宇治拾遺物語 2-9 季通(すゑみち)、殃(わざは)ひにあはんとする事

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原文

昔、駿河前司(するがのぜんじ)橘季通(たちばなのすゑみち)といふ者ありき。それが若かりける時、さるべき所なりける女房を忍びて行き通ひける程に、そこにありける侍(さぶらひ)ども、「生(なま)六位の、家人(けにん)にてあらぬが、宵(よひ)暁にこの殿へ出で入る事わびし。これたて籠(こ)めて勘(かう)ぜん」といふ事を集りて言ひ合せけり。

かかる事も知らで、例の事なれば、小舎人童一人具(こどねりわらはひとりぐ)して局(つぼね)に入りぬ。童をば、「暁迎へに来よ」とて返しやりつ。この打たんとするをのこども窺(うかが)ひまもりければ、「例のぬし来たって局(つぼね)に入りぬるは」と告げまはして、かなたこなたの門どもをさしまはして、鍵(かぎ)取り置きて、侍(さぶらひ)ども引杖(ひきづゑ)して、築地(ついぢ)の崩れなどのある所に立ち塞(ふたが)りてまもりけるを、その局(つぼね)の女(め)の童(わらは)けしきどりて、主(しゆう)の女に、「かかる事の候(さぶら)ふは、いかなる事にか候ふらん」と告げければ、主の女も聞き驚き、二人臥(ふたりふ)したりけるが起きて、季通(すゑみち)も装束してゐたり。女、上(うへ)にのぼりて尋ぬれば、「侍(さぶらひ)どもの心合せてするとはいひながら、主(しゆう)の男も空しらずしておはする事」と聞き得て、すべきやうなくて局に帰りて泣きゐたり。

季通、「いみじきわざかな。恥を見てんず」と思へども、すべきやうなし。女(め)の童(わらは)を出(いだ)して、出でて往(い)ぬべき少しの隙(ひま)やあると見せけれども、「さやうの隙ある所には、四五人づつ、くくりをあげ、稜(そば)を挟みて、太刀(たち)をはき、杖を脇挟(わきばさ)みつつ、みな立てりければ、出づべきやうもなし」といひけり。

この駿河前司(するがのぜんじ)はいみじう力ぞ強かりける。「いかがせん。明けぬとも、この局に籠(こも)りゐてこそは、引(ひ)き出(い)でに入り来(こ)ん者と取り合ひて死なめ。さりとも、夜明けて後(のち)、吾(われ)ぞ人ぞと知りなん後(のち)には、ともかくもえせじ。従者(ずんざ)ども呼びにやりてこそ出でて行かめ」と思ひたりけり。「暁この童(わらは)の来て、心も得ず門叩(たた)きなどして、我(わ)が小舎人童(こどねりわらは)と心得られて、捕え縛られやせんずらん」と、それぞ不便(ふびん)に覚えければ、女(め)の童(わらは)を出(いだ)して、もしや聞きつくると窺(うかが)ひけるをも、侍どもははしたなくいひければ、泣きつつ帰りて、屈(かが)まりゐたり。

かかる程に、暁方(あかつきがた)になりぬらんと思ふ程に、この童いかにしてか入りけん、入り来る音するを、侍、「誰(た)そ、その童は」と、けしきどりて問へば、あしくいらへなんずと思ひゐたる程に、「御読経(どきやう)の童子に侍り」と名のる。さ名のられて、「とく過ぎよ」といふ。「かしこくいらへつる者かな、寄り来て、例呼ぶ女(め)の童(わらは)の名や呼ばんずらん」と、またそれを思ひゐたる程に、寄りも来(こ)で過ぎて往(い)ぬ。「この童も心得てけり。うるせきやつぞかし。さ心得てば、さりともたばかる事あらんずらん」と、童(わらは)の心を知りたれば、頼もしく思ひたる程に、大路に女声(ごゑ)して、「引剥(ひは)ぎありて人殺すや」とをめく。それを聞きて、この立てる侍(さぶらひ)ども、「あれからめよや。けしうはあらじ」といひて、みな走りかかりて、門をもえあけあへず、崩れより走り出でて、「何方(いずかた)へ往ぬるぞ」、「こなた」、「かなた」と尋ね騒ぐ程に、「この童の謀(はか)る事よ」と思ひければ走り出でて見るに、門をばさしたれば、門をば疑はず、崩れのもとにかたへはとまりて、とかくいふ程に、門のもとに走り寄りて錠をねじて引き抜きて、あくるままに走り退(の)きて、築地(ついぢ)走り過ぐる程にぞこの童は走りあひたる。

