかりの」の音便。あれほどの。 ■法務 寺務総長。 ■追立の鬱使 追立の官人に同じ。 ■さきにけたてさせ 先に蹴立てさせ。先に行かせて。 ■文殊楼 根本中堂の東にある文殊菩薩を祭る高楼。昔は東坂本からの参拝道の総門だった。創建は慈覚大師円仁。 ■宿老 老僧。 ■粟津 大津の東、膳所のあたり。木曽義仲討ち死にの地として有名。 ■孤心中(こしんじゅう) 自分ひとりの心の中。 ■一心三観(いっしんさんがん) 天台宗の瞑想法の一つ。 一切には実体がないと観ずる「空観(くうがん)」、それらは仮にあらわれているだけだとする「仮観(けがん)」、その二つは一つであると見る「中観(ちゅうがん)」を同時に観ずること。 ■血脈相承 仏教において法が師から弟子へ伝えられることを、人体における血液の流れにたくした言葉。 ■釈尊の付属 釈尊の伝授されたもの。 ■波羅奈国(はらないこく) 中インドにあった国。 ■馬鳴比丘(めみょうびく) 比丘は僧。2世紀頃、バラモン教から仏教に転じ仏教の布教につとめた人。 ■竜樹菩薩 ナーガールジュナ。南インドのバラモン出身で仏教に転じ、馬鳴比丘の弟子から教えを受けた。 ■粟散辺地 辺鄙な所に粟粒が散ったようにある場所。日本をさす。 ■義真和尚(ぎしんかしょう) 伝教大師の弟子。天長元年(824)初代天台座主。 ■延暦の比ほひ 延暦13年(794)長岡京から平安京に遷都。 ■四明(しめい)の教法(きょうぼう) 天台宗の教え。宋代、四明知禮大師が天台宗を中興したことから。 ■五障 女人の持つ五つの障害。「女人五障」とも。女性は梵天王、帝釈天、魔王、転輪聖王、仏陀になることができない、という説。 ■浄侶 清められた僧。 ■一乗読誦 『一乗経』=『法華経』を読誦すること。 ■七社 日吉神社の山王七社。 ■新(あらた)なり 「新しい」と「あらたか」を懸ける。 ■月氏(がっし) 西域の国の名。ここではインドのこと。 ■霊山(りょうぜん) 釈迦が住んだ山。インドのマカダ国にあった。鷲山とも。 ■王城 マカダ国の王舎城。 ■大聖(だいしょう) 釈迦のこと。 ■幽崛(ゆうくつ) 奥深い岩屋。 ■日域(じちゐき) 日本のこと。 ■叡岳 比叡山。 ■鬼門 艮の方角。東北。 ■壇場(だんじょう) 戒律を授けるための戒壇など、壇をもうける場所。 ■末代ならんがらに 末代であるからといって。「がらに」は「からに」の転。 ■いかんが 「いかにか」の転。 ■東坂本 比叡山の東麓。現滋賀県大津市坂本。

次回「一行阿闍梨沙汰(いちぎょうあじゃりのさた)」に続きます。

朗読 平家物語

朗読・解説:左大臣光永