平家物語 二十一 少将乞請

『平家物語』巻第ニより「少将乞請(しょうしょうこいうけ)」。


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新大納言成親が鹿谷事件の主犯として清盛に捕らえられたことに伴い、成親の息子、丹波少将成経(たんばのしょうしょう なりつね)のもとにも捕縛の手がさしむけられます。

清盛の弟、門脇宰相教盛(かどわきのさいしょう のりもり)は娘婿の成経を助けるため清盛に面会を求めますが…

あらすじ

丹波少将成経が法皇の御所法住寺殿に宿直していると、大納言の侍どもが来て、父成親が清盛につかまったことを告げた。

ついで宰相殿から使いがとどく。宰相殿とは入道清盛の弟教盛で丹波少将の舅である。

「入道相国が西八条へお連れせよとのことです」というので、少将は法皇の女房たちに事の次第をつげた。女房たちから報告を受けると法皇は驚き、成経と対面なさる。

しばらく法皇との別れを惜しんだ後、少将は泣く泣く御前を去る。法皇はつくづく末代の世を厭われた。

少将の妻は近く出産をひかえていたが、少将が召し捕られるということで、命も消え果てそうな心地である。

少将の乳母、六条も、少将の行く末を案じ、嘆いた。

少将は妻と六条をなだめ、宰相の車の後に乗って出発した。

西八条近くで清盛に取次を申し入れるが、清盛は少将を入れるなと拒むので、近くの侍の家に少将をおろして、宰相だけが門の内に入る。

しかし清盛が会わないので、宰相は源大夫判官季貞を清盛のもとに遣わし、しばらく少将を私に預けてくださいと頼む。

清盛がこれを拒むと、宰相は出家すると言い出す。清盛は驚き、しばらく宰相が少将を預かることをみとめた。

少将は宰相を待ち受けて、「どうなりました」ときくと、しばらく教盛の家で預かりおくことになったが、先はどうなるかわからないという。

ついで少将が父大納言のことを宰相にたずねると、宰相は「大納言の助命まではわからない」というので、

少将は自分ひとり生きても仕方ない。父と一緒に死ねるように取り計らってくださいと宰相に頼む。

宰相は、大納言のことは内大臣(重盛)がとりなされたので大丈夫だろうと少将をはげます。

宰相と少将はふたたび車に乗り、帰っていった。家では女房たちが死んだ者が生き返ったように喜び泣きなどした。

「まことの契は親子のなかにぞありける。子をば人のもつべかりける者哉」

原文

丹波少将成経(たんばのせうしやうなりつね)は、其夜(そのよ)しも院の御所法住寺殿(ほふぢゆうじどの)に上臥(うへぶし)して、いまだ出でられざりけるに、大納言の侍共、いそぎ御所へ馳(は)せ参ツて、少将殿をよび出(いだ)し奉り、此由(このよし)申すに、「などや宰相の許(もと)より、今まで知らせざるらん」と宣(のたま)ひもはてねば、宰相殿よりとて使(つかひ)あり。此宰相と申すは、入道相国の弟(おとと)なり。宿所は六波羅(ろくはら)の惣門(そうもん)の内なれば、門脇(かどわき)の宰相とぞ申しける。丹波少将にはしうとなり。「何事にて候(さうらふ)やらん、入道相国のきツと西八条へ具し奉れと候」と、いはせられたりければ、少将此事心得て、近習(きんじゆ)の女房達、よび出(いだ)し奉り、「夜部(よべ)何となう、世の物さわがしう候ひしを、例の山法師(やまぼふし)の下るかなンど、よそに思ひて候へば、はや成経が身の上候ひけり。大納言夜さりきらるべう候なれば、成経も同罪(おなじつみ)にてこそ候はんずらめ。今一度御前へ参ツて、君をも見参らせたう候へども、既(すで)にかかる身に罷(まか)りなツて候へば、憚(はばかり)存じ候」とぞ申されける。女房達御前へ参ツて、此由奏せられければ、法皇大きにおどろかせ給ひて、「さればこそ、けさの入道相国が使(つかひ)に、はや御心得あり。あは、これらが内々はかりし事のもれにけるよ」とおぼしめすにあさまし。「さるにてもこれへ」と御気色(ごきしよく)ありければ、参られたり。法皇も御涙をながさせ給ひて仰(おほ)せ下(くだ)さるる旨もなし。少将も涙に咽(むせ)んで申しあぐる旨もなし。良(やや)有ツて、さてもあるべきならねば、少将袖(そで)をかほにおしあてて、泣く泣く罷出(まかりい)でられけり。法皇はうしろを遥(はる)かに御覧じ送らせ給ひて、「末代(まつだい)こそ心うけれ。これかぎりで又御覧ぜぬ事もあらんずらん」とて、御涙をながさせ給ふぞ、忝(かたじけな)き。院中(ゐんぢゆう)の人々、少将の袖をひかへ、袂(たもと)にすがツて、名残(なごり)を惜しみ涙をながさぬはなかりけり。

