平家物語 十八 一行阿闍梨沙汰

『平家物語』第十八回「一行阿闍梨沙汰(いちぎょうあじゃりのさた)」です。

無実の罪を着せられ島流しにされそうになった先座主明雲の身柄を、比叡山の大衆が奪い返す、これに関連して、唐の時代に無実の罪を着せられ流罪となった僧、一行阿闍梨の故事が語られる話です。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

https://roudokus.com/mp3/HK018.mp3

【発売中】
小倉百人一首 全首・全歌人 徹底詳細解説
https://sirdaizine.com/CD/Ogura100info0.html

徒然草 全243段
https://sirdaizine.com/CD/TsurezureInfoOL2.html

内容

先座主明雲(以下座主)は、比叡山の大衆(僧侶たち)を扇動して内裏へ乱入させたとの濡れ衣を着せられ、流罪に処せられた。

比叡山の大衆は、十禅寺権現の御前に集い、座主の身柄を取り戻そうと詮議する。しかし追い立てる役人、護送の役人がいるから、山王権現の力にたよる他はない。

そこで老僧たちが山王権現に祈ると、鶴丸という童に山王権現が下って、わが比叡山の座主が奪われることは悲しいといって泣く。

そこで大衆は座主を取り戻そうと、粟津へ押し寄せる。

護送の役人は驚いて逃げ去る。

大衆は近江国の国分寺で座主に対面する。しかし座主は大衆の軽挙を戒め、

「私は罪人だから」と輿にお乗りにならない。

そこで西塔の阿闍梨、裕慶(ゆうけい)という大男が、座主をさとして輿に乗せる。

大講堂の庭で今後どうすべきか?詮議になる。

阿闍梨裕慶は座主の徳の高きを訴え、一切の責めは自分が負うと請合い、大衆を安心させる

大衆は座主を東塔の南谷、妙光房へ移す。

昔、やはり無実の僧が流罪になった例がある。

唐の一行阿闍梨は玄宗皇帝の后、楊貴妃との密通の疑いをかけられ、加羅国に流罪となった。

加羅国へは帝が御幸の時使う輪池道、一般人が使う幽地道、罪人が通る暗穴道があったが、一行阿闍梨は暗穴道を通らされた。

無実の罪に問われた一行阿闍梨を天道は哀れみ、九曜の星を現してその身を守った。

一行阿闍梨は右の指を食いきり、その血で左の袖に九曜の曼荼羅を描き写した。日本・中国で真言宗の本尊である九曜曼荼羅がこれである。

抜粋

罪なくして罪をかうぶる、是山上洛中のいきどほり、興福園城のあざけりにあらずや。

語句

■十禅寺権現 日吉神社の摂社。山王七社の一つ。 ■貫首(かんじゅ) 座主。 ■鬱使 役人。検非違使。 ■両送使 両は領の当て字。罪人を配所に護送する役人。 ■山王大師 日吉神社の山王権現を仏教の立場からいったもの。その正体は、比叡山の地主神(じぬしがみ・土地を守護する神)である大山咋神(おおやまくいのかみ)と、天智天皇の大津京遷都(667)によって遷されてきた三輪山(大神神社)の大己貴神(おおなむちのかみ)。 ■別(べち)の子細なく 特別な事情なく。 ■肝胆をくだいて 真心をこめて。 ■無動寺 比叡山東塔、根本中堂の南にある寺。 ■律師 僧都の次の僧官。 ■生々世々に 現世も来生も。永遠に。 ■随喜の感涙 ありがたく感激して流す涙。 ■山田・矢ばせ(矢橋) 草津市内。 ■国分寺 近江国国分寺。大津市石山にあった。 ■何(いか)に況(いわん)や まして。 ■三台槐門(さんだいかいもん)の家 三公(太政大臣・左大臣・右大臣)を出した家。三台星は天帝(紫微)を守護する星。「槐門」は中国周代、三公が三本の槐の木の下に座して政治を執ったため。 ■四明幽渓 四明は宋代に四明山に四明大師が出て天台宗を中興したことから、比叡山の別称。「幽渓」は静かな谷。 ■円宗 大乗円満の教義をもつ宗派。中国では天台宗と華厳宗を、日本では天台宗をいう。 ■両所山王 山王七社のうち、大宮(釈迦)、ニ宮(薬師如来)、これに聖真子(しょうしんじ)(弥陀如来)を加えて三聖という。 ■香染(こうぞめ) 茶褐色。最高位の僧衣の色。 ■しぼりもあへ給はねば 袖をしぼることもできないほど涙をお流しになったので。 ■しか 逆説の助動詞「き」の已然形。 ■わらんず 「わらくず」の転。わらじ。 ■大荒目 幅の広い札(さね)を革や緒で荒く綴ったもの。 ■かねまぜたる 鉄の礼を革ではさんだもの。 ■草摺なが 草摺は鎧の銅の前後左右に垂れたスカート状の部位。それを長く垂らしていること。 ■法師原 法師ども。 ■見いからし 見はって。起こった様子で。 ■前輿(さきごし) 輿の前方の轅(ながえ)。 ■東坂(ひんがしざか) 東坂本から比叡山東塔に登る坂道。 ■大講堂 東塔根本中堂の隣の堂。僧侶が法華経の講義をきき、問答する学問修行の道場。大日如来坐が本尊。 ■牛角 牛の角のように仏法(仏の教え)と天子の定めた法(王法)がならんで優劣ないこと。 ■一山の和尚(わじょう) 比叡山全体の和尚(戒律を授ける僧)。天台座主のこと。和尚は律宗の読みに準じて「わじょう」と読む。 ■数輩の学侶 たくさんの学問を修める僧たち。 ■蛍雪のつとめ 勉学。中国晋の車胤(しゃいん)が蛍の光を集めて勉強し、孫康(そんこう)が雪の明かりで勉強したという『晋書』の故事から。 ■張本 張本人。首謀者。 ■いかめ房 いかめしい僧。 ■時の横災(おうざい) 一時の災難。思いがけない災難。 ■権化の人 仏が人の姿をとってあらわれたもの。座主のこと。 ■一行阿闍梨 大慧禅師。真言八祖の一。 ■玄宗皇帝 唐の六代皇帝。前半は貞観の治とよばれる善政をしいたが後半は楊貴妃におぼれ国を傾けた。 ■さがなさ うるささ。 ■果羅国 『大唐西域記』に見える覩貨邏(トカラ)国か。現在のアフガニスタンの北部にあった国ともされる。 ■澗谷(かんこく) 谷。「澗」は谷。 ■苔のぬれ衣(ぎぬ) 苔の衣は僧衣。ぬれ衣は無実の罪をこうむること。 ■九曜 日・月・火・水・木・金・土の七曜星に羅睺星(らごせい)、計都星(けいとせい)を加えたもの。 ■九曜の曼荼羅 九曜およびその眷属の神像を配した曼荼羅図。

次回「西光被斬(さいこうがきられ)」に続きます。

朗読 平家物語

朗読・解説:左大臣光永