宇治拾遺物語 3-20 狐(きつね)、家に火つくる事

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原文

今は昔、甲斐国(かひのくに)に館(たち)の侍(さぶらひ)なりける者の、夕暮に館を出でて家ざまに行きける道に、狐のあひたりけるを追ひかけて引目(ひきべ)して射ければ、狐の腰に射当ててけり。狐射まろばかされて、鳴きわびて、腰をひきつつ草に入りにけり。この男引目を取りて行く程に、この狐腰をひきて先に立ちて行くに、また射んとせば失(う)せにけり。

家いま四五町にと見えて行く程に、この狐二町ばかり先だちて、火をくはへて走りければ、「火をくはへて走るはいかなる事ぞ」とて、馬をも走らせけれども、家のもとに走り寄りて、人になりて火を家につけてけり。「人のつくるにこそありけれ」とて、矢をはげて走らせけれども、つけ果ててければ、狐になりて草の中に走り入りて失せにけり。さて家焼けにけり。

かかる物もたちまちに仇(あだ)を報(むく)ふなり。これを聞きて、かやうの物をば構えて調(てう)ずまじきなり。

現代語訳

今は昔、甲斐の国の国司の館に仕えていた侍が、夕暮れに館を出て、自宅の方へに戻る途中で出合った狐を追いかけて蟇目矢で射ると、狐の腰に矢が当たった。狐は射ころばされて、鳴き苦しんで、腰を引きずりながら草むらの中へ逃げて行った。この男が、蟇目矢を狐に当たった場所まで行って拾い上げ、さらに、進んで行くと、この狐が腰を引きずりながら先に立って行くので、また射ようとすると見えなくなくなってしまった。

あと四五町程で家に着くという所を進んで行くと、この狐が二町程先を火を咥えて走って行くので、「火を咥えて走るとはどうしたことか」と思い、馬を走らせ追いかけたが、狐は家の近くに走り寄って、人に化け、家に火をつけてしまったのだ。侍は、「さては人が火をつけたのだ」と、矢をつがえて、馬を走らせたが、狐は火をつけ終えてしまうと、元の狐の姿に戻り、草むらの中に逃げ入って、姿をくらましてしまった。こうして侍の家は狐の放火によって焼けてしまった。

こんな狐のような物でも、たちまち仇を返すのである。この話を聞いたら、こういう動物などを決して痛めつけたりしてはならないのである
                              

語句

■甲斐国-現在の山梨県にあたる地域。■館(たち)の侍(さぶらひ)-国守の役庁に仕える侍。国府の所在地は現在の東八代郡御坂町。■家ざまに-家の方に。■行きける道-後出の叙述からみて、この時、この侍は馬に乗っての帰路だった。■狐のあひたりけるを-狐と出会ったので。■引目(ひきべ)-「ひきめ」とも。蟇目矢。矢じりは、朴(ほお)の木などの木製で長さ一二センチ、中を空洞にして数個の穴があけてある。射る物を殺傷しないで、犬追物・笠懸(かさかけ)などの競技や、鋭く高い物音をたてるので、魔除けに用いた。■射まろばかされて-射ころばされて。蟇目矢なので狐の身体に突き刺さることなく、衝撃を与えるだけにとどまった。■鳴きわびて-鳴いて苦しがって。■引きつつ-引きずりながら。■引目を取りて-一度放った蟇目矢を、狐に当たった場所まで行って拾い上げて。■また射んとすれば-また射ようと弓矢を構えておどしをかけた。この行為は狐の報復心をさらにかきたてたか。■失せにけり-いなくなってしまった。■いま四五町にと見えて-もう四五町先と思われて。■ 人になりて-狐は人間の姿になって。■つけてけり-つけてしまった。■人のつくるにこそありけれ-人がつけるのであったと思って。■はげて-つがえて。■つけはててければ-火をつけ終わったところで、■さて家焼けにけり-こうして侍の家は狐の放火によって焼けてしまった。■報ふなり-返すのだ。■構えて-決して。調(てう)ずまじきなり-痛めつけたりしてはならないのである。

備考・補足

■狐の変化、報復話。狐は稲荷の神の使いの霊獣としてあがめ畏れられてきたが、化けて人をたぶらかす性悪でかわいげのない動物として警戒され、敬遠もされた。巻第一ノ十八話では利仁の奥方に乗り移り、次の巻第四ノ一話でも人にとり憑く霊性を見せる。ここでは何の理由もなく、戯れに不意に蟇目矢で射られ、腰を痛めた狐が、侍の理不尽ないたずらに怒り、いわゆる狐火といわれる火を放ちながら、彼の家に放火して復讐したのである。狐の恐ろしさを語って、むやみな動物いじめを戒めた、大人への教訓話。

朗読・解説:左大臣光永