【藤袴 01】玉鬘、わが身の今後について悩む

尚侍《ないしのかみ》の御|宮仕《みやづかへ》のことを、誰《たれ》も誰もそそのかしたまふも、いかならむ、親と思ひきこゆる人の御心だに、うちとくまじき世なりければ、ましてさやうのまじらひにつけて、心よりほかに便《びん》なきこともあらば、中宮も女御も、方々《かたがた》につけて心おきたまはば、はしたなからむに、わが身はかくはかなきさまにて、いづ方にも深く思ひとどめられたてまつるほどもなく、浅きおぼえにて、ただならず思ひ言ひ、いかで人わらへなるさまに見聞きなさむ、とうけひたまふ人々も多く、とかくにつけて、安からぬ事のみありぬべきを、もの思し知るまじきほどにしあらねば、さまざまに思ほし乱れ、人知れずもの嘆かし。「さりとて、かかるありさまもあしきことはなけれど、この大臣《おとど》の御心ばへのむつかしく心づきなきも、いかなるついでにかは、もて離れて、人の推しはかるべかめる筋を、心清くもありはつべき。実《まこと》の父|大臣《おとど》も、この殿の思さむところを憚《はばか》りたまひて、うけばりてとり放ち、けざやぎたまふべき事にもあらねば、なほ、とてもかくても見苦しう、かけかけしきありさまにて心を悩まし、人にもて騒がるべき身なめり」と、なかなかこの親尋ねきこえたまひて後《のち》は、ことに憚りたまふ気色もなき大臣《おとど》の君の御もてなしを取り加へつつ、人知れずなん嘆かしかりける。

思ふことを、まほならずとも、片はしにても、うちかすめつべき女親《をむなおや》もおはせず、いづ方もいづ方も、いと恥づかしげにいとうるはしき御さまどもには、何ごとをかは、さなむかくなんとも聞こえわきたまはむ。世の人に似ぬ身のありさまをうちながめつつ、夕暮の空あはれげなるけしきを、端《はし》近うて見出だしたまへるさまいとをかし。

現代語訳

尚侍の御宮仕えのことを、どなたもどなたも姫君(玉鬘)におすすめなさるのだが、「どうしたものか。親とお頼み申し上げる人の御心さえも、信用できない世であってみれば、ましてそのような宮中の交わりにつけて、思いもしない不都合もおこってこようから、中宮(秋好中宮)も、女御(弘徽殿女御)も、あれやこれやにつけて自分に気がねなさったら、決まりがわるいことになろうし、わが身はこんな心細いありさまで、どちらの親にも親身に思っていただいているというふうでもなく、世間からも軽んじられて、自分と殿(源氏)との関係をただならず思い、言い、どうにかして笑いものになるように見聞きしようと願っている人々も多く、あれやこれやにつけて、安心できない事ばかりだろうから、姫君は、物の分別がおつきにならないようなお年頃でもないので、さまざまにお心が乱れ、人知れず嘆かわしい気持なのである。

(玉鬘)「そうはいっても、こうして六条院に住まっているありさまも、悪くはないのだけれど、この大臣(源氏)のお心向けがやっかいで、いとわしいにつけても、いったいどんな機会に、距離をおいて、人が邪推しているらしい筋を、さっぱりと清算してしまうことができるのだろう。実の父である内大臣も、この殿(源氏)のお考えになっていることにご遠慮なさって、はばかることなく私を六条院から解き放って、はっきり娘としてお取り扱いになるような事もないので、やはり、どちらにしても体裁悪く、好色がましい目で見られる者として心を悩まし、人から騒がれるべく定められた身なのだろう」と、なまじこの親(内大臣)が自分をお尋ね申し上げなさってからは、ことさら遠慮なさるようすもない大臣の君(源氏)のおふるまいが繰り返されるので、姫君(玉鬘)は、人知れず嘆かわしい気持になるのだった。

思うことを、全部でなくても、ほんの少しでも漏らすことのできる女親もいらっしゃらず、どちらの御方も、まことにこちらが恥ずかしくなるほどにご立派で、まことにきちんとしたお二方とあっては、何ごとを、あれはこれはとはっきりとご相談できよう。世にたぐいないわが身のありさまをぼんやり物思いに沈みつつ、夕暮の空がしみじみと胸にせまる景色を、端近くに出ておながめになっていらっしゃるようすは、とても美しい。

語句

■誰も誰も 「たまふ」とあるので源氏と内大臣が想定されていよう。 ■いかならむ 以下、玉鬘の独白。 ■うちとくまじき世 「世」は源氏と玉鬘の関係。 ■便なきこと 自分が宮中に入ることによって秋好中宮と、弘徽殿女御と、帝の寵愛を競うことになるのではと、玉鬘は心配している。 ■いづ方にも 源氏にも、内大臣にも。 ■うけひたまふ 「誓ふ・祈ふ」は、悪いようになるよう願う。呪う。 ■もの思し知るまじきほどにしあらねば 玉鬘二十三歳。 ■人知れず 源氏との異常な関係のため、口外できない。 ■かかるありさま このまま六条院ですごすこと。 ■この殿の思さむところを憚りたまひて 内大臣は源氏に内心不満をいだきつつも、全面的に源氏に従わざるをえない。 ■うけばりて 「うけばる」は、はばからずにやること。でしゃばること。 ■けざやぎたまふ 「けざやぐ」は玉鬘が実の娘であるとはっきりさせること。 ■とてもかくても 宮仕えをしても、六条院にいても。 ■かけかけしき 「懸け懸けし」は好色がましい。 ■なかなかこの親尋ねこえたまひて後は 玉鬘は実の父に会えれば幸せになれると期待していたが、そうはならなかった。 ■人知れずなん 前も「人知れずもの嘆かし」とあった。玉鬘の孤独が強調されている。 ■まほならずとも 以下、玉鬘に母がいない不幸を強調。 ■いづ方もいづ方も 源氏も内大臣も。 ■聞こえわきたまはむ 「聞こえわく」は「言ひわく」の謙譲語。事の次第をはっきりと説明する。 ■

朗読・解説:左大臣光永