宇治拾遺物語 1-11 源大納言雅俊(げんのだいなごんまさとし)、一生不犯(ふぼん)の鐘(かね)打たせたる事

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これも今は昔、京極(きやうごく)の源大納言雅俊といふ人おはしけり。仏事(ぶつじ)をせられけるに、仏前にて僧に鐘を打たせて、一生不犯(いつしやうふぼん)なるを選びて講(かう)を行はれけるに、ある僧の礼盤(らいばん)に上(のぼ)りて、少し顔色違(かほげしきたが)ひたるやうになりて、橦木(しもく)を取りて振りまはして打ちもやらでしばしばかりありければ、大納言、いかにと思はれける程に、やや久しく物もいはでありければ、人どもおぼつかなく思ひける程に、この僧わななきたる声にて、「かはつるみはいかが候(さぶら)ふべき」といひたるに、諸人(しよにん)頤(おとがひ)を放ちて笑ひたるに、一人(ひとり)の侍(さぶらひ)ありて、「かはつるみはいくつばかりにて候ひしぞ」と問ひたるに、この僧、首をひねりて、「きと夜部(よべ)もして候ひき」といふに、大方(おほかた)とよみあへり。その紛れに早う逃げにけりとぞ。

現代語訳

これも今では昔の事になりますが、京極の源大納言雅俊という人がおいでになった。その方が仏事を催された折、本尊の仏前で僧に鐘を打たせて、一生不犯を誓った僧を選んで講説を行われたが、ある僧が礼盤に上って、いささか顔の様子がおかしくなって、橦木を取って振り回しながら、鐘を打ちもせずしばらくそうしていたので、大納言はどうしたのかと思っておられると、しばらくの間、物も言わずにいるので、参会の人々もどうしたのかと気がかりに思っていると、この僧が震える声で、「かわつるみはどんなものでしょうか」言ったので、人々はあごがはずれるほど大笑いをした。一人の家来が居て、「かわつるみはどれぐらいなさったのですか」と聞いたので、この僧は首をひねって、「ちょっと昨夜もいたしました」と言ったので、一座はどっと笑い崩れた。そのどさくさ紛れにこの僧はさっさと逃げてしまったそうである。

語句

■源大納言雅俊-右大臣顕房(あきふさ)の子(1066~1122)。権大納言に昇って京極大納言と呼ばれた、保安三年(1122)五十七歳(一説に五十九歳)で没。。堀川天皇に仕え、天皇崩御の後、仏事に励んだという(三外往生記)。■不犯(ふぼん)-戒律を破らないこと。特に,邪淫戒を保って異性と交わらないこと。■講-僧による仏典の講読や説法を中心とする仏事。■礼盤(らいばん)-法会の際、導師の座る高壇。■橦木(しもく)-鐘・鉦(しょう)を打ち鳴らすための丁字形の小さい棒。しゅもく。■おぼつかなく思ひける-何が起こったのかわけがわからず、やきもきする状態。■かはつるみ-手で性器を刺激して快感を求める行為。千ずり。自慰。■頤(おとがい)-下あご。あご。■頤を放ちて笑ひ-堂内に大勢の人々の笑い声が一度にどっと響き合うさま。下あごがはずれるほどに笑うさま。■きと-ちょっと。■とよみあへり-どっと一斉に笑った。「とよむ」は「とよ」という擬態語に「む」という接尾語が付いたもの。■早う-さっさと。

朗読・解説:左大臣光永

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