具(ぐ)して三町ばかり走りのびて、例のやうにのどかに歩みて、「いかにしたりつる事ぞ」といひければ、「門どもの例ならずさされたるに合せて、崩れに侍どもの立ち塞(ふたが)りて、きびしげに尋ね問ひ候(さぶら)ひつれば、そこにては、『御読経の僧の童子』と名のり侍りつれば、出で侍りつるを、それよりまかり帰つて、とかくやせましと思ひ給へつれども、参りたりと知られ奉らでは悪(あ)しかりぬべく覚え侍りつれば、声を聞かれ奉りて帰り出でて、この隣なる女童(めらは)のくそまりゐて侍るを、しや頭を取りてうち伏せて衣(きぬ)を剥(は)ぎ侍りつれば、をめき候ひつる声につきて人々出でまうで来つれば、今はさりとも出でさせ給ひぬらんと思ひて、こなたざまに参りあひつるなり」とぞいひける。童子なれども、かしこくうるせき者はかかる事をぞしける。                                                                         

現代語訳

昔、駿河前司(するがのぜんじ)で橘季通(たちばなのすゑみち)という者がいた。その彼が若かったころ、れっきとした所に仕える女房の所に忍んで通っていた。その屋敷にいた侍たちは、「たかが新米の六位ふぜいで、この家の者でもない男が夜ごと朝ごとこの屋敷に出入りするのは面白くない。こいつをを閉じ込めて痛めつけてやろう」と集まって言い合っていた。

そんな事とも知らず、いつもの事なので、季通は少年の供一人を連れて女房の部屋に入った。その後、季通は、「明け方に迎えに来い」と言ってその少年を帰してやった。季通を打ちこらしめようとする男どもは、様子を伺い見守っていたので、「いつもの男が来て女房の部屋に入ったぞ」と触れ回り、あちこちの門を閉めまわって、鍵を手元に置いて、侍どもは警棒を引きずって歩き、築地の崩れのある所などには立ち塞がって見張っていた。その女房付きの女の童がただならぬ様子を見てとって、主人の女房に、「こんな様子なのですがどうしたことでしょう」と告げたので、主人の女も聞いて驚き、季通と二人で寝ていたが起き、季通も身支度を調えて座った。女が奥向きに上がって尋ねると、「侍どもが、心を合わせてしていることとはいいながら、御主人さまも、素知らぬ顔をしていらっしゃるようで」と言う話を聞き、どうしようもなく部屋に帰って座って泣いていた。

季通は、「えらいことだわい。恥をかきそうだ」と思うが、どうしようもない。女の童を部屋から出し、抜け出せるような少しの場所でもないかと見に行かせたが、外を見た女の童は、「そんな隙間の有るような場所は、四五人ずつ袴の裾を括り紐で括り上げ、太刀を帯び、杖を脇に挟んで、みんな立っているので、出られそうにありません」と言った。

この駿河前司は、とても力が強かった。「どうしたものか。夜が明けてしまっても、この部屋に籠ったままでいて、自分を引っ張り出しにくる者と打ちあって死のうか。それにしても、夜が明けて、お互いの顔がわかるようになってからでは、どうにもやりづらくなろう。家来たちを呼びにやって何とかして出て行こう」と思ったのであった。「夜明け前に、下人の童が来て、前後の事情も知らずに門を叩いたりして、我が下人の童だと知られ、捕らえら縛れたりするかもしれぬ」と、可哀想に思ったので、女の童を外へ出し、もしやその童が来る物音でも聞きつけるかもしれぬと様子をうかがわせたのだが、侍たちがとがめるようにののしったので、泣きながら帰って来て、うずくまっていた。

