宇治拾遺物語 3-11 藤六(とうろく)の事

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今は昔、籐六といふ歌よみありけり。下種の家に入りて、人もなかりける折を見つけて入りにけり。鍋に煮ける物をすくひける程に、家あるじの女、水を汲みて、大路の方より来て見れば、かくすくひ食へば、「いかにかく人もなき所に入りて、かくはする物をば参るぞ。あなうたてや、籐六にこそいましけれ。さらば歌詠み給へ」といひければ、

昔より阿弥陀(あみだ)ほとけのちかひにて煮ゆるものをばすくふとぞ知る

とこそ詠みたりけれ。

現代語訳

今は昔、籐六という歌よみがいた。卑しい者の家に入り、誰もいない折を見計らってあがりこんでしまった。鍋に煮られている物をすくって食べているところに、そこのおかみさんが水を汲んで、大路の方から帰って来た。見ると、男が鍋のものをすくって食べているので、、「なんじゃ、こんな誰もいない所に入り込んで大事な煮ものを召されるか。まあいやだこと。ややあんたは誰かと思ったら籐六でいらっしゃったのね。では歌をお詠みなされ」と言ったので、

昔から阿弥陀仏は誓いのとおり、地獄の釜で煮られる衆生を救いとるいう、だから、私も釜の煮物をかいですくいとっているのです

と詠んだのであった。

語句

■籐六-中納言藤原長良の孫、越前守弘経の六男(三男とも)輔相。藤原氏の六男(または無官の六位)ゆえに、籐六と号した。『拾遺集』物名に隠し題の歌を六十首も採択されたほどの著名な物名歌人。(物名歌とは物の名を,詠み込んだ歌)■下種(げす)の家-身分の低い庶民の家。■かく-このように。■いかに-なんだって。■かくはする物をば参るぞ-このように煮ている物を召しあがるのか。■あなうたてや-まあいやだこと。■籐六にこそいましけれ-(誰かと思ったら籐六でいらっしゃったのね。常日頃、俳諧歌を作って人々を笑わせて顔を売っていたらしいことをうかがわせる応答。■さらば-それでは。■昔より・・・-「誓ひ」に「匙(かひ)」、「すくふ(救ふ)」に「掬(すく)ふ」、地獄の釜で煮られる者と、今、目の前で煮られている物とを掛ける。「匙(かひ)」とは現代でいう「さじ」の意。■詠みたりけれ-詠んだのであった。

備考・補足

■不自然な状況設定は、先に歌があって、後にそれに見合う筋立てが構えられた話という印象を与える。輔相以外にも後世、籐六という笑いをとる者が出る(大島建彦「咄(はなし)の者の源流」。

朗読・解説:左大臣光永