宇治拾遺物語 3-1 大太郎盗人(ぬすびと)の事

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原文

昔、大太郎とて、いみじき盗人(ぬすびと)の大将軍ありけり。それが京へ上(のぼ)りて、「物取りぬべき所あらば、入りて物取らん」と思ひて、窺(うかが)ひ歩(あり)ける程に、めぐりもあばれ、門などもかたかたは倒れたる、横ざまに寄せかけたる所のあだげなるに、男といふ者は一人も見えずして、女の限りにて、張物(はりもの)多く取り散らしてあるにあはせて、八丈売る者などあまた呼び入れて、絹多く取り出でて、選り換えさせつつ物どもを買へば、「物多かりげなる所かな」と思ひて、立ち止りて見入るれば、折しも、風の南の簾(すだれ)を吹き上げたるに、簾の内に、何の入りたりとは見えねども、皮籠(かはご)のいと高くうち積まれたる前に、蓋(ふた)あきて、絹なめりと見ゆる物、取り散らしてあり。これを見て、「うれしきわざかな、天道(てんたう)の我に物を賜(た)ぶなりけり」と思ひて、走り帰りて八丈一疋人に借りて、もて来て売るとて、近く寄りて見れば、内にも外(ほか)にも男といふ者は一人もなし。ただ女どもの限りして、見れば皮籠も多かり。

物は見えねど、うづたかく蓋掩(ふたおほ)はれ、絹なども殊(こと)の外(ほか)にあり。布うち散らしなどして、「いみじく物多くありげなる所かな」と見ゆ。高くいひて八丈をば売らで持ちて帰りて、主(ぬし)に取らせて、同類(どうるい)どもに、「かかる所こそあれ」といひまわして、その夜来て門に入らんとするに、たぎり湯を面(おもて)にかくるやうに覚えて、ふつとえ入らず。「こはいかなる事ぞ」とて、集りて入らんとすれど、せめて物の恐ろしかりければ、「あるやうあらん。今宵(こよひ)は入らじ」とて、帰りにけり。

つとめて、「さても、いかなりつる事ぞ」とて、同類など具(ぐ)して、売物など持たせて来て見るに、いかにも煩(わづら)はしき事なし。物多くあるを女どもの限りして取り出で取り納めすれば、「事にもあらず」と返す返す思ひ見ふせて、また暮るれば、よくよくしたためて入らんとするに、なほ恐ろしく覚えてえ入らず。「わ主(ぬし)まづ入(い)れ入(い)れ」といひたちて、今宵もなほ入らずなりぬ。

またつとめて同じやうに見ゆるに、なほ気色異(けしきけ)なる者も見えず。「ただ我(われ)が臆病(おくびやう)にて覚ゆるなめり」とて、またその夜よくしたためて行き向ひて立てるに、日比(ひごろ)よりもなほ物恐ろしかりければ、「こはいかなる事ぞ」といひて、帰りていふやうは、「事を起こしたらん人こそはまづ入らめ。まづ大太郎が入(い)るべき」といひければ、「さもいはれたり」とて、身をなきになして入りぬ。それに取りつきて、かたへも入りぬ。入りたれども、なほ物の恐ろしければ、やはら歩み寄りて見れば、あばらなる屋(や)の内に火ともしたり。母屋(もや)の際(きは)にかけたる簾(すだれ)をば下(おろ)して、簾の外(ほか)に火をばともしたり。まことに皮籠(かはご)多かり。かの簾の中の恐ろしく覚ゆるにあはせて簾の内に矢を爪(つま)する音のするが、その矢の来て見に立つ心地して、いふばかりなく恐ろしく覚えて、帰り出づるも背をそらしたるやうに覚えて、構へて出でえて、汗をのごひて、「こはいかなる事ぞ。あさましく恐ろしかりつる爪(つま)よりの音や」と言ひ合せて帰りぬ。