そうこうしているうちに、明け方になったと思われる頃、この童がどうして屋敷に入り込んだのか、やって来る音がする。それを侍が、「誰だ。その童は」と、気付いて尋ねるので、まずい返事をするのではないかと季通がはらはらしていると、「御読経の僧の童子です」と名のる。そう名のられて、侍は、「早く行け」と言う。「これは利口に答えたものだ。今度はこの部屋に寄って来て、いつも呼ぶ女の童の名を呼ぶに違いない」と、またそのことを心配していると、寄りもせず通り過ぎて行ってしまった。「この童も心得ている。なかなか機転の利く賢いやつだ。そう心得ているなら何か計略があるのだろう」と、この童の気持ちをよく知っているので、頼もしく思っていると、大路で女の声がして、「追いはぎ!人殺しよ!」とわめく。それを聞いて、この立っていた侍どもは、「それつかまえろ。持ち場を離れてもかまうまい」と言って、皆走り出したが、門を開けられないので、築地の崩れた場所から走り出て、「何処へ行った」、「こっちだ」、「あっちだ」と尋ね騒ぎながら、季通は、「この童の計画だな」と思ったので、走り出て見ると、門には錠がさしてあるので、誰も門の事は気にかけず、築地の崩れた所に、一部の者たちがとどまって、かれこれ言い合っている。季通は門の所に走り寄って、錠をねじって引き抜き、門が開くやいなや、逃げ去り、築地を走り過ぎようとしたころ、その童が追いついて来た。

それを連れて三町ほど逃げ延びてから、普通にゆっくり歩き出して、「どんな風にやったのだ」と言うと、「門などがいつもと違って閉められているうえ、崩れの部分には侍どもが立ち塞がって、厳しく尋問されたので、そこでは、『御読経(どきょう)の童子』と名のりましたところ入れてくれました。そこから引き返して何とかしようと思いましたが、私がお迎えにやって来たとお分かりいただかなくては、まずいだろうと思われましたので、私の声をお聞きいただいてから屋敷の外へ出て、この隣の女の子がしゃがみこんでいましたのを、そっ首をつかまえて押し倒し着物を剥ぎ取りますと、わめき声をあげました。それを聞いて侍どもが出てまいりましたので、今はもう御主人さまも屋敷をお出になったに違いないと思い、こちらの方にやってきたというわけです」と語った。童子ではあるが賢くすばしこい者は、こういう事をしたものである。

語句

■駿河前司-駿河(現在の静岡県)前任の国司。■橘季通(たちばなのすゑみち)-陸奥守であった橘則光の次男(?~1060)。母は清少納言か。式部大丞、蔵人、中宮少進、駿河守などを歴任。『後拾遺集』『金葉集』に入集している歌人。■女房-貴人の邸宅に自分の居室を与えられて仕えている若い女性。■生六位-六位になりたての者。■勘(かう)ぜん-痛めつけてやろう。俗な言い方をすれば、焼きを入れてやろう。

■小舎人童(こどねりわらは)-雑用に従った召使の少年。■局に入りぬるは-女房の部屋に入り込んだぞ。■引杖(ひきづゑ)して-武器として用いる長い警棒を引きずって持ち歩いて。邸内をそうして巡回しながら「生六位」を逃がさないように監視していた。■築地(ついぢ)-柱を芯に立てて板を添え、土を塗り固めて築いた堀、その崩れた個所は人の出入りの容易な場所なので、侍どもは警戒していた。■けしきどりて-ただならぬ様子を見てとって。異様な気配を感じとって。■装束-(若い女房ともども)季通もいったん脱いだ衣服を着直して。■上-その邸宅の主人の住んでおいでになるあたり。そこには仲間の女房や当然大勢の使用人たちがいて、情報を集める便宜があった。■主の男-主人は侍どもの動静を知っていながら、素知らぬ振りをして、自分は関知しないという態度をとっておいでのようだ、という情報。■空しらず-そ知らぬふり。とぼけて知らないふりをすること。■すべきやうなくて-場合によっては、直接仕えている主人にすがって、とりなしてもらえるかという期待を抱いて行ったのだが、主人には助けを求めることは、とうていできないことが分かったために、打つ手が無くなって。