しうとの宰相の許(もと)へ出でられたれば、北の方はちかう産すべき人にておはしけるが、今朝(けさ)より此嘆(このなげき)をうちそへては、既(すで)に命もたえ入る心地(ここち)ぞせられける。少将御所を罷出(まかりい)づるより、ながるる涙つきせぬに、北の方の有様(ありさま)を見給ひては、いとどせんかたなげにぞ見えられける。少将めのとに、六条と云ふ女房あり。「御乳(おんち)に参りはじめさぶらひて、君を血のなかよりいだきあげ参らせ、月日の重(かさな)るにしたがひて、我身の年のゆく事をば嘆(なげ)かずして、君のおとなしうならせ給ふ事をのみ、うれしう思ひ奉り、あからさまとは思へども、既(すで)に廿一年、はなれ参らせず。院内(ゐんうち)へ参らせ給ひて、遅う出でさせ給ふだにも、おぼつかなう思ひ参らするに、いかなる御目にかあはせ給はんずらん」と泣く。少将、「いたうななげいそ。宰相さておはすれば、命ばかりはさりともこひうけ給はんずらん」と、なぐさめ給へども、人目も知らず泣きもだえけり。

現代語訳

丹波少将成経は、ちょうどその夜、院の御所法住寺殿に宿直して、いまだ退出していないでいたところ、大納言の侍共が、いそいで御所に馳せ参って、少将殿をよび出し申して、このこと(大納言がつかまったこと)を申すと、

「どうして宰相(平教盛)のもとから、今まで知らせがなかったのか」とおっしゃるやいなや、宰相殿よりといって使いがあった。

この宰相と申すのは、入道相国の婿である。宿所は六波羅の正門の内であるので、門脇の宰相と申した。丹波少将には舅である。

「何事がございますのでしょう。入道相国がすぐに西八条へお連れせよとのことです」

と、使いに言わせられたので、少将はこの事(自分も捕らえられるという事)を察して、法皇の近くに仕える女房たちをよび出し申し上げ、

「昨夜何となく、世の物さわがしくございましたのを、例の山法師が比叡山を下るかなとど、よそごとのように思ってございましたが、もはや成経の身の上のことになりました。大納言が夜のうちに斬られるようでございますので、成経も同じ罪とされましょう。

今一度御前へ参って、君にもお目にかかりとうございますが、すでにこのような身になってございますので、はばかり多く存じます」

と申された。

女房たちが法皇の御前に参って、このこと奏上なさると、法皇は大いにおどろかれて、「やはりそうであったか。けさの入道相国の使に、はやくも思い当たることがある。ああ、我々が内々計画していた事がもれてしまったのだ」と思われて呆然とされる。