そのつとめて、その家の傍(かたは)らに大太郎が知りたる事のありける家に行きたれば、見つけていみじく饗応(きやうよう)して、「いつ上(のぼ)り給へるぞ。おぼつかなく侍りつる」などいへば、「只今(ただいま)まうで来つるままに、まうで来たるなり」といへば、「土器(かはらけ)参らせん」とて、酒沸(わ)かして、黒き土器(かはらけ)の大(おほ)きなる盃(さかづき)にして、土器(かはらけ)取りて大太郎にさして、家あるじ飲みて土器(かはらけ)渡しつ。大太郎取りて酒を一土器(ひとかはらけ)受けて持ちながら、「この北には誰(た)がゐ給へるぞ」といへば、驚きたる気色(けしき)にて、「まだ知らぬか。大矢のすけたけのぶの、この比(ごろ)上(のぼ)りてゐられたるなり」といふに、「さは入りたらましかば、みな数を尽して射殺されなまし」と思ひけるに、物も覚えず臆(おく)してその受けたる酒を家あるじに頭よりうちかけて立ち走りける。物はうつぶしに倒れにけり。家あるじあさましと思ひて、「こはいかにいかに」といひけれど 、かへりみだにもせずして逃げて往(い)にけり。大太郎が捕(と)られて、武者(むさ)の城(しろ)の恐ろしき由(よし)を語りけるなり。

現代語訳

昔、大太郎という、たいそうな盗人の頭領がいた。それが京に上って、「盗みのできる所があれば、押し入って盗みを働こう」と思い、家々の様子を窺いながら歩いているうち、屋敷の周りも荒れ、門なども片方は倒れ、横の方に寄せかけてある、用心の悪そうな屋敷を見つけた。その屋敷には男の姿は一人も見えず、女たちの姿ばかりで張り板に張って干した布をいっぱい散らかしてあり、そのうえ、八丈絹を売る商人などを大勢呼び入れて、絹を多く取り出させ、選び変えながらあれこれと買っている。大太郎は、「ここは物がふんだんにありそうな所だな」と思い、立ち止まって中をのぞき込むと、 丁度その時、風が南の簾(すだれ)を吹き上げたが、簾の向こうに、何が入っているのかは見えないが、革行李がうず高く積まれた前に、蓋が開いて、絹と思える物が、散らかしてある。これを見て、「うれしいことよ。天からの授かり物というわけだ」と思って、走って帰り、八丈絹ニ反を人から借りて持って行き、売るふりをして、近くに寄って見ると、内にも外にも男の姿は一人も見えない。ただ女たちだけであり、見れば革行李も沢山ある。

中身は見えないが、蓋は高く持ちあがっていて絹なども殊の外多く、布を雑然と置いてあったりして、「たいそう物が多くありそうな所だな」と見える。値段を高く言って、八丈絹を売らずに帰り、絹の貸主にそれを返し、「こんな所があるぞ」と言いふらして、盗人仲間たちを集め、その夜来て門に入ろうとするが、あたかも熱湯が顔にかかりそうに飛んでくるような、ぞっとする気配に身が縮んで、まったく一歩も踏み込むことが出来ない。「これはどうした事だ」と言い合って、一団となって入ろうとするが、何とも空恐ろしい気がするので、「何か自分たちには分らない面倒なわけがあるのであろう。今夜は入るまい」と言い合って、帰った。

翌朝、「それにしても、昨夜はどうしたことだったか」と、仲間たちを連れて、売り物などを持たせて来て見ると、少しも気味の悪い事はない。女たちだけでたくさんある品物を取り出したり、しまったりしているので、「これならどうということもない」と、繰り返し念を入れて見届け、また、暗くなって、よくよく準備をして入ろうとするが、やはり気味が悪くて入ることが出来ない。「お前から先に入れ、入れ」と互いに言い立てただけで、今夜もやはり入らずに終わった。