■恥を見てんず-必ずや恥をみることになるだろう。「見てんず」の「て」は助動詞(完了)の強意用法。「んず(むず)」は推量の助動詞。■すべきやうなし-先の女房の場合の、他人にすがっての打開策についての「すべきやうなくて」に続いて、この季通の側も「すべきやうなし」であると、穏便に脱出する手段はない状態にある事を印象づける。■くくりあげ-指抜袴の裾を膝下のあたりまで上げて括(くく)りひもでくくって。■稜(そば)を挟みて-袴の股立(ももだち)を引き上げて帯にはさんで。(くくりあげ)と共に敏捷に走り回れるための用意のいでたち。■みな立てりければ-誰一人座ったり、しゃがみ込んだりしていない応変の恰好。

■いかがせん-どうにもならない。邸内の侍たちとの衝突なしに外へ出ることが不可能な以上は、という含み。■さりとも-しかしそうはいっても。季通は互いに顔を見てしまってからでは、めったな殺戮はできまい、やはり単身での強硬手段は無理だ、と思い返す。となれば、従者たちの力を借りるしか手はあるまいが、どうしたものか、と思案に暮れる。■はしたなくいひければ-とがめだてるようにののしったこと。校注の「引っ込んでおれ、というのである」という解釈が最も当を得ていよう。

■この童-案じていた小舎人童のこと。■いかにしてか入りけん-すべての門戸には錠がさされてあり、土堀の崩れ・そのほかのすきまには侍たちが見張りに立っている状態だと聞いていただけに、季通の驚きは大きかった。■あしくいらへなんず-きっと具合の悪い答え方をするに違いない。「いらへなんず」の「な」は助動詞の強意用法。「いらへ」は「いらふ(答える・返事をする)」の運用形の名詞化(答へ・応へ)。「なんず」は「きっと・・・だろう」。■かしこくいらへつる-うまく切り抜けたものよ。季通はほっと胸をなで下ろす。■うるせきやつぞかし-察しのよい気の利くやつだ。なかなか機転の利く賢いやつだ。「うるせき」は「うるせし(形)<気が利く、賢い>」の連体形。「かし」は終助詞で念押し。■さりとも-今は黙って通り過ぎたにしても(おそらくこの後には)、の意。■引剥-「ひきはぎ」の約言。通行人などから金品を強奪する追いはぎ。■からめよ-「搦(から)めよ」で、捕縛せよ。■けしうはあらじ-こういう緊急の場合だから、持ち場を離れても、不都合はあるまい。「けしう」は「怪(け)しく」の音便で、とがむべきだ、異常でよろしくない、の意。■えあけあへず-開けるいとまもなく。侍どもは、我先に悲鳴のした方へ急いだ。■門をば疑はず-侍どもは、門からは逃げられまいと、門の警備には回らずに。■かたへ-一部の者たち。さすがに侍どもの中にも沈着な者がいたわけだが、季通は彼らの裏をかいて門へ向う。「いみじう力ぞ強かりける」季通にかかっては、並みの門の錠前などひとたまりもなかった。■築地走り過ぐる程に-抜け出したその邸宅の周囲に張り巡らされている土堀の尽きる地点を走り過ぎたあたりで(季通は)。

■三町-一町は109メートル。従ってここは約320メートル。■出で侍りつるを-『今昔』には「入テ候ツレバ」とあり、文意がよく通じる。■とかくやせましと-どうしようかこうしようか。■くそまりゐて侍るを-糞(くそ)をしておりましたものを。板本などは「くぼまりゐて(しゃがみこんで)」とする。

備考・補足

■前話が陰陽師の験力によって災いを免れた話であるのに対して、本話は従者の少年の大人顔負けの才覚と機転に寄って虎口を脱し、屈辱を免れた話で、配列上の連絡が認められよう。前半における邸内の侍どもの組織だった守備態勢、袋の鼠となった女房・季通らの長い不安と焦燥、後半における侍どもの邸外の騒ぎに単純に反応して当面の目的を忘れたかのような油断、少年と季通主従の呼吸の合った機敏かつ大胆な行動ぶり、この両者の様態の対照的な動きが、臨場感たっぷりな描写となっている。

朗読・解説:左大臣光永