「それはそうとしてここへ呼べ」との(法皇の)おぼしめしであったので、(丹波少将は)参られた。

法皇も御涙をながされて仰せくだされる事もない。少将も涙にむせんで申し上げる事もない。

しばらくして、いつまでもそうしているわけにもいかないので、少将は袖を顔におしあてて、泣く泣く退出された。

法皇はうしろを遥かにお見送りになって、「末代の世は憂鬱であるよ。これを最後に二度と会えなくなるかもしれない」

といって、御涙をお流しになるのは畏れ多いことだった。

院中の人々は少将の袖をひきとどめ、袂にすがって、名残を惜しみ涙をながさない者はなかった。

舅の宰相(平教盛)のもとに出発なさると、北の方はちかく出産をひかえていらしたが、今朝からこの嘆き(夫が捕らえられるという嘆き)が加わって、もはや命も絶え入る心地であられた。

少将は御所を退出する時から、ながれる涙がつきず、北の方の有様をごらんになっては、たいそう何ともしようのないお気持ちであられた。

少将の乳母に、六条という女房がある。「お乳を差し上げるためにお側に参りはじめて、君を母君の胎内から抱き上げ申して、月日の重なるにしたがって、わが身の年のゆく事を嘆かずに、君が大人になっていかれる事をのみ、うれしく思い申して、ほんの少しの間とは思いながら、もう二十一年、はなれ申しません。院の御所や内裏に参られて、遅く退出なさるのさえ、心細く思い申しますのに、どんな御目におあいになるのでしょう」と泣く。

少将、「そんなに嘆くな。宰相がこのようにいらっしゃるので、命ばかりは、いくらなんでももらい受けてくださるだろう」と、なぐさめられたが、(六条は)人目も気にせず泣きもだえた。

語句

■上臥 宿直すること。 ■宰相 宰相は参議の唐名。門脇宰相平教盛。清盛の弟。忠盛の四男。教盛の娘が丹波少々成経に嫁いでいる。 ■惣門 正門。 ■此事心得て 清盛に捕らえられることを察知して。 ■夜部(よべ) 昨夜。ゆうべ。 ■例の山法師 比叡山の悪僧たちが都に下ってくるのかと思ったということ。 ■よそに思ひて 自分とは無関係に思って。 ■憚り 畏れ慎むこと。 ■さればこそ やはりそうであったか。 ■御心得あり 思い当たることがあった。後白河院の自敬表現。 ■御気色 お気持ち。おぼしめし。 ■末代 釈迦がなくなって時間がたったことで仏法が衰えた末法の世。 ■御覧ぜぬ 会えなくなる。後白河院の自敬表現。 ■少将めのとに 少将のめのとに。書き落としと思われる。 ■御乳に参りはじめさぶらひて お乳をさしあげるためにお仕えしてからというもの。 ■おとなしう 大人びて成長してくること。 ■あからさま ほんの少しの間。 ■院内 院と内裏。 ■ななげいそ 「ななげきそ」の音便。「な…そ」は禁止。なげくな。 ■宰相さておはすれば 宰相がこのようにいらっしゃるので(大事には到るまい)。 ■さりとも いくらなんでも。

原文

西八条より、使(つかひ)しきなみにありければ、宰相、「ゆきむかうてこそ、ともかうもならめ」とて、出で給へば、少将も宰相の車のしりに乗ツてぞ出でられける。保元平治(ほうげんへいぢ)よりこのかた、平家の人々、楽しみ栄(さかえ)のみあツて、愁歎(うれへなげき)はなかりしに、此宰相ばかりこそ、よしなき聟(むこ)ゆゑに、かかる歎(なげき)をばせられけれ。

西八条ちかうなツて、車をとどめ、まづ案内を申し入れられければ、太政入道(だいじやうのにふだう)、「丹波少将をば此内へは入れらるべからず」と宣(のたま)ふ間、其(その)辺ちかき侍の家におろしおきつつ、宰相ばかりぞ、門のうちへは入り給ふ。少将をばいつしか、兵(つはもの)共うちかこんで、守護し奉る。たのまれたりつる宰相殿にははなれ給ひぬ、少将の心のうち、さこそは便(たより)なかりけめ。宰相中門(ちゆうもん)に居給ひたれば、入道対面(たいめん)もし給はず。源大夫判官季貞(げんだいふはうぐわんすゑさだ)をもツて、申し入れられけるは、「教盛(のりもり)こそよしなき者にしたしうなツて、返す返すくやしう候へども、かひも候はず。相具しさせて候者が、此程なやむ事の候なるが、けさよりこの歎をうちそへては、既(すで)に命も絶えなんず。何かは苦しう候べき、少将をばしばらく教盛に預けさせおはしませ。教盛かうて候へば、なじかはひが事(こと)せさせ候べき」と、申されければ、季貞参ツて此由申す。入道、「あはれ例の宰相が、物に心えぬ」とて、とみに返事もし給はず。ややあツて入道宣(のたま)ひけるは、「新大納言成親(しんだいなごんなりちか)、此一門(このいちもん)をほろぼして、天下を乱(みだ)らむとする企(くはたて)あり。この少将は、既(すで)に彼(かの)大納言が嫡子(ちやくし)なり。うとうもあれしたしうもあれ、えこそ申し宥(なだ)むまじけれ。若(も)し此謀反(むほん)とげましかば、御へんとてもおだしうやおはすべきと申せ」とこそ宣ひける。季貞(すゑさだ)かへり参ツて、此由宰相に申しければ、誠に本意なげにて、重ねて申されけるは、「保元平治(ほうげんへいぢ)よりこのかた、度々(どど)の合戦(かつせん)にも、御命にかはり参らせんとこそ存じ候へ。此後も、荒き風をばまづふせぎ参らせ候はんずるに、たとひ教盛(のりもり)こそ年老いて候とも、わかき子共あまた候へば、一方(いつぽう)の御固(おんかため)には、などかならで候べき。それに成経(なりつね)、しばらくあづからうど申すを、御(おん)ゆるされなきは、教盛を一向二心(いつかうふたごころ)ある者と、おぼしめすにこそ。是程(これほど)うしろめたう思はれ参らせては、世にあツても何にかはし候べき。今はただ、身の暇(いとま)を給はツて、出家入道し、片山里にこもり居て、一すぢに後世菩提(ごせぼだい)のつとめを営み候はん。よしなき浮世(うきよ)のまじはりなり。世にあればこそ望(のぞみ)もあれ。望のかなはねばこそ恨(うらみ)もあれ。しかじ、うき世を厭(いと)ひ、実(まこと)のみちに入りなんには」とぞ宣ひける。季貞参ツて、「宰相殿ははやおぼしめしきツて候。ともかうもよき様(やう)に、御ぱからひ候へ」と申しければ、其時(そのとき)入道大きにおどろいて、「さればとて、出家入道までは、あまりにけしからず。其儀ならば、少将をばしばらく御辺(ごへん)に預け奉ると、云ふべし」とこそ宣ひけれ。季貞帰り参ツて、宰相にこのよし申せば、「あはれ人の子をば持つまじかりけるものかな。我子の縁(えん)にむすぼほれざらむには、是程心をばくだかじ物を」とて、出でられけり。

少将まちうけ奉ツて、「さていかが候ひつる」と申されければ、「入道あまりに腹をたてて、教盛には終(つひ)に対面もし給はず。かなふまじき由頻(しき)りに宣ひつれども、出家入道まで申したればにやらん、しばらく宿所におき奉れと宣ひつれども、始終よかるべしともおぼえず」。少将、「さ候へばこそ、成経(なりつね)は御恩をもツて、しばしの命ものび候はんずるにこそ。其(それ)につき候うては、大納言が事をば、いかがきこしめされ候」。「それまでは思ひもよらず」と宣へば、其時涙をはらはらとながいて、「誠に御恩をもツて、しばしの命もいき候はんずる事は、しかるべう候へども、命の惜しう候も、父を今一度見ばやと思ふためなり。大納言がきられ候はんにおいては、成経とてもまひなき命をいきて、何にかはし候べき。ただ一所(いつしよ)でいかにもなる様(やう)に申してたばせ給ふべうや候らん」と申されければ、宰相よにも心苦しげにて、「いさとよ、御辺の事をこそとかう申しつれ。それまでは思ひもよらねども、大納言殿の御事をば、今朝(けさ)内のおとどの、やうやうに申されければ、それもしばしは心安いやうにこそ承れ」と宣(のたま)へば、少将泣く泣く手を合(あは)せてぞ悦(よろこ)ばれける。「子ならざらむ者は、誰(たれ)かただ今、我身の上をさしおいて、是(これ)ほどまでは悦ぶべき。まことの契(ちぎり)は親子(おやこ)の中にぞありける。子をば人のもつべかりける物哉(かな)」とぞ、やがて思ひ返されける。さて今朝(けさ)のごとくに、同車して、帰られけり。宿所には、女房達、死んだる人の、いきかへりたる心して、さしつどひて皆悦泣(よろこびなき)どもせられけり。        