またその翌朝も同じようにして様子を見ると、格別変わったものも見えない。「ただ自分の臆病さのせいで恐ろしく感じたんだろう」と、またその夜よく支度をしてその家に出向いて、門の前に立ってみると、昨日までよりもさらに恐ろしい感じがしたので、「これはどうしたことか」と言って帰ってから、「今度の事を言いだした張本人から入ってくれ。まづは太郎がはいるべきだ」皆が言うので、太郎は「それはもっともだ」と言って、命を捨てる必死の覚悟で入った。それに付き従って、他の盗人たちも入って行った。しかし、入るには入ったが、やはり、何だか恐ろしいので、そっと歩み寄って見ると、荒れ果てた屋敷の中に火が灯っている。母屋の端に掛けてある簾を下して、簾の外に火を灯している。ほんとうに革行李がたくさんある。その簾の中が恐ろしく思われるのとともに、簾の内側で矢の手入れをする音が聞え、その矢が飛んできて自分の体に突き刺さるような気がして、何とも言いようがなく恐ろしく感じられ、そこから退出するにも、背後へ引き戻されるような感じがして、みなやっとのことで屋外へ出ることができた。汗をふきふき、「これはほんとうにどうした事か。途方もなく恐ろしかったな。あの爪(つま)よりの音は」と言い合いながら帰った。

その翌朝、その家の傍にある大太郎の以前からの知り合いだった家に行くと、そこの主が大太郎を見つけてたいそうもてなし、「いつ上京なされた。どうしているか気になっておりました」などと言うので、「たったいま、京にやって来たばかりで、その足でまっすぐやってきたのですよ」と言うと、「酒を一杯差し上げましょう」と、酒を沸かし、黒い素焼きの大きな土器を盃にして、その盃を大太郎にさして、次に、返杯された盃の酒を家の主人が飲み、それをまた大太郎に返した。
大太郎がそれを取り、酒をなみなみと受けて持ちながら、「この北隣の家には誰が住んでおられるのですか」と言うと、驚いた様子で、「まだ知らないのですか。大矢(おおや)の介(すけ)たけのぶが、この頃、上京されておられるのです」と言う。「ならばその家に入ったりなどしたら、みな一人残らず射殺されていただろう」と思うと、わけもわからず気おくれそて、その受けた盃を家の主(あるじ)に頭からぶっかけて逃げ出した。酒席の物はみなひっくり返ってしまった。家の主人はあきれて、「これはいったいどうしたのだ、どうしたのだ」と言ったが、振り向きさえもしないで逃げ去ってしまった。後に、大太郎が捕らえられ、武家の家の恐ろしさを語ったということだ。
                              

語句

■大太郎-伝未詳。盗賊の徒党を統率する首領、頭(かしら)。「大将軍」とあるが、その徒党が必ずしも大集団ではない場合でも、この呼称を用いた。■物取りぬべき所-物を盗み取るのに格好な邸宅、盗みは入るのによさそうな屋敷。■めぐりもあばれ-築地(ついじ)、垣根などが所々壊れているとか、家の周りの整備がおろそかになっている様子。■あだげなる-頼りなく、心細げな様。■女の限りにて-女たちの姿ばかりで。■張物-洗濯して糊をつけた布を板張り、伸子(しんし)張りなどで乾かしたもの。■取り散らす-散らかしてある。「取り」は接頭語。■八丈-八丈絹の事。八条島で産する絹布の意味ではなく、一疋(布ニ反)の長さが八丈(約二十四メートル)に織られたことによる呼称で、美濃(岐阜県)や尾張(愛知県)の特産品であった。■物多かりげなる-「物}は物資、布織物。■皮籠(かはご)-革張りの籠。後に竹を編んだ行李にとって代られる。■天道の我に物を賜(た)ぶなりけり-天の神が我に物をお与えくださるということなんだ。「天からの授かり物というわけだ」の意。■八丈一疋-八丈絹を一疋。一疋はニ反。通常は一反で成人一人分の衣料とされる。

■うち散らしなどして-雑然と置かれてあって。きちんと整理して置かれていないということは、細かく数合わせをする必要がないほど、反物がたくさんある事を物語っているように思われた。■高くいひて-売れないようにわざと、うんと高い値段を吹っかけて。■主に取らせて-大太郎が八丈絹を借りた元の持ち主の男にしのまま返却して。■同類-大太郎と同じ盗人の仲間。■いひまわして-触れ回って(人数を集めて)。■たぎり湯を面(おもて)にかくるやうに覚えて-あたかも煮えたぎった熱湯が顔にかかりそうに飛んでくるような、ぞっとする気配に身が縮んで。■ふつとえ入らず-まったく一歩も踏み込むことが出来ない。「ふっと」は全然、絶対にの意で打ち消しに呼応する。■せめて-はなはだしく。まことに。■あるやうあらん-何か自分たちには分らない面倒なわけがあるのであろう。

