九月 長月

■【古典・歴史】メールマガジンのご案内
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネルはこちら

長月

夜が長いので長月という説、秋の長雨から「長雨月(ながめづき)」の略という説、稲穂が長くのびる「穂長月(ほながづき)」の略などの説があります。

防災の日

9月1日は防災の日です。

1923年(大正12)9月1日、相模湾沖を震源としたマグニチュード7.9の「関東大震災」が起こりました。

のべ死者数は内務省社会局の調査では9万1344人、重軽傷者5万2084人、行方不明者1万3275人、家屋全壊12万8200戸、半壊12万6200戸、焼失家屋44万7100戸と記録されます。

震源に近い神奈川県ではとくに被害が甚大で、小田原や平塚などでは全家屋の8、9割が倒壊しました。

震災後の混乱の中「朝鮮人が暴動を起こす」といったデマが流れ、朝鮮人や社会主義者が虐殺されました。

この関東大震災の教訓を忘れないため、防災の日とされました。

虫送り

稲につく害虫などを駆除するべく祈願する行事。虫追い、虫祈祷、サネモリオクリ、ウンカ送りなどとも。

現在はほぼ廃れましたが、松明の火を炊いて太鼓を叩き、行列をなして水田をめぐるものです。

人形などの依代に害虫を集めて、それを村の外まで追い出す、焼き払う、海や川に流すといったもので、害虫を追い払ったことを象徴的に表現します。

二百十日

立春から数えて二百十日目。新暦では9月1日、2日ごろ。台風が襲来する時期で、この日は厄日とか荒れ日とされます。農村では稲の花が咲き穂を出し始める時期で、台風で被害を受けては大変です。そこで八朔や二百二十日とともに厄日として警戒し、二百十日前後に風を鎮めるための風祭(かざまつり)をしたり、風除けの呪いをしたりします。

なかでも富山県富山市八尾町(やつおまち)の「おわら風の盆(おわらかぜのぼん)」は胡弓の音にあわせて踊る、代表的な風祭です。

重陽の節供

9月9日重陽の節供は別名「菊の節供」。五節供のひとつ。

中国ではこの日、山椒を身に着けて高所に登り、菊を浮かべた菊酒を飲んだりごちそうを食べたりすることで長寿を願う習慣があったといいます(『荊楚歳時記』)。

奇数(陽数)は縁起がいいとされ、中でも9が重なる9月9日は最高に縁起がよく、長寿にきく、という発想です。

この習慣が日本に入り、平安時代に宮中行事「重陽節」として定着しました。

江戸時代には五節供として幕府の公式節供とされ、武家社会・庶民にも浸透していきました。

菊の花びらを浮かべた菊酒を飲み、食用菊を用いたおひたしや、栗ごはんを食べます(栗の節供とも)。「くんち(九日)に茄子を食べると中風にならない」ともいいます。

敬老の日

「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日として昭和41年(1966)「国民の祝日に関する法律」で定められました。2001年(平成13)ハッピーマンデー制度で9月の第3月曜日に移されました。

この日からの一週間を「老人福祉週間」として、老人福祉についての意識を高めるべく全国でイベントが打たれます。

聖徳太子が身寄りのない老人・病人のために四天王寺に「悲田院」を建てたのが9月15日であるため、としますが、さだかではなく、起源には諸説あります。

十五夜

旧暦8月15日の夜。新暦では9月半ばあたり。「中秋の名月」を鑑賞し、秋の収穫に感謝する行事。月見・名月・芋名月・栗名月・豆名月などども。

中秋の名月の中秋とは、旧暦では789月が秋であり、その真ん中の8月を「中秋」とし、「中秋の名月」はもっとも美しいとされます。

文徳天皇(827-858、在位850-858)の代から文献に見え、平安貴族の間では池に船を浮かべ、中秋の名月を愛でて詩歌管弦の宴が広く行われました。

現在の十五夜は、縁側に台を設けて芋(里芋)や月見団子、枝豆、栗、おはぎなどを供え、薄の穂など秋の七草をさして、月を愛でます。

(供物は地域によってさまざま)

地域によっては、こうした供物を盗んでよいとか、どこそこの畑に入って芋を盗んでよいとされ、子供たちに盗まれると、かえって縁起がよいとします。

古くから月の運行は農業と深くかかわり、十五夜の行事も豊作を祈願し感謝する意味合いがあります。

綱引き

十五夜に綱引きをする地域も、全国にあります。(運動会の競技のように)実際に勝ち負けを競うところ、あらかじめ勝つほうが決まっており、デモンストレーションとして行うところ、単に皆で綱をもって移動するところ、地域によってさまざまなバリエーションがあり、十五夜のほか、小正月に行わることもあります。

その目的は年占(としうら、その年の良し悪し、豊作不作などを占うこと)、豊作祈願・感謝、厄除けなどさまざまです。

月の呼び方

旧暦の8月13日の夜を十三夜(じゅうさんや)とよび、十五夜についで美しいとされます(豆名月、栗名月とも)。『徒然草』には「清明なる故に、月を玩ぶに良夜とす」と。

供物は十五夜は十五個、十三夜は十三個と区別します。十五夜か十三夜の一方だけ月見をする「片月見」は縁起が悪いとされます。

月にいろいろな呼び方があることもおぼえておきたいです。

旧暦7月15日は盂蘭盆会なので「盆の月」、秋になって最初に見る満月です。

旧暦8月2日から7、8日までの上弦の月を「夕月夜(ゆうづくよ)」、

名月の前の晩の8月14日の月を「待宵(まつよい)」もしくは「小望月(こもちづき)」、

十五夜に月が出ない時は「無月(むげつ)」といい、曇天であっても月を懐かしんで「雨月(うげつ)」と呼びます。

十五夜の翌晩が「十六夜(いざよい)」。十五夜よりやや遅くに月が出るので「いざよう(ためらう)」の意をふくめています。

17日の月を「立待月」、18日は「居待月」、19日は「臥待月」もしくは「寝待月」。月の出がだんだん遅くなってくることをそれを見ている人の所作でしめしています。

20日夜は「更待月(ふけまちづき)」、23日夜を「弓張月」や「半月」といいます。昔の人は月の満ち欠けに応じて日一日と名前をつけて月に親しんできたのですね。

秋の七草

秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば 七種の花

萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花

(山上憶良)

秋分・秋彼岸

秋分を中日とする前後7日間を秋彼岸といいます。秋分は旧暦では8月、新暦では9月23日頃になり、「秋分の日」として国民の祝日でもあります(通常、9月22日か23日のいずれか)。

春彼岸が稲作の開始直前、秋彼岸が稲の収穫期もしくは直前にあたり、春彼岸も秋彼岸も稲作に強く関係していることがわかります。

彼岸は稲作の目安であるとともに、仏教行事でもあります。寺では春彼岸と同じく彼岸会の法要が行われます。

春分も秋分も、太陽が真東からのぼり真西にしずむため、浄土教では沈む夕日の方向に極楽浄土をイメージする「日想観」が行われていました。

なお、春分の日・秋分の日はもと明治11年(1878)、明治政府によって「春季皇霊祭」「秋期皇霊祭」という国の祭日に定められていました。宮中の「降霊殿」で、天皇が歴代の天皇・皇后、皇族を祀るものです。

第二次世界大戦後、昭和23年(1948)「国民の祝日に関する法律」により、「春分の日」「秋分の日」と定められました。

前の章「八月 葉月」|次の章「十月 神無月
おぼえておきたい年中行事 音声解説つき

朗読・解説:左大臣光永

■【古典・歴史】メールマガジンのご案内
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネルはこちら