宇治拾遺物語 5-5 陪従家綱(べいじゆういへつな)、行綱(ゆきつな)、互ひに謀(はか)りたる事

≫音声つき【古典・歴史】無料メールマガジンのご案内

スポンサーリンク

原文

これも今は昔、陪従(べいじゆう)はさもこそはといひながら、これは世になき程の猿楽(さるがく)なり。

堀河院の御時、内侍所(ないしどころ)の御神楽(みかぐら)の夜、仰(おほ)せにて、「今夜(こよひ)珍しからん事つかうまつれ」と仰せありければ、職事(しきじ)、家綱(いへつな)を召して、この由(よし)仰せけり。承りて、「何事をかせまし」と案じて、弟行綱(おとうとゆきつな)を片隅へ招き寄せて、「かかる事仰せ下さりたれば、我が案じたる事のあるは、いかがあるべき」といひければ、「いかやうなる事をせさせ給はんずるぞ」といふに、家綱がいふやう、「庭火(にはび)白く焚(た)きたるに、袴(はかま)を高く引き上げて細脛(ほそはぎ)を出(いだ)して、『よりによりに夜の更(ふ)けて、さりにさりに寒きに、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん』といひて、庭火を三めぐりばかり走りめぐらんと思ふ。いかがあるべき」といふに、行綱が曰(いは)く、「さも侍りなん。ただしおほやけの御前にて、細脛かき出(いだ)して、ふぐりあぶらんなど候(さぶら)はんは、便(びん)なくや候ふべからん」といひければ、家綱(いへつな)、「まことにさいはれたり。さらば異事(ことごと)をこそせめ。かしこう申し合せてけり」といひける。

殿上人(てんじゃうびと)など、仰(おほ)せを承(うけたまわ)りたれば、今夜(こよひ)いかなることをせんずらんと、目をすまして待つに、人長(にんちやう)、「家綱召す」と召せば、家綱出でて、させる事なきやうにて入りぬれば、上よりもその事なきやうに思(おぼ)し召す程に、人長また進みて、「行綱(ゆきつな)召す」と召す時、行綱まことに寒げなる気色(けしき)をして、膝(ひざ)を股(もも)までかき上げて、細脛(ほそはぎ)を出(いだ)して、わななき寒げなる声にて、「よりによりに夜の更(ふ)けて、さりにさりに寒きに、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん」といひて、庭火を十まわりばかり走りまはりたるに、上(かみ)より下(しも)ざまにいたるまで大方(おほかた)どよみたりけり。

家綱片隅に隠れて、「きやつに悲しう謀(はか)られぬるこそ」とて、中違(なかたが)ひて、目も見合せずして過ぐる程に、家綱思ひけるは、「謀られたるは憎けれど、さてのみやむべきにあらず」と思ひて、行綱にいふやう、「この事さのみぞある。さりとて兄弟の中違(なかたが)ひ果つべきにあらず」といひければ、行綱悦(よろこ)びて行き睦(むつ)びけり。

賀茂の臨時の祭りの還立(かへりだち)に御神楽(みかぐら)のあるに、行綱、家綱にいふやう、「人長召したてん時、竹台(ちくだい)のもとに寄りてそそめかんずるに、『あれはなんする者ぞ』と、囃(はや)い給へ。その時、『竹豹(ちくへう)ぞ、竹豹ぞ』といひて、豹のまねを尽さん」といひければ、家綱、「ことにもあらず、てのきは囃さん」と事うけしつ。さて人長立ち進みて、「行綱召す」といふ時に、行綱やをら立ちて、竹の台のもとに寄りて、這ひありきて、「あれは何(なに)するぞや」といはば、それにつきて、「竹豹」といはんと待つ程に、家綱、「かれはなんぞの竹豹ぞ」と問ひければ、詮(せん)にいはんと思ふ竹豹を先にいはれければ、いふべき事なくて、ふと逃げて走り入りにけり。

