『万葉集』笠女郎の大伴宿禰家持に贈れる歌

こんにちは。左大臣光永です。夕方、京都駅から嵯峨野線に乗ったら、車窓から夕暮れの丹波の山々が美しく見えました。あかね色の空を背景に、真っ黒な山のシルエットがそびえて、いい感じでした。ずっとながめていました。

本日は『万葉集』より、笠女郎(かさのいらつめ)の大伴宿禰家持(おおとものすくね やかもち)に贈れる歌です。

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笠女郎(かさのいらつめ)。伝未詳。笠氏の娘。女流歌人。『万葉集』の笠女郎の歌はすべて大伴家持との贈答歌。かなり情熱的にガンガン攻めてます。

笠女郎が大伴家持に贈った歌は3+24で27首ありますが、今回はその中から12首と、家持が応えた歌2首を読んでいきます。


笠女郎の大伴宿禰家持に贈れる歌三首

395
託馬野(つくまの)に 生(お)ふる紫草(むらさき)衣(きぬ)に染め いまだ着ずして色に出でにけり

歌意
託馬野に生える紫草で衣を染めるように、いまだ着てもいないのに色にあらわれてしまいました。=あなたへの想いがまだ成就したわけでもないのに、もう噂になってしまってます。

託馬野はツクマノともタクマノとも読める。ツクマノなら滋賀県坂田郡米原町筑摩。タクマノなら熊本市長峰町付近。


396
陸奥の 真野の草原(かやはら) 遠けども 面影にして 見ゆといふものを

歌意
陸奥の真野の草原は遠いところですが、思う心が強ければ面影にその姿があらわれるといいます。そんなふうに、あなたも私への思いが強ければ面影にあらわれてくださってもよさそうなものですのに。

真野は磐城国相馬郡真野村(現福島県鹿島町)。歌枕。


笠郎女の大伴宿禰家持に贈れる歌二十四首

590
あらたまの 年の経ぬれば 今しはと 勤(ゆめ)よわが背子 わが名告(の)らすな

歌意
年が経ったので、今はもう(人に明かしてしまってもいいだろうということで)私の名を人に明かしたりしないでください。それはいけません。わが夫よ。

「あらたまの」は「年」にかかる枕詞。「今しはと」の「し」は強意。「勤(ゆめ)よ」は禁止。


591
わが思ひを 人に知るれや 玉匣(たまくしげ) 開き明けつと 夢(いめ)にし見ゆる

歌意
私の思いを人に知られたからだろうか。玉匣…櫛を入れる箱が開かれたと夢に見えた。

「玉匣(たまくしげ)」は櫛を入れる箱。「玉」は美称。「知るれや」は「知るればや(か)」の略。知られたからだろうか。、


592
闇の夜に 鳴くなる鶴(たづ)の 外(よそ)のみに 聞きつつかあらむ 逢ふとはなしに

歌意
闇の夜に(姿は見せず)鳴くという鶴のように、よそながらあなたの評判だけを聞くのでしょうか。逢うことはないのに。


595
わが命の 全(また)けむかぎり 忘れめや いや日に異(け)には 思ひ益すとも

歌意
私の命が続いている限り、忘れることがありましょうか。ありません。日に日にいっそう思いが増すことはあっても。


596
八百日(やほか)行く 浜の沙(まなご)も わが恋に あに益(まさ)らじか 沖つ島守

歌意
何日もかけて行くほどの浜の砂の数だって、私の恋にまさるだろうか、沖の島守よ。

「島守」は島の万人。家持のことか。


597
うつせみの 人目を繁み 石橋(いわばし)の 間近き君に 恋ひわたるかも

歌意
人目が多いので、石の橋のように距離は離れていないのに、それでも会えないあなたを恋い慕い続けていますよ。

「うつせみの」は「世」「命」「人」「身」にかかる枕詞。「石橋(いわばし)」は石をならべて渡れるようにしたもの。

「異に」は「殊に」


600
伊勢の海の 磯もとどろに 寄する波 恐(かしこ)き人に 恋ひわたるかも

歌意
伊勢の海の磯をとどろに鳴らして寄せる波のように、身もおののくばかりの人を、恋慕い続けていますことよ。

「恐(かしこ)き人」は恐れおののくべき人。


602
夕されば もの思ひ益(まさ)る 見し人の 言問ふ姿 面影にして

歌意
夕方になると、もの思いがちになる。以前お会いしたあなたが物言う姿が面影に出てきて。


605
天地(あめつち)の 神の理(ことわり)なくはこそ わが思ふ君に逢はず 死にせめ

歌意
天つ神・国つ神に道理が無いからこそ、わが思う愛しいあなたに逢うことができず死んでしまうのでしょうよ。


608
相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後方(しりへ)に 額づくがごとし

歌意
思われてもいないあなたを思うのは、大寺の餓鬼の後ろからお辞儀するようなもので、虚しいことですよ。


大伴宿禰家持の和(こた)へる歌二首

611
今更に 妹(いも)に逢はめやと 思へかも ここだわが胸 いぶせくあるらむ

歌意
もうふたたびあなたにお逢いしないと思えばこそ、こんなにひどく、わが胸はふさぎこんでしまうのだろうか。

「思へかも」は「思へばかも」の省略。「ここだ」はたいへんに。たいそう。「いぶせくある」は心がふさぎこんだ様子。


612
なかなかは 黙(もだ)もあらましを 何すとか 相見そめけむ 遂げざらまくに

歌意
かえって、黙っていたほうがよかったのに。どうしてお互いに逢ってしまったのだろうか。二人の関係を成し遂げることもできなかったのに。

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朗読・解説:左大臣光永

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