宇治拾遺物語 4-16 了延(れうえん)に実因(じちいん)、湖水の中より法文(ほふもん)の事

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原文

これも今は昔、了延坊阿闍梨日吉(ひえ)の社(やしろ)へ参りて帰る。唐崎(からさき)の辺(へん)を過(すぐ)るに、「有相安楽行(うさうあんらくぎやう)、此依観思(しいくわんし)」といふ文誦(じゆ)したりければ、波中に、「散心誦法化(さんしんじゆほふけ)、不人禅三昧(ふにんぜんざんまい)」と、末の句をば誦する声あり。不思議の思ひをなして、「いかなる人のおはしますぞ」と問ひければ、具房(ぐばう)僧都実因(じちいん)と名のりければ、汀(みぎは)にゐて法文(ほふもん)を談じけるに、少々僻事(ひがごと)ども答へければ、「これは僻事なり。いかに」と問ひければ、「よく申すとこそ思ひ候(さぶら)へども、生を隔てぬれば力及ばぬ事なり。我なればこそこれ程も申せ」といひけるとか。

現代語訳

了延(りょうえん)に実因(じちいん)の霊が湖水の中から法談する事

これも今は昔、了延坊阿闍梨が日吉神社へ参詣して帰途についた。唐崎の辺りを過ぎる時、「有相安楽行(うさうあんらくぎやう)、此依観思(しいくわんし)」と言う経文を唱えると、波の中に、「散心誦法化(さんしんじゆほふけ)、不人禅三昧(ふにんぜんざんまい)」と末の文句を応じる声がする。不思議に思って、「いかなる人がおいでになられるのか」と尋ねたところ、具房(ぐばう)僧都実因(じちいん)と名のったので、渚に腰を下ろして経文について、話し合ったが、少々経典の教義に合わない間違った事などを答えたので、「それは間違いです。どうですか」と聞くと、「誤りなく言ったつもりでしたが、人間界とは隔たった冥界の住人になってしまっているので仕方ないことです。しかし、私だからこそこれくらいにも言えるのです」と言ったということだ。 

語句

■了延坊阿闍梨-伝未詳。■日吉の社-大津市坂本本町にある日吉(ひえ)大社。天台宗延暦時の守護神社。■唐崎-琵琶湖畔、大津市内の地名。■有相安楽行、此依観思-中国の慧思(えし)大師(515~577)の『法華経安楽行義』中の文句。■具房僧都実因-相模守橘俊貞の子(945~1000)。弘延の弟子。長徳四年(998)、大僧都。極楽寺座主。具坊僧都また小松僧都と号した。■法文-仏法について説いた文章。経文。■僻事(ひがごと)-経典の教義に合わない見解。■生を隔てぬれば-人間界とは隔たった冥界の住人になってしまったので。

備考・補足

■死後もなお自己の学殖を自負して譲らない、怪力僧としてもまた説法の名手としても知られた実因僧都の執着心・自尊心の強さを伝えた話。湖水の中の浮かばれぬ死者の魂には、まだ当分安らぎの時は訪れそうもない。

朗読・解説:左大臣光永