現代語訳

西八条より、使がしきりに来たので、宰相は、「行き向かえば、とにかくどうにかなるだろう」といって出発されると、少将も宰相の車のしりに乗って出発された。

保元平治よりこのかた、平家の人々は楽しみ栄えのみあって、愁い嘆きはなかったのに、この宰相だけは、つまらない婿のために、このような嘆きをなさるのだった。

西八条ちかくなって、車をとどめ、まず取次を申し入れられたところ、太政入道は、「丹波少将をこの内へはお入れしてはならぬ」とおっしゃるので、その辺りにちかい侍の家におろしおいて、宰相だけが、門のうちへお入りになる。

少将をいつのまにか兵どもがとりかこんで、守護し申す。たのみにしておられた宰相殿にお離れになってしまった、少将の心のうちは、さぞかそ心細かったろう。

宰相が中門にいらっしゃると、入道相国は対面もなさらない。源大夫判官季貞をもっと、申し入れられたことは、「教盛はつまらない者に親しくなって、返す返すくやしくございますが、どうしようもございません。連れ添わせております者(教盛の娘)が、今回妊娠してございますが、今朝からこの嘆きが加わって、今にも命が絶えようとしています。

何のさしさわりがございましょう。少将をしばらく教盛にお預けください。教盛がこのようにございまなら、どうして間違った事をさせましょう」と、申されたので、季貞参ってこのことを申す。

入道、「ああ例とおり宰相が、物の道理をわきまえぬことを言う」といって、すぐに返事もなさらない。しばらくして入道がおっしゃることに、

「新大納言成親は、この一門をほろぼして、天下を乱そうとする企てがある。この少将は、まさしくあの大納言の嫡子である。あなたと疎遠であろうと親しくあろうと、私をなだめ申すことはできない。もしこの謀反を達成していたら、あなたも無事でおられますだろうかと申せ」とおっしゃった。

季貞返り参って、このこと宰相に申したところ、ほんとうに失望したようすで、重ねて申されたのは、

「保元平治よりこのかた、度重なる合戦にも、御命にかわり申そうと存じてございました。今後も、荒風を最初にふせぎ申すつもりですが、たとえ教盛は年老いてございましても、わかい子供たちが多くございますので、一方の御守には、どうしてならないことがございましょう。それなのに成経をしばらく預かろうと申すのを、御ゆるしくだされないのは、教盛をひたすらニ心ある者と、思われるからでしょう。

これほど気をゆるせなく思われ申しましては、俗世間にあっても何になりましょう。今はただ、身の暇をいただいて、出家入道し、片山里にこもり居て、ひたすら後世菩提のつとめを営みましょう。

つまらない浮世のまじはりだ。世にあればこそ望みもある。望みのかなわないから恨みもある。うき世を厭い、まことの仏の道に入るのが一番だ」とおっしゃった。

季貞参って、「宰相殿はもう出家の覚悟を決めてございます。とにかくよいように、御はからいください」と申したところ、その時入道相国大いにおどろいて、

「だからといって、出家入道までは、あまりにひどい。そういうことなら、少将をしばらくあなたに預け申すと、伝えるがよい」とおっしゃった。

季貞帰り参って、宰相にこの事を申せば、

「ああ人の子は持たないほうがよかったものだな。わが子の縁に結ばれていなければ、これほど心を砕かないのに」といって、出てていかれた。

少将は宰相をまちうけ申して、「さてどうなりました」と申されたところ、「入道はあまりに腹をたてて、教盛にはついに対面もなさらなかった。助命はできないということを頻りにおっしゃったが、出家入道まで申したからだろうか、しばらく教盛の家におき申せとおっしゃったが、最後までうまくとは思えない」。