■つとめて-不首尾に終わったその翌朝。■煩(わづら)はしき事-押し入るのに妨げになりそうな物や人の様子など。■事にもあらず-どうということもない。■返す返す思ひ見ふせて-よくよく念を入れてあれこれ見届けて。■したためて-支度を調えて。用意をして。■いひたちて-相手に言いながら、自分は中に入ろうとはせずに門の外に立っていて。けんか腰の言い合いではなく、門内に侵入する先駆けを互いに押しつけ合って動こうとしない態度。

■なほ云々-やはり(前日確かめたとおりで、女たちのほかに)様子の異なる手ごわそうな別人の姿は見えない。■日比よりもなほ-昨日おとといよりもさらに。■事を起こしたらん云々-誰かれというより、今度の押し込みを言い出した当事者こそがまず入ってほしい、という促し。大太郎が誘った仲間たちの言葉。■さもいはれたり-それはもっともだ。なるほど言う通りだ。大太郎が仲間たちの促しを納得・了承した言葉。■身をなきになして-命を捨てる必死の覚悟で。■それに取りつきて-大太郎に取りすがるようにぴったり付き従って。大太郎から離れるのを恐れ、その背後にくっつくように従う仲間たちの恐怖心を物語る動作。■かたへも-大太郎のそばにいた者たちも。■あばらなる屋(や)-荒れ果てているような建物。■母屋(もや)-廂(ひさし)に囲まれた建物の中央部。この時、そこは真っ暗である。■矢を爪(つま)する-矢を一本一本手の指先で回しながら、羽の曲直の具合を点検し、必要に応じて羽を指先で捻って矯正する際に出るキュッキュッという鋭く強い音のこと。大太郎はその音に呪縛(じゅばく)される。■背をそらしたるやうに-背中を後ろへそり返されるような気持ちがして。背後へ引き戻されるような感じがして。■構へて出でえて-やっとのことで屋外に出ることが出来て。どうにかこうにか努力して屋敷の外へ脱出できて。

■饗応-歓迎してもてなすこと。■おぼつかなく侍りつる-どうしているか気になっておりました。古い知り合いの挨拶。■只今まうで来つるままに-たった今、京にやって来たばかりのその足で、まっすぐに。■土器(かはらけ)参らせん-酒を一杯さしあげましょう。「土器」は素焼きの盃。■家あるじ飲みて土器渡しつ-家主の男がちょっと一口飲んでから、大太郎に盃を渡した。現在からすれば無作法にみえるが、打ち解けた態度で、毒味をして見せる意味もあって、当時としては作法にかなったやり方。■大矢のすけたけのぶ-一説に「大矢佐武信」とするが、伝未詳。弓矢の上手の意で、架空の人物か。■みな数を尽して射殺されなまし-間違いなく、みなことごとく射殺されていたであろう。■物も覚えず臆(おく)して-わけもわからず気おくれして。■かへりみだにもせず-振りむきさえもしないで。■捕(と)られて-捕らえられて。■武者(むさ)の城(しろ)-武士の住み構えている屋敷。

備考・補足

■大太郎と言う盗賊の名は、ダイダラボッチという巨人を思わせるように、いかにも神秘的な雰囲気を漂わせている。そのような「盗賊の大将軍」であったから、まともに相手の姿を見ないでも、ただ爪よりの音を聞いただけで、ただちにその恐ろしさを感じ取ったものと言えよう。盗賊の大将と弓矢の達人との闇夜の対決で、舌を巻いて退散した盗賊が、後に逮捕されて語った臨場感豊かな強盗失敗秘話。

注)ダイダラボッチ-日本の各地で伝承される巨人である。類似の名称が数多く存在するが、山や湖沼を作ったという伝承が多く、元々は国づくりの神に対する巨人信仰がダイダラボッチ伝承を生んだと考えられている。

朗読・解説:左大臣光永