第二十一段 よろづのことは、月見るにこそ

よろづのことは、月見るにこそ慰むものなれ。ある人の、「月ばかり面白きものはあらじ」と言ひしに、又ひとり、「露こそあはれなれ」と争ひしこそをかしけれ。折にふれば、何かはあはれならざらん。

月・花はさらなり。風のみこそ人に心はつくめれ。岩に砕けて清く流るる水の気色こそ、時をもわかずめでたけれ。「沅(げん)・湘(しょう)日夜、東(ひんがし)に流れ去る。愁人(しゅうじん)の為にとどまること少時(しばらく)もせず」といへる詩を見侍りしこそ、あはれなりしか。嵆康(けいこう)も、「山沢(さんたく)に遊びて、魚鳥(ぎょちょう)を見れば心楽しぶ」と言へり。人遠く、水・草清き所にさまよひありきたるばかり、心慰む事はあらじ。

▼原文朗読▼

▼現代語訳朗読▼

口語訳

すべてのことは、月を見ると心が慰められるものである。ある人が、「月ほど面白いものは無い」と言ったところ、また一人が「露こそ趣深い」と争ったのは実に面白いことであった。折にふれれば、何であろうと趣深くないことがあろうか。

月・花は言うまでもない。風はまったく、人に風流心を与えるものであろう。岩に砕けて清く流れる水の情景は、実に、季節を問わず素晴らしいものだ。

「沅(げん)・湘(しょう)の川は、日夜東に流れ去る。それを愁う人のために留まることは、一時も無い」という詩を見ると、実に感慨深い。竹林の七賢の一人嵆康(けいこう)も、「山の沢に遊んで魚や鳥を見れば心は楽しむ」と言った。

人里遠く、水や草が清らかな所にさまよい歩くことほど心慰められることは無い。

語句

■のみこそ 「のみ」「こそ」と強意を二つ重ねる。 ■心つく 情緒を解する心をつける。与える。「おしなべてものを思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風」(『古今集』秋上) 「吉野山人に心をつけがほに花よりさきにかかる白雲」(『山家集』上)「世の中を思ひもいれぬ人にさへ心をつくる秋の山里」(『拾玉集』一)。 ■沅(げん)・湘(しょう)日夜… 中唐の詩人、戴叔倫の師「湘南即時」より。「廬橘花開きて楓葉衰ふ。門を出でて何れの処にか京師を望まん。沅・湘(しょう)日夜、東に流れ去る。愁人の為に住ること少時もせず」。沅・湘(しょう)は杭州を流れる川の名。 ■嵆康(けいこう) 中国魏の時代の竹林の七賢人の一人。 ■山沢に遊びて… 「山沢に遊びて魚鳥を観れば、心甚だ之を楽しむ」(文選二十二・山巨源に与へて絶好するの書)による。 ■人遠く 人里遠く。

メモ

■現代人は面白がる能力が低下しているかも。
■インターネットをたまには切る。

徒然草 現代語訳つき朗読

朗読・解説:左大臣光永
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