宇治拾遺物語 7-2 播磨守為家(はりまのかみためいへ)の侍(さぶらひ)佐多(さた)の事

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原文

今は昔、播磨守為家といふ人あり。それが内にさせる事もなき侍あり。字(あざな)佐多となんいひけるを、例の名をば呼ばずして、主も傍輩(はうばい)もただ「佐多」とのみ呼びける。さしたる事はなけれども、まめに使はれて年比(としごろ)になりければ、あやしの郡(こほり)の収納(すなふ)などさせければ、喜びてその郡に行きて、郡司(ぐんじ)のもとに宿りにけり。為(な)すべき物の沙汰(さた)など言ひ沙汰して、四五日ばかりありて上(のぼ)りぬ。

この郡司がもとに、京よりうかれて、人にすかされて来たりける女房のありけるを、いとほしがりて養ひ置きて、物縫はせなど使ひければ、さやうの事なども心得てしければ、あはれなる者に思ひて置きたりけるを、この佐多に従者がいふやう、「郡司が家に、京のめなどいふものの、かたちよく、髪長きが候(さぶら)ふを隠し据ゑて、殿にも知らせ奉らで置きて候ふぞ」と語りければ、「妬(ねた)き事かな。わ男、かしこにありし時はいはで、ここにてかくいふは、憎き事なり」といひければ、「そのおはしましし傍(かたは)らに切懸(きりかけ)の侍りしを隔てて、それがあなたに候ひしかば、知らせ給ひたるらんとこそ思ひ給へしか」といへば、「この度(たび)はしばし行(い)かじと思ひつるを、暇(いとま)申してとく行きて、その女房かなしうせん」といひけり。

さてニ三日ばかりありて、為家に、「沙汰すべき事どもの候ひしを、沙汰しさして参りて候ひしなり。暇賜(たまは)りてまからん」といひければ、「事を沙汰しさして何(なに)せんに上(のぼ)りけるぞ。とく行(い)けかし」といひければ、喜びて下(くだ)りけり。

行き着きけるままに、とかくの事もいはず、もとより見馴(みな)れなどしたらんにてだに、疎(うと)からん程はさやあるべき、従者などにせんやうに、着たりける水干(すいかん)のあやしげなりけるが、ほころび絶えたるを切掛の上より投げこして、高やかに、「これがほころび縫ひておこせよ」といひければ、程もなく投げ返したりければ、「物縫はせ事(ごと)さすと聞くが、げにとく縫ひておこせたる女人かな」と荒(あら)らかなる声してほめて、取りて見るに、ほころびは縫はで、みちのくに紙の文をそのほころびのもとに結びつけて、投げ返したるなりけり。あやしと思ひて広げて見れば、かく書きたり。

われが身は竹の林にあらねどもさたが衣(ころも)を脱ぎかくるかなと書きたるを見て、あはれなりと思ひ知らん事こそかなしからめ、見るままに大に腹を立てて、「目つぶれたる女人かな。ほころび縫ひにやりたれば、ほころびの絶えたる所をば見だにえ見つけずして、『さたの』とこそいふべきに、掛(か)けまくもかしこき守殿(かうのとの)だにも、まだこそここらの年月比(ごろ)、まだしか召さね。なぞわ女め、『さたが』といふべき事か。この女人に物習はさん」といひて、世にあさましき所をさへ、なにせん、かせんと、罵(の)りのろひければ、女房は物も覚えずして泣きけり。腹立ち散らして、郡司をさへ罵(の)りて、「いで、これ申して事にあはせん」といひければ、郡司も、「よしなき人をあはれみ置きて、その徳には、果ては勘当蒙(かんだうかうぶ)るにこそあなれ」といひければ、かたがた、女恐ろしうわびしく思ひけり。