少将、「それでは、成経は御恩をうけて、しばしの命でものびましたのですね。それにつきましては、大納言の事を、どうお聞きになられましたか」。

大納言の助命までは思いもよらぬ」とおっしゃると、その時涙をはらはらと流して、

「まことに御恩をうけて、しばしの命でもいきのびました事は、ありがたい事でございますが、命が惜しくございますのも、父を今一度見たいと思うためです。大納言がきられましたら、成経とてもつまらない命をいきて、何になりましょう。ただ一つ所で殺されるように申しておやりくださいませんか」

と申されたところ、宰相はたいそう心苦しそうに、

「さあどうだろうか、あなたの事をこそこのように申した(助命嘆願をした)。父の大納言のことまでは思いもよらないが、大納言殿の御事を、今朝、内大臣(重盛)が、あれこれ申されたので、そちらもしばらくの間は安心できるように承っております」

とおっしゃると、少将は泣く泣く手を合わせて喜ばれた。

(宰相)「子でない者は、誰がたった今助かったわが身の上をさしおいて、これほどまでは喜ぶだろう。まことの契は親子のなかにあったのだ。子をば人の持つべきものだな」

と、すぐに思い返された。そして今朝のように同じ車に乗り、帰られた。宿所には、女房たちが、死んだ人の、いきかえったような心地して、集まって皆喜び泣きなどをなさった。

語句

■しきなみに しきりに。 ■ともこうもならめ どうともこうともなろう。 ■よしなき つまらない。 ■源大夫判官季貞 安芸守源季遠の子。右衛門尉。大夫は五位。判官は三等官(尉)。 ■かひも候はず 仕方がない。 ■相具しさせて候者 嫁として連き添わせているもの。教盛は娘を成経にとつがせている。 ■なやむ事 妊娠して出産が近いこと。 ■何かは苦しう候べき どうして差し障りがありましょう。 ■かうて候へば こうしてございますので、 ■なじかはひが事せさせ候べき どうして間違いを犯させましょう。 ■物に心えぬ 理不尽なことを言う。 ■既に 現に。まぎれもなく。 ■えこそ申し宥むまじけれ どう言っても私を宥める(説得する)ことはできないぞ。 ■おだしう 平穏無事に。 ■本意なげにて 不本意なようすで。 ■うしろめとう思はれ参らせては 後ろめたいものと兄から思われましては。 ■世 俗世。 ■しかじ …するに越したことはない。 ■おぼしめしきッて 思い切って。出家を覚悟していなさること。 ■ともこうも とにかく。 ■我が子の縁にむすぼほれざらむには 自分の子(娘)の縁につながっていなければ。 ■かなふまじき由 許すことはできないということ。 ■にやらん 「にやあらん」の転。であろうか。 ■宿所 教盛の家。 ■始終 いつまでも。 ■さ候へばこそ それでは。 ■大納言 成経の父、新大納言成親。 ■しかるべう候へども それはよいことですが。 ■何にかはし候べき 何にしましょうか。どうにもならないということ。 ■いかにもなる どうとでもなる。死刑になること。 ■申してたばせ給ふべうや候らん 申しておやり下さいませんか。「たばせ」は「給わせ」 ■いさとよ さあ、どうだろうか。 ■内のおとど 内大臣。重盛のこと。 ■やうやうに 色々に、さまざまに。 ■子ならざらむ者は… 以下、「物哉」まで、教盛の心中。 ■契 前世からの宿縁。

次の章「二十ニ 教訓状

朗読・解説:左大臣光永

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