『万葉集』より雄略天皇の求婚の歌・磐姫皇后の歌

こんにちは。左大臣光永です。太陽は日中ギラギラ照り付ける中にも、風は秋の涼しさを帯びている。そんな気候となりましたが、いかがお過ごしでしょうか?

私は昨日、江の島でトンビを見てきました。別にトンビを見るために江の島まで行ったんじゃないんですが、結果としてトンビが一番印象に残りました。

何がって、優雅に飛ぶじゃないですか!稚児が淵を見下ろす飯屋でビール飲みながらボンヤリ見てたんですが、すーーっとこう、旋回して、実に気持ちよさそうで。羽をほとんど動かさいですね。

すーーっと旋回して、ちょっと向きを変える時だけ、くいっと最小限に羽を動かす。そのムダがなく、洗練された飛び方に、見とれてしまいました。あれに比べたら、カラスとかハトとか、バタバタ羽ばたいてるのは、ちょっと一段劣るなと、思ってしまいますね。

さて先日再発売しました。「聴いて・わかる。日本の歴史~飛鳥・奈良」。すでに多くのお買い上げをいただいています。ありがとうございます。
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本日は『万葉集』冒頭を飾る、雄略天皇の歌、そして巻二から磐姫皇后の歌です。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

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雄略天皇の歌

籠(こ)もよ、み籠持ち、
掘串(ふぐし)もよ、み掘串(ぶくし)持ち、
この岡に 菜摘ます児(こ)。
家告(の)らせ。名(の)らさね。
そらみつ大倭の国は
おしなべて 我(わ)こそ居(を)れ。
しきなべて 我(わ)こそ坐(ま)せ。
我(われ)こそは 告(の)らめ
家をも 名をも

籠を、美しい籠を持ち、
土を掘るクイを、美しいクイを持ち、
この岡で菜摘みをしている娘さん。
あなたの家の名を答えてくれ。あなたの名を答えてくれ。
(じゃあまず私が名乗ろう)大倭の国は、
ことごとく私が治めている。
すみずみまで私が統治している。
私こそは…そうだ名乗ろう。
家の名も、自分の名も。

『万葉集』巻頭に雄略天皇の歌として掲げられている有名な歌です。おそらく天皇がお忍びで野原を歩いていると、菜摘みをしている美しい娘さんが見えた。おお…なんと美しい。その娘さんは、摘んだ菜っ葉を入れる籠を持ち、土を掘るクイを持っていました。

そこで天皇が歌で呼びかけます。籠を、その美しい籠を持ち、クイを、その美しいクイを持ち、菜摘みをしている娘さん。

あなたの名を教えてくれと。女性が名前を教えることは、相手の男性のものになることを意味しました。だから名前を聞くのは求婚です。思わず勢いで、求婚しちゃった感じが出ていますね。

「まあ、なんですあなたは、焦りすぎですわ。まずご自分が名乗りなさいな」
「これは失敬。たしかにその通り。では名乗ろう。
この大倭の国はことごとく私が治めている。
すみずみまで私が統治している。
私こそは…そうだ名乗ろう。
私がの家家も。私自身の名も」

「この国をすみずみまで治めている…ハッ、まさかあなたはすめらみこと(天皇)!」

「いかにもすめらみことじゃ。娘よ、受け入れるか、わが求婚を」

「まあ、なんてことでしょう!」

…その後どうなったかは想像するしかないですが。

おおらかに、のびのびと気持ちを歌ってますね。ズバリのプロポーズです。何のてらいも無いですね。『万葉集』全体のおおらかで自由なのびのびした方向性を示しているようです。

「籠(こ)」は籠。娘さんが摘み取った菜を入れる籠です。「み籠」と頭につけている「み」は言葉を美しく飾るいわゆる「美称」です。掘串(ふぐし)は土を掘るクイ。み掘串はその美称です。ようは、「堀串」と「み掘串」は同じものです。

言葉を繰り返してリズムを生んでいるわけです。「そらみつ」は「倭」という地名にかかる枕言葉。「おしなべて」「しきなべて」はどちらも「全体にわたって」といった意味、繰り返しによってリズムを生んでいます。

前半は勇み足で娘の名前をたずね、後半はやや落ち着いて自分のことを紹介しています。朗読する時も、前半と後半で調子を変えるといいと思います。、

21代雄略天皇は允恭天皇の第五皇子で、泊瀬(はつせ)の朝倉宮(あさくらのみや)で天下を治め大泊瀬幼武天皇(おおはつせ・わかたけるの・すめらみこと)と言われました。『古事記』に残虐で血の気が多く、とても戦闘的な天皇として…

ほんと、メチャクチャやるんですね。この人は。競争相手を生きたまま穴に埋めて、ボッコボコ石をたたき込んで、下半身を破裂されたり、ええっ…てかんじの残虐な話が続きます。

一方で歌を愛し風流を愛し、女性にとても優しい側面が描かれています。残虐と優雅と、相反する二面性が『古事記』に描かれた雄略天皇の特徴です。

磐姫皇后の歌

次に、『万葉集』巻二より、磐姫皇后(いわのひめのおおきさき)の歌として掲げられている四首連作です。

イワノヒメ皇后は仁徳天皇のお后さまです。嫉妬深い女性として『古事記』に描かれ、恋多き仁徳天皇のおかげでそうとうヤキモキさせられた様が描かれています。

君が行き 日(け)長くなりぬ 山尋ね
迎へか行かむ 待ちにか待たむ(巻二・八五)

あなたが出発されてから何日も経ってしまいました。山を尋ねていきましょうか。このまま待っていましょうか。

かくばかり 恋ひつつあらずは 高山(たかやま)の
岩根しまきて 死なましものを(巻二・八六)

こんなふうに恋しい気持ちが続くのなら、いっそ高山の岩を枕にして死んでしまいたい。

ありつつも 君をば待たむ うち靡く
吾が黒髪に 霜の置くまでに(巻二・八七)

このままずっと、貴方をお待ちしておりましょう。うち靡く私の黒髪が白髪になるまで

秋の田の 穂の上(へ)に霧(き)らふ 朝霞(あさかすみ)
いつへの方(かた)に 我が恋やまむ(巻二・八八)

秋の田の稲穂の上に霧がかかった朝霞のように、いつ、どの方向に、私の恋心は消えるのだろうか。

居明かして 君をば待たむ ぬばたまの
我が黒髪に 霜は降るとも(巻二・八九)

一晩中寝ないでいて、あなたをお待ちいたしましょう。
私の黒髪が霜のように白くなったとしても

なんというか…すごい情念を感じる歌です。

もちろんイワノヒメ皇后は半ば神話的な人物で、この歌もイワノヒメ皇后が実際に歌ったというよりも、イワノヒメ皇后の嫉妬深いエピソードからイメージして「イワノヒメ皇后作である」、とされた歌でしょう。

磐姫皇后の陵と見られるヒシアシゲ古墳は、奈良の佐紀にあります。有名なウワナベ古墳・コナベ古墳のすぐそばです。一方、仁徳天皇陵とみられる大仙陵古墳は、大阪の堺にあります。もしどちらも本人たちの陵だとしたら、ご夫婦でずいぶん引き離されていることになりますね…。

明日は舒明天皇の歌をお届けします。お楽しみに。

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本日も左大臣光永がお話ししました。ありがとうございます。ありがとうございました。

『万葉集』の秀歌 朗読・現代語訳・解説音声 現代語訳つき朗読

朗読・解説:左大臣光永

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