かく腹立ち叱(しか)りて帰り上(のぼ)りて、侍(さぶらひ)にて、「やすからぬ事こそあなれ。物も覚えぬ腐(くさ)り女にかなしういはれたる。守殿(かうのとの)だに、『さた』とこそ召せ。この女め、『さたが』といふべき故(ゆゑ)やは」と、ただ腹立ちに腹立てば、聞く人どもえ心得ざりけり。「さてもいかなる事をせられて、かくは言ふぞ」と問へば、「聞き給へよ、申さん。かやうの事は誰(たれ)も同じ心に守殿(かうのとの)にも申し給へ。君だちの名だてにもあり」といひて、ありのままの事を語りければ、「さてさて」といひて笑ふ者もあり。憎がる者も多かり。女をばみないとほしがり、やさしがりけり。この事を為家(ためいへ)聞きて、前に呼びて問ひければ、「我(わ)が愁(うれ)へなりにたり」と悦(よろこ)びて、事々(ことごと)しく伸びあがりていひければ、よく聞きて後、その男(をのこ)をば追ひ出(いだ)してけり。女をばいとほしがりて物取らせなどしける。心から身を失ひける男(をのこ)とぞ。

現代語訳

今は昔、播磨守為家という人がいた。その人の家族の中にどうということもない侍がいた。通称を佐多といったのだが、主も友人も普通の名を呼ばず、ただ「佐多」とだけ呼んでいた。これという取り柄はないが長年実直に仕えたので小さな郡の税の徴収役などをさせたところ、喜んでその郡に行き、郡司の所に宿を取った。そして徴税に関する必要な処置などについてあれこれ指図を済ませて、四五日ほどして帰って来た。

この郡司のもとに、京からさまよい出て、人にだまされて来た女がいたが、郡司がその女をとても気の毒に思って面倒を見ていて、縫物などをするのに使ってみると、そんなことにも心得があったので、愛しく思って置いてやっていた。さて、佐多に従者が、「郡司の家に、京の女だという女で、容姿端麗で、髪の長い女がいるのを隠していて、殿にもお知らせ申し上げず置いているようです」と話したので、「しゃくにさわるさわることよ。こいつめ。向こうにいた時には言わず、ここでこんなことを言うのは憎たらしいことよ」と言う。従者は、「殿のおられる傍に、切懸があり、それを隔てて、その女が向こう側ににおりましたので、ご存知でいらっしゃるとばかり思っておりました」と言うと、佐多は、「今度はしばらくは行くまいと思っていたが、お暇をいただいて、すぐ行って、その女を可愛がってやろう」と言った。

それからニ三日ほど後、為家に、「指図しなければならない事などが残っておりましたので、手配して参りたいと存じます。つきましてはそのためのお暇をいただきたいのです」と言ったので、為家が、「仕事を中断してなにゆえに戻って来たのか。早くまいれ」と言ったので、佐多は喜んで下って行った。

佐多は、郡司の家に行き着くとすぐ、女にはとやかく挨拶の言葉もかけず、以前から見慣れているような間でさえも、うちとけていない間はそんなふうにしてはならないはずなのに、まるで従者などにさせるように、着ていた粗末な水干の縫い目のほころんだものを切懸の上から投げやって、大声で、「この衣のほころびを縫ってよこせよ」と言ったところ、間もなく、投げ返されたので、「縫物をさせているとは聞いていたが、まことに仕事の早い女人であることよ」と荒々しい声で女を誉めたて、返された衣を取って見ると、ほころびは縫わず、みちのくの紙のひもをほころんだ所に結び付けて投げ返してきたのだった。おかしいと思って広げて見ると、こう書いている。

われが身は・・・(自分の身は竹の林ではないのに、さたが着物を脱ぎかけてきた。あの薩陲太子(さったたいし)のように)と書いているのを見て、みごとだと感じ入るのがまっとうな態度だろうに、佐多はこれを見るやいなやひどく腹を立て、「目つぶれの女であることよ。ほころびを縫わせたが、ほころんだ所を見つける事も出来ず、『佐多の』と言うべきなのに、口に出して言うのも畏れ多い国守様でもまだこの長い年月そうはお呼びにはならないのだ。なんでお前なんかが『佐多が』と言うべき法があるか。この女に思い知らせてくれよう」と言って、まったく言うのも恥ずかしいところについてまでもなんだかんだと悪口を続けたので、女はわけもわからず泣いてしまった。佐多は腹立ちまぎれに郡司さえも罵り、「さあ、この事を国守様に申し上げて罰してもらおう」と言ったので、郡司も、「つまらぬ女をいたわっておいて、そのおかげで最後にはお咎めを蒙ることになるのか」と言ったので、あれやこれやで女は恐ろしくつらい思いであった。

