宇治拾遺物語 1-14 小藤太(ことうだ)、聟(むこ)におどされたる事

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これも今は昔、源大納言定房(さだふさ)といひける人のもとに、小藤太といふ侍(さぶらひ)ありけり。やがて女房にあひ具(ぐ)してぞありける。むすめも女房にてつかはれけり。この小藤太は殿の沙汰をしければ、三とほり四とほりに居広げてぞありける。この女(むすめ)の女房になまりやうけしの通いけるありけり。宵(よひ)に忍びて局(つぼね)へ入りにけり。暁より雨降りて、え帰らで臥(ふ)したりけり。

この女(むすめ)の女房は上(うへ)へのぼりにけり。この聟(むこ)の君、屏風(びやうぶ)を立てまはして寝たりける。春雨いつとなく降りて、帰るべきやうもなく臥したりけるに、この舅(しうと)の小藤太、「この聟の君つれづれにておはすらん」とて、肴(さかな)折敷(をしき)に据ゑて持ちて、今片手に提(ひさげ)に酒を入れて、「縁(えん)より入らんは人見つべし」と思ひて、奥のかたよりさりげなくて持て行くに、この聟の君は衣(きぬ)を引き被(かづ)きてのけざまに臥したりけり。「この女房のとく下(お)りよかし」と、つれづれに思ひて臥したりける程に、奥の方より遣戸(やりど)をあけければ、「疑ひなくこの女房の上(うへ)より下るるぞ」と思ひて、衣をば顔に被(かづ)きながら、あの物をかき出して腹をそらして、けしけしと起きければ、小藤太おびえてなけされかへりけるほどに、肴もうち散らし、酒もさながらうちこぼして、大ひさげをささげて、のけざまに臥して倒れたり。頭を荒う打ちて眩(まく)れ入りて臥せりけりとか。

現代語訳

これも今では昔の事になりますが、源大納言定房という人のところに、小藤太という侍が仕えていた。同じ主人に仕える女官と結婚し、そのまま一緒に住んでいた。娘もここの女官であり、同じ主人に仕えていた。この小藤太は大納言家の経営事務を任されており、当初に比べて何倍も大きな顔をしていばっていた。この娘の房にそこそこ良家の青年が通ってきていた。暗くなってから忍び込み娘の部屋に入った。次の朝、鳥が鳴きだす頃、雨が降り出し帰る事が出来ずそのまま寝ていた。

この娘の女房は勤めで大納言のお部屋に出向いて行った。この娘婿は屏風を立てまわして寝ていた。春雨がいつになく降って、帰らなければならない用事もなく寝ていたが、この舅の小藤太は、「この婿殿は退屈していらっしゃるだろう」と思って、肴を折敷に乗せて持ち、もう一方の手に持った提(ひさげ)には酒を入れて、「広縁から入ったらきっと人目につくだろう」と思い、わざわざ奥の方から何の気もなしに持って行くと、この婿殿は衣を引っ被って仰向けの姿勢で寝ていた。彼は、「この女房がはやく戻って来ればいいのに」と、所在なく横になっていると、奥の方で遣戸(やりど)を開ける音がしたので、「間違いなく、この女房が御主人の所から下がってきたぞ」と思い、衣を顔に被ったまま、一物をむき出しにして、腹をそらせて、むくむくと勃起させたので、小藤太は怯えてのけぞり返る程驚き、折節の肴もまき散らし、酒もすっかりこぼして、大提を捧げもったまま仰向けになってひっくり返ってしまった。頭をひどく打って、目がくらんでのびてしまったそうだ。

語句

■源大納言定房-中納言雅兼の八男(1130~88)。右大臣源雅定の猶子(ゆうし)。堀川大納言。『千載集』に入集。■小藤太-藤原某、伝未詳。■侍(さぶらひ)-家の経営事務に従う者。■女房-貴人に仕える女官。■女房にあひ具してぞありける-定房家に仕える女官と一緒になって暮らしたこと。■殿の沙汰をしければ-大納言の経営の実務を任されて、取り仕切っていたこと。■三とほり四とほりに居広げてぞありける-幾通りにも住居を広げていたとも解されるが、主人の屋敷内に住む者が、どれだけその住居を広げることができたか、『大系』の注には、「ゐひろがる」というのが、いばることかと説かれている。■生良家子(なまりやうけし)-まずまずという程度の良家の青年。「生良家」は、良家といってもそこそこの良家、の意。■局(つぼね)-建物を仕切り設けた部屋。ここでは女房の部屋。■宵(よひ)に忍びて云々-通婚では、男性は女性の家に日没後に訪れ、翌朝、鳥の鳴き始める頃、すなわち日の出前に退出する慣習になっていた。■上-主人の部屋。■折敷(をしき)-縁(ふち)のついている四角な盆。■提(ひさげ)-酒などをつぐのに用いるつるのついた小鍋形の容器。■縁より入らんは云々-広縁から回って入るのでは人目に立ち、時分の娘の部屋に客人がいると気取られて不都合だ。■さりげなく-何の気もなしに。■引っ被って-ひっかぶって。■のけざまに-仰向けに。■遣戸(やりど)-左右に開閉する戸。引き戸。■かづきながら-被りながら。■あの物-男性の外性器。玉茎を指す。■けしけしと-むくむくと。■起こしければ-勃起させたので。■なけされかへる-のけぞり返る。■荒う-ひどく。■まくれ入りて-目が眩(くら)んで。

朗読・解説:左大臣光永

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