宇治拾遺物語 4-11 後朱雀院(ごすざくゐん)、丈六の仏造り奉り給ふ事

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原文

これも今は昔、後朱雀院例ならぬ御事、大事におはしましける時、後生(ごしやう)の事恐れ思(おぼ)し召しけり。ところが御夢に、御堂(みだう)入道殿参りて申し給ひて曰(いは)く、「丈六の仏を造れり人、子孫においてさらに悪道に落ちず。それがし多くの丈六を造り奉れり。御菩提(ぼだい)において疑ひ思し召すべからず」と。これによりて明快座主(めいくわいざす)に仰(おほ)せあはせられて、丈六の仏を造らる。件(くだん)の仏、山の護仏院(ごぶつゐん)に安置し奉らる。

現代語訳

これも今は昔、後朱雀院の体調が芳しくなく、重病にかかられていた時、死後の世での生まれ変わりのことを不安に思われていた。すると御夢に、御堂入道殿がおいでになり申されてた。「一丈六尺の仏を造った人の子々孫々は決して三悪道に落ちる事はない。私は多くの丈仏をお造り申し上げた。だから貴方は必ず成仏なさる。そのことは決してお疑い召さるな」と。後朱雀院はこの言葉に従って、明快座主にご相談になられて、丈六の仏を造られた。その仏は、比叡山の護仏院に安置申し上げた。

語句

■後朱雀院-第六十九代天皇(1009~45)。父は一条天皇、母は道長の娘彰子(988~1074)。寛徳二年(1045)正月十六日、後冷泉天皇に攘夷、十八日、出家して崩御。■大事におはしましける時-重体に陥ておられた時。■例ならぬ御事-御病気が。■後生の事恐れ思し召しけり-死後に六道のどこへ行くか。■それに-ところが。■御堂入道-祖父の道長、万寿四年没。■丈六の仏-身長が一条六尺(約5メートル)の仏像。当然、座像ならばそれより低い高さのものになる。■悪道に堕ちず-地獄・餓鬼・畜生の三悪道には、生まれ変わることがない。■それがし-私は。■造り奉れり-お造り申し上げた。■菩提-成仏すること。■明快座主-第三十二代天台座主。ただし就任は天喜元年(1053)。文章生藤原俊宗の子(985~1070)。■護仏院-比叡山東寺の五仏院のことか。

備考・補足

■死後への不安を、十八歳まで最も頼もしい存在と見てきた祖父にすがって解消しようと願った孫の一念。造仏供養の功徳が後生善処の善根になるという信仰を、夢に現れて孫のために説く祖父の愛。

朗読・解説:左大臣光永