佐多はこのように腹を立て、女を怒り上げて帰り、侍詰所で「面白くない事があった。わけもわからぬ腐れ女にひどく言われた。我が殿さえ『佐多』と呼ばれるのに、この女め『佐多が』と呼ぶ法があろうか」とむやみに腹を立てるので、聞いている人たちはわけがわからなかった。「それにしても、どんな事をされて、このように言うのか」と聞くと、「聞いてくだされ。申し上げよう。こんな許しがたい屈辱には、誰もが私と同じ気持ちで殿にも申し上げてくれ。あなた方の不名誉にもなる」と言ってありのままのことを話すと、「それはそれは」と笑う者がいるし、佐多の事を嫌な奴だと思う者も多かった。女のことを皆、気の毒に思い、奥ゆかしく思った。この事を為家が聞いて、佐多を前に呼んで尋ねたので、佐多は、「自分の訴えがかなうことになった」と喜んで、大げさに得意然として申し上げると、為家はよく聞いた後、その男を追いだしたのだった。その一方で女を気の毒に思って物をお与えになったりした。「佐多は身から出た錆で身を滅ぼした男だ」と人々は噂し合ったという。

語句

■播磨守為家-大宰府の大壱弐高階成章の子(1038~1106)。白河天皇の寵臣。備中・近江の国守を歴任。法勝寺造営の功績により、承歴元年(1077)十二月、播磨守に重任され、永保元年(1081)三月まで在任した。■させる事もなき-どうということもない。たいしたこともない。高い地位にあるという者でもない。■字(あざな)-通り名、通称。『今昔』巻二四-五六話では、「佐太」。「例の名」は、本当の姓名。本名。■例の-普通の。■傍輩(はうばい)-仲間。友達。■さしたる事はなけれども-これというとりえはないけれども。■まめに使はれて-実直に仕え、勤め続けて。■あやしの-小さな■郡の収納-群の租税取立役。■年比に-長年に。■為すべき物の沙汰など言ひ沙汰して-徴税に関する必要な処置などについてあれこれ指図を済ませて。■上りぬ-上京した。

■うかれて-あてもなく出かけて。■すかされて-だまし誘われて。■いとほしがりて-気の毒に思って。可哀想に思って。■養ひ置きて-面倒を見てやって。■あはれなる-いとしい。■京のめ-書陵部本などは「京の女房」。京の女だといわれている者。地方人の目からは郡の匂いを帯びている格別の関心の対象となった。■かたち-容貌。■髪長き-髪の美しく長いことは、「よき女」の一つの条件であった。■妬(ねた)き事かな-しゃくにさわることかな。いまいましい話だわい。■わ男-こいつめ。おまえ。■その-あなたが。■切懸(きりかけ)-板堀。目隠しの隔てとした。板を横にして柱に切りかけ、羽重ねに重ねたもの。■それがあなたに候ひしかば-その向こう側に(その女房が)おりましたので。■知らせ給ひらるらんとこそ-ご存知でいらっしゃると。佐多の機嫌が悪くなったので、あわててこしらえた言い訳。■しばし行かじ-しばらく行くまいと。■申して-お願いして。■とく-早く。■かなしうせん-かわいがってやろう。ものにしてやろう。『今昔』は「彼ノ女見ム」とする。「見ル」は、男女の関係を結ぶこと。

■沙汰すべきことども-指図しなければならないこと。■沙汰しさして-「しさす」は「為止す」。処理を中断して。手配すべき事を中断して。「沙汰」は処置、処理。■賜りてまからん-いただいてまいりましょう。■何せんに上りけるぞ-なにゆえに戻って来たのか。■とく行けかし-早く行けよ。■かし-(終助・副詞)文を強調する。・・・よ。

