宇治拾遺物語 4-2 佐渡国(さどのくに)に金(こがね)ある事

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原文

能登国(のとのくに)には鉄(くろがね)といふ物の素鉄(すがね)といふ程なるを取りて、守(かみ)に取らする者、六十人ぞあなる。実房(さねふさ)といふ守のの任に、鉄(くろがね)取(とり)六十人が長(をさ)なりける者の、「佐渡国にこそ金の花咲きたる所はありしか」と人にいひけるを、守伝へ聞きて、その男を守呼び取りて、物取らせたりなどして、すかし問ひければ、「佐渡国にはまことに金の侍るなり。候(さぶら)ひし所を見置きて侍るなり」といへば、「さらば行きて取りて来(き)なんや」といへば、「遣はさばまかり候はん」といふ。「さらば舟を出(いだ)し立てん」といふに、「人をば賜(たまは)り候はじ。ただ小舟一つと食物(くひもの)少しとを賜り候ひてまかりいたりて、もしやと取りて参らせん」といへば、ただこれがいふに任せて、人にも知らせず、小舟一つと食ふべき物少しとを取らせたりければ、それを持(も)て佐渡国(さどのくに)へ渡りにけり。

一月ばかりありて、うち忘れたる程に、この男、ふと来て守(かみ)に目を見合せたりければ、守心得て、人伝(ひとづて)には取らで、みづから出であひたりければ、袖(そで)うつしに黒ばみたるさいでに包みたる物を取らせたりければ、守重げに引きさげて、懐(ふところ)にひき入れて帰り入りにけり。

その後(のち)、その金取(かねとり)の男はいづちともなく失(う)せにけり。万(よろづ)に尋ねけれども、行方も知らず、やみにけり。いかに思ひて失せたりといふ事を知らず。金のある所を問ひ尋ねやすると思ひけるにやとぞ疑ひける。その金は、千両ばかりありけるとぞ語り伝へたる。かかれば、佐渡国には金ありける由(よし)と、能登国(のとのくに)の者ども語りけるとぞ。

現代語訳

能登の国にはまだ精製されていない鉄鉱石を採取して、国守に献上する採鉱夫が六十人程いるという。藤原実房という国守の任期中に、その採鉱夫の頭が、「佐渡にはほんとうに黄金の花が咲いている所があったんだ」と人に言ったのを、実房が伝え聞き、その男を呼び寄せ、物を与えたりなどして、上手に聞きだすと、「佐渡には本当に金があります。金のある所を見届けてあります」と言うので、「それでは行って採って来ないか」と言うと、「行けという御命令であれば行ってまいりましょう」と言う。国守が「では舟を準備しよう」と言うのに、「人手はいりません。ただ小舟を一艘と食物を少しいただいたら、佐渡へ渡って、うまくいったら、採って来てさしあげましょう」と言うので、ただこの男の言うのに任せて、誰にも知らせず、小舟一艘と食物を少し与えると、男はそれを持って佐渡へ渡って行った。

一月ほど経って、忘れた頃に、この男がひょいと国守の所へ顔を出して、目くばせをしたので、国守はその意味を悟り、人を介しては受け取らず、自分から出て行って男に逢うと、袖移しに黒ずんだ布きれで包んだ物をそっと手渡したので、国守は重そうにそれをぶら下げて、懐に入れて館の中に引っ込んでしまった。

その後、その採鉱夫の男は、どこへともなくいなくなってしまった。あちこち尋ねてみたが行方が分らず、そのまま終わってしまった。何を思っていなくなったのかわからないが、「金の在り場所を問い尋ねでもするのかと思ったのか」と国守は疑った。その金は千両ぐらいはあったと伝えられている。こういうわけで、「佐渡には金がある」ということを、能登の人たちは語り合ったそうだ。

語句

■能登国(のとのくに)-現在の石川県の北の地域。■素鉄(すがね)-まだ精製していない鉄鉱石。■守に取らする者-国守に差し出す採鉱夫。■六十人-『今昔』巻二六~一五話では、わずか六人とする。■実房(さねふさ)-藤原実房。民部少輔、河内守方正(?~1021)の子。蔵人頭、式部丞。■任に-任期中に。■佐渡国にこそ云々-(まだ知られていないが)佐渡国こそ黄金を産出する場所があった。大伴家持の「天皇の御代栄えむと東なる陸奥山に金花咲く」(万葉・4097)を踏まえた物言いか。■金の花咲きたる所はありしか-金が多く出る所がありましたよ。■呼び取りて-呼び寄せて。■物取らせ-物を与え。■すかし問ひければ-騙して聞きだすと。■候ひし所-金のあった所。■見おきて侍る-見届けてある。■取りて来なんや-取って来ないか。■遣はさばまかり候はん-命令で派遣してくださるのであれば、まいりましょう。■人をば賜り候はじ-人は結構でございます。金の産出場所の秘密が漏れるのを警戒したもの。

■ふと-ひょっこり、不意に。■目を見合はせたり-目くばせをした。うまく役目を終えてきたことの伝達。他人に聞かれては具合の悪い仕事ゆえ、両者は細心の気遣いをしている。■人伝(ひとづて)には取らで-人を介しては受け取らず。これも二人だけのやりとりにして、他人には気づかれないための用心。■袖(そで)うつし-男の袖の中の物を国守の袖の中に移すという手渡し方で。他人の目をはばかる物品の受け渡し方。『今昔』では、「離タル所」でのやり取りとなっており、人目を気にせずにできたので、「(男が物を)守ノ袖ノ上ニ打置キタレバ、守重気ニ堤テ」とする。■さいで-「裂き出で」の音便。古い衣などの一部を裂いたもの。布切れ。■取らせたりければ-渡したので。■帰り入りにけり-ひっこんでしまった。

■いづちともなく-どこへともなく。■失せにけり-いなくなってしまった。■万に-『今昔』では、「東西ニ」。■行方も知らず-行方も分らず。■かかれば-こういうわけで。■ありけるよしと-あったということを。■千両-底本は「その金八千両」。書陵部本などにより改訂。『今昔』も「千両」。当時の一両は金四~五匁。四匁(15グラム)としても、千両で一五キログラム。八千両ならば、120キログラム。新大系が指摘するように、八千では場面に合わない。         

備考・補足

■『今昔』巻二六~一二話では、藤原実房はたいへん物わかりのよい国司として描かれているが、本話では抜け目のないやり手である。近世になると佐渡の相川の金山が有名になるが、ここは真野町の西三川の金山をさすらしい。

朗読・解説:左大臣光永