宇治拾遺物語 12-24 一条桟敷屋(さじきや)、鬼の事

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今は昔、一条桟敷屋(さじきや)にある男泊りて、傾城(けいせい)と臥(ふ)したりけるに、夜中ばかりに、風吹き、雨降りて、すさまじかりけるに、大路に、「諸行無常(しよぎやうむじやう)」と詠じて過ぐる者あり。「何者ならん」と思ひて、蔀(しとみ)を少し押しあけて見ければ、長(たけ)は軒と等しくて、馬の頭なる鬼なりけり。恐ろしさに蔀を掛けて、奥の方へ入りたれば、この鬼、格子(かうし)押しあけて顔をさし入れて、「よく御覧じつるな、御覧じつるな」と申しければ、太刀(たち)を抜きて、「入らば斬(き)らん」と構へて、女をばそばに置きて待ちけるに、「よくよく御覧ぜよ」といひて往(い)にけり。「百鬼夜行(ひやくきやぎやう)にてあるらん」と恐ろしかりける。それより一条の桟敷屋には、またも泊らざりけるとなん。

現代語訳

今は昔、一条の桟敷屋にある男が泊まって、遊女と一緒に寝ていたが、夜中に、風が吹き、雨が降って、すさまじい荒れ模様になった。その時、大路に、「諸行無常」と唱えて通り過ぎる者がいる。何者だろうと思って、蔀戸を少し開けて見ると、身の丈は軒と同じで、馬の頭をした鬼であった。恐ろしさに蔀戸を閉めて、奥の方へ入ると、この鬼が、格子戸を押し開けて、顔をさし入れ、「よくも見られたな。見られたな」と言ったので、男は太刀を抜いて、「入るなら斬るぞ」と身構え、女をそばに引き寄せて待っていると、「よくよく御覧あれ」と言って立ち去って行った。これが百鬼夜行というものであろうかと恐ろしかった。それからは一条の桟敷屋には、二度と泊まらなかったという。

語句  

■桟敷屋-賀茂祭や行幸を見物するために一条大路に面した常設の桟敷屋。■傾城(けいせい)-一国を傾けるほどの美女、転じて遊女をいう。■諸行無常-万物は常に流転し、常駐不変なるものはない。『涅槃経』などに説かれる次の四句の偈(げ)の一句。「諸行無常、是生滅法、生滅々己、寂滅為楽」。■よく御覧じつるな-よくも御覧になられたな。■よくよく御覧ぜよ-さあ、しっかりと御覧あれ。■百鬼夜行-『捨芥抄』が「夜行スベカラズ」として「百鬼夜行日」を挙げていることからうかがわれるように、深夜に行列して歩き回ると恐れられていた鬼や妖怪変化。■桟敷屋-底本は「さむじきや」。                         

朗読・解説:左大臣光永

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