■行き着けるままに-行き着いたらすぐに。■とかくの事もいはず-とやかく挨拶の言葉も言わず。■もとより見馴れなどしたらんに-いつもあってなじんでいるような間でさえも。■疎(うと)からん程は-うちとけていない間は。■さやあるべき-そのようにしてよいものか。■せんやうに-するように。■水干(すいかん)-狩衣の一種。水干狩衣ともいう。古くは下級官人の公服。のち、公家の私服、庶民の通常着。■あやしげなりけるが-粗末なものが。■ほころび絶えたるを-縫い目の切れているのを。■投げこして-投げやって。■高やかに-声高らかに。■おこせよ-よこせよ。■程もなく-まもなく。■物縫はせ事さす-縫物をさせていると。■げに-なるほど。■あららかなる-荒々しい。■みちのくに紙-陸奥国紙。もとは陸奥の原産であったことから、この名がある。もとは檀(まゆみ)の樹皮の繊維を原料とする上質の紙で、厚地で紙面にしわがある。■あやしと-変だと。

■われが身は竹の林にあらねども-私の身は薩陲太子の竹の林ではありませんのに。「さた」に佐多と薩陲太子(釈迦物)の前身を掛けた。薩陲太子が自分の着衣を脱いで竹の林にかけ、進んで飢えた虎の母子の餌食になったという捨身飼虎の故事(金光明経・捨身品)を踏まえた作歌。この故事は、『三宝絵詞』上巻にもとられるなど、よく知られていた仏伝だが、それを知らない佐多は、女のすぐれた即詠ぶりに感心するどころか、「さた(佐多)が」と、目下の者と思っている相手から呼び捨てにされたことに強い屈辱を感じて、かんかんに怒った。■あはれなりと思ひ知らん事こそ-みごとだと感じ入ること。■かなしからめ-まっとうな態度であろうに。■見るままに-見るとすぐに。■絶えたる所-切れた所。■さたの-主格に用いられる「の」には敬意を含むが、「が」には軽蔑の意が込められるのが普通だった。■掛けまくもかしこき守殿(かうのとの)だにも-口に出して言うのも畏れ多い(わが君の)国守殿さえも。■ここらの-多くの。■まだしか召さね-まだそうはお呼びにならないのだ。■なぞ-どうして。■『さたが』といふべき事か-「佐多が」と言ってよいものか。■物習はさん-ものの言い方を教えてやろう。思い知らせてくれよう。■世にあさましき所-口にすることがはばかられる所、すなわち女性の局所。■なにせん、かせんと罵(の)りのろひければ-ああしてやろう、こうしてやろうと、口汚く罵倒したので。■ものも覚えずして-わけもわからないで。■罵りて-悪口を言って。■いで-さあ。■事にあはせん-罰を加えてやろう。■よしなき-つまらない。■あはれみて-いたわって。■その徳には-そのおかげで。■果ては勘当蒙るにこそあなれ-とうとう処罰を受けるはめになりそうだ。■かたがた-あれやこれやで。■わびしく-つらく。

■叱りて-怒って。■侍-国守の館の侍所。その館に仕える侍・家人たちの詰所。■やすからぬこと事こそあれ-おもしろくないことだ。■物も覚へぬ-わけもわからない。■腐り女-つまらない女。■かなしう-ひどく。■いふべき故やは-言ってよい法があろうか。■ただ腹立ちに腹立てば-むやみに腹を立てるので。■え心得ざりけり-わけがわからなかった。■同じ心に-私と同じ気持ちで。■申し給へ-申し上げてくれ。■君だちの名だてにもあり-あなたがたの名折れにもなる。■いとほしがり-気の毒に思い。■やさしがりけり-奥ゆかしく思った。■我が愁(うれ)へなりにたり-自分の訴えがかなうことになったと(早合点して)。■事々しく伸びあがりて-大げさに得意然として。■心から-身から出た錆で。とんでもない自分の心得違いから。

備考・補足

■『今昔』では、さすがに都がたの女で、和歌の心得あり、それによって最終的には身を守ることになるという歌徳説話として扱われているが、本話では、自分の仕える国守の威光を笠に着る威張りたがりの下っ端役人が、粗野・無教養のゆえに自滅する、愚か者の失敗談となっている。

朗読・解説:左大臣光永