平家物語 四十三 飈(つじかぜ)

原文

同(おなじき)五月十二日午剋(むまのこく)ばかり、京中には辻風(つじかぜ)おびたたしう吹いて、人屋(じんをく)おほく顛倒(てんだう)す。風は中御門京極(なかのみかどきやうごく)よりおこツて、未申(ひつじさる)の方へ吹いて行くに、棟門平門(むねかどひらかど)を吹きぬいて、四五町十町吹きもてゆき、けた、なげし、柱なンどは、虚空(こくう)に散在(さんざい)す。檜皮(ひはだ)、ふき板のたぐひ、冬の木葉(このは)の風に乱るるが如し。おびたたしうなりどよむ音、彼(かの)地獄の業風(ごふふう)なりとも、これには過ぎじとぞもえし。ただ舎屋(しやをく)の破損するのみならず、命を失ふ人も多し。牛馬のたぐひ、数を尽くして打ちころさる。是(これ)ただごとにあらず、御占(みうら)あるべしとて、神祇官(じんぎくわん)にして御占(みうら)あり。「今百日のうちに、禄をおもんずる大臣(だいじん)の慎(つつしみ)、別しては天下の大事、並びに、仏法王法共に傾(かたぶ)いて、兵革相続(ひやうがくさうぞく)すべし」とぞ、神祇官、陰陽寮(おんやうれう)、共にうらなひ申しける。

現代語訳

同年五月十ニ日正午頃、京中にはつむじ風がたいそう吹いて人家がおおく転倒した。風は中御門京極からおこって、未申の方角(南西)に吹いて行くに、屋根のある門・屋根のない平らな門を吹きぬいて、四五町十町も吹いて持っていき、桁・なげし、柱などは虚空に散在する。

檜皮、ふき板のたぐいは、冬の木の葉が風に乱れるがごとくである。たいそう鳴り響く音は、あの地獄の業風であっても、これには過ぎないだろうと見えた。

ただ家屋が破損するばかりではなく、命を失う人も多い。牛馬のたぐいは、多数打ち殺された。これはただ事でない。占いをすべきだということで、神祇官で占った。

「今百日のうちに、高禄の大臣が謹慎を受ける。とくに天下の大事がおこり、ならびに仏法王法ともに傾いて、兵乱が続くであろう」と神祇官、陰陽寮、ともに占い申した。

語句

■同五月十ニ日 治承三年(1179年)。史実では治承四年(1180)四月二十九日(玉葉、明月記、山槐記、百錬抄等)。 ■辻風 つむじ風。 ■中御門京極 中御門大路と京極大路の交わるところ。 ■未申の方 南西。 ■なげし 長押。鴨居の上・敷居の下に横に渡す木材。 ■檜皮 ヒノキの皮。細く割いたもので屋根を葺く。檜皮葺という。 ■ふき板 屋根を葺く薄い板。 ■業風 悪行の人を地獄につれていく風。 ■神祇官 全国の神社神官を統括する役所。卜部が所属し占いを行った。 ■相続 続くこと。 ■陰陽寮 陰陽道を司る役所。方位や天文・暦などから吉凶を占う。                      

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朗読 平家物語

朗読・解説:左大臣光永