宇治拾遺物語 4-3 薬師寺別当(やくしじのべつたう)の事

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原文

今は昔、薬師寺の別当僧都といふ人ありけり。別当はしけれども、殊(こと)に寺の物も使はで、極楽(ごくらく)に生れん事をなん願ひける。

年老い、病(やまひ)して、死ぬるきざみになりて、念仏して消えいらんとす。無下(むげ)に限りと見ゆる程に、よろしうなりて、弟子を呼びていふやう、「見るやうに念仏は他念なく申して死ぬれば、極楽の迎へいますらんと待たるるに、極楽の迎へは見えずして、火車(ひのくるま)を寄す。『こはなんぞ。かくは思はず。何(なに)の罪によりて地獄の迎へは来るぞ』といひつれば、車に付きたる鬼どものいふやう、『この寺の物を一年(ひととせ)伍斗借りていまだ返さねば、その罪によりてこの迎へは得たるなり』といひつれば、我(われ)いひつるは、『さばかりの罪にては地獄に落つべきやうなし。その物を返してん』といへば、火車(ひのくるま)を寄せて待つなり。さればとくとく一石誦経(いつこくずきやう)にせよ」といひければ、弟子ども手惑(てまど)ひをして、いふままに誦経しつ。その鐘の声のする折、火車(ひのくるま)帰りぬ。さてとばかりありて、「火車(ひのくるま)は帰りて、極楽(ごくらく)の迎へ今なんおはする」と、手を摺(す)りて悦(よろこ)びつつ終わりにけり。

その坊は薬師寺の大門(だいもん)の北の脇(わき)にある坊なり。今にその形失(かたう)せずしてあり。さばかり程の物使ひたるにだに火車(ひのくるま)迎へに来たる。まして寺物(じもつ)を心のままに使ひたる諸寺の別当の地獄の迎へこそ思ひやらるれ。

現代語訳

今は昔、薬師寺に別当僧都という人がいた。別当は務めていたが、ことさら寺の物は使わず、極楽に行けることを願っていた。

年をとって病気になり、死ぬ間際になって、念仏を唱えながら息を引き取ろうとした。ところが、もういよいよこれでご臨終であると思われた時に、少し持ち直したので、弟子を呼んで言うには、「皆も見知っているように念仏を一心に唱えながら死ねば、極楽からのお迎えがおいでになるのだと待っていると、その使いは見えず、代わりに火の車が使いとして寄こされてきた。『これは何だ。このようなことは考えてもいなかった。何の罪があって地獄からの使いが来たのだ』と言うと、車を曳いてきた鬼たちが言うには、『お前はこの寺の米を一年の間伍斗借りたまま、まだ返さないので、その罪によって地獄からの迎えを受ける事になったのだ』と言うのだ、そこで自分は、『それくらいの罪で地獄に落ちるべき理由はない。借りた物を返しましょう』と言うと、鬼たちは火の車を引き寄せて待っている。だから、大急ぎで米一石を読経料として寄進せよ」と言ったので、弟子たちは急なことにあわてふためき、言われるままに米一石を読経料にした。その供養の鐘の音がするころ、火の車は帰って行った。さてしばらくたって僧都は、「火の車は帰って、極楽の使いが今おいでになる」と手を摺って喜びながら亡くなった。

僧都の住んでいた坊は、薬師寺の大門の北の脇にある建物である。今でもその建物は無くならずそのままである。それぐらいのわずかな物を私用に使った事でさえ、火の車の迎えがやって来た。まして、寺の物を思うまま私用した諸寺の別当に対する地獄の迎えのほどは思いやられることだ。

語句

■薬師寺-南都七大寺の一つ。法相宗の大本山で、奈良市西の京町にある。天武天皇の発願により文武二年(698)藤原京に創建、平城遷都の後、聖武天皇が現在地に造営。■別当僧都-別当である僧都。『日本往生極楽記』『今昔』巻一五-四話は済源僧都とする。済源は、三論宗の学僧、権少僧都。天徳四年(960)四月没、七十六歳。なお、『日本紀略』や『今昔』は、没年を康保元年(964)七月、享年八十三歳とする。別当は大寺院に置かれた一山の統括者。■死ぬるきざみになりて-死ぬまぎわになって。『僧綱補任抄出』に「臨終日、異香満室 音楽聞空 又捨米五石於薬師寺修誦経。為彼寺別当之時、用之。仍報之」と見える。■消へ入らんとす-息を引き取ろうとする。■無下(むげ)に限りと見ゆる程に-もういよいよこれで臨終であると思われた時に。■よろしうなりて-いくらか良くなって。■見るやうに-皆も見知っているように。■他念なく-一心に。■いますらん-おいでになる。■寄す-寄こした。■火車(ひのくるま)-生前に悪事を行った亡者を運んで行くための猛火に包まれた、炎熱苦を与える車。■五斗借りて云々-『日本往生極楽記』には、「米五石ヲ捨テテ薬師寺ニ就ケテ諷誦ヲ修セシメ、陳ベテ曰ク、我昔寺ノ別当タリシニ、借用セシトコロ、コレノミ」とあり、五斗ではなく、五石と十倍になっている。■さばかりの罪にては云々-それぐらいの罪では地獄に落ちるべき理由がない。■その物を返してん-その使った物を返します。■とくとく-早く早く。■一石誦経にせよ-米一石(十斗)を読経料として寄進すること。五斗の借用に対して二倍を弁済させたのは、贖罪(しょくざい)の意味があろう。■手惑ひをして-あまり急を要する事態なので、あわてふためいて。■さて-そこで。■とばかりありて-しばらくたって。■今なんおはする-今こそおいでになる。■坊-僧の住む場所。■その鐘の云々-誦経が始まって、僧の打ち鳴らす鉦・鐘 の音が、僧都の伏せっている部屋まで聞こえてきたころ。■その坊-僧都の住んでいた坊。以下は以上のことが実際の出来事であったことを証拠立てるための叙述。■そのかた-その形。■さばかりほどの-それほどわずかな物を。■思ひやらるれ-思いやられることだ。
        

備考・補足

■僧侶の寺物の私用は、仏教ではことに重罪とされ、『日本霊異記』や『今昔』にはその類話が多い。この僧都は大寺の別当であり、寺の財政を取り仕切る立場にいた関係から、何かの事に寺の物を借用する便宜があったために、ふと借用していたことを忘れていたようだ。

朗読・解説:左大臣光永