建国記念の日

建国記念の日『日本書紀』にある初代神武天皇が即位した日を、明治に入って太陽暦に換算して2月11日と定め、「紀元節」としたのを、戦後GHQによって廃止されるも、昭和41年(1966)から「建国記念の日」として国民の祝日に加えらています。

『日本書紀』には、初代神武天皇が「辛酉(しんゆう)の年、春正月、庚辰(こうしん)の日の朔(ついたち)」、橿原宮で即位したとあります。

この、初代神武天皇即位の日づけを、明治に入って太陽暦に換算して紀元前660年2月11日と定め、明治6年(1873)から「紀元節」として適用しました。

この時から、紀元前660年を「皇紀元年」とします。だから皇紀は西暦より660年長くなる計算です。

たとえば今年、西暦2021年=皇紀2681年です。もっとも「皇紀」は江戸時代には存在せず、明治時代もあまり使われませんでした。

本格的に使われたのは昭和15年(1940)「紀元二千六百年記念行事」が行われてから敗戦までの5年間だけです。

現在、日常生活で「皇紀」を意識することはきわめてまれです。

昭和23年(1948)、紀元節は天皇中心の国家神道に基づくものでけしからんとGHQから文句がつき、廃止となりました。

その後、紀元節復活の声が高まり、9回の議案提出・廃案を経て、昭和41年(1966)佐藤内閣の下、「建国記念の日」として国民の祝日に加えられました。翌昭和42年(1967)から適用されました。

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朗読・解説:左大臣光永

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