この事上まで聞(きこ)し召して、なかなかゆゆしき興(きよう)にてありけるとかや。さきに行綱に謀られたるあたりとぞいひける。           

現代語訳

これも今は昔、陪従とはこっけいな物まねをして人を笑わせる者とはいいながら、この家綱、行綱の兄弟は、世に比類のないほどの優れた猿楽者であった。

堀河院の御時、内侍所の御神楽の夜、「今夜は何か珍しい事を演じよ」との仰せがあったので職事が家綱を召して、この事を伝えた。家綱は承知して、「どんなものを演じようか」と思案して、弟の行綱を片隅へ招き寄せ、「このような事を仰せられたが、わしが考え付いたことがあるのだがどうか」と言うと、「どのようなことをしようと考えているのか」と言うので、家綱は、「庭火を明るく焚いた中で、袴を高く引き揚げ細脛を出して、『よりによりに夜の更けて、さりにさりに寒きに、ふりちゅう睾丸(ふぐり)を、ありちゅう炙(あぶ)らん』と言って、庭火を三回程走りめぐろうと思う。どうだろうか」と言うので、行綱が、「それもおもしろいでしょう。ただ、天皇や皇后の御前で、細脛をあらわにして睾丸(ふぐり)を炙ろうとするなどは具合がよくないでしょう」と言ったので、家綱は、「本当によく言ってくれた。では違うことをすることにしよう。 お前に相談してよかった」と言った。

殿上人たちは、仰せを承っていたので、今夜はどんなことをしてくれるのかと目をこらして待っていると、人長が「家綱召す」と呼び出すと、家綱が出て、たいして面白くもない所作をして、引っ込んでしまったので、堀河天皇をはじめとして期待外れだとお感じになられた。そこで、人長がまた進み出て、「行綱召す」と行綱を呼び出されると、行綱はまことに寒そうな様子をして、膝を股までかき上げ、細脛を露わにして、震えながら寒そうな声を出して、「よりによりに夜の更けて、さりにさりに寒きに、ふりちうふぐりを、ありちうあぶらん」と言って、庭火を10周程走り回ったので上座から下座にいたるまで、全員がやんやの喝采であった。

家綱は片隅に隠れて見ていたが、「あいつめにまんまと騙されてしまったわい」と、仲違いをし、それからは目も合わさぬようにして過ごした。しかしそのうちに、家綱は、「騙されたのは悔しいがこうして仲たがいしたままでいるわけにもいかないだろう」と思い、行綱に、「仲たがいしたにはそれ相当の訳があった。だからといって兄弟の仲違いを続けるべきではない」と言ったので、行綱も喜んで出かけて行って仲直りをした。

賀茂の臨時の祭りの後の還立で御神楽があった時に、行綱が、家綱に、「人長が召したてる時に、私は竹の台のもとに寄ってざわざわしますから、『あれは何をする者ぞ』と囃してください。その時、『竹豹(ちくひょう)ぞ、竹豹ぞ』と言って、豹の真似を手を尽してやってみます」と言ったので、家綱は、何でもないこと、手を尽して囃そう」と承知した。さて、人長が「行綱召す」と言う時に、行綱はやおら立ち上がり、竹の台のもとに寄って、這い回って、「あれは何をしているのか」と兄が言ったら、それに合わせて「竹豹」と言おうと待っていると、家綱が、「あれは何という竹豹か」と問うたので、自分が言おうと思っていた「竹豹」を先に言われたので、言うべきことが無くて、さっと逃げて走り込んでしまった。

この事を主上までお聞き及びになって、かえっておもしろがられたという事である。さきに行綱に騙された仕返しであったという。

語句

■陪従(べいじゆう)-宮中の内侍所の神楽や賀茂・石清水・春日社の祭りの際などに、舞人の下で管弦に従事し、時にはこっけいな物まねを演じた楽人(雅楽を演奏する人)。■さもこそは-そうしたものだ。すなはち「こっけいな演技で人を笑わせるのが仕事である」とはいうものの。「さもこそあはれ」の略。■猿楽(さるがく)-語源については、唐の「散楽(さんかく)」の音転とも、媛女(さるめ)の転、あるいは猿に扮した者の登場することによるなど諸説があるが、古くは手品や曲芸、即興的に演じるこっけいな所作・演技をいう。ここでは「猿楽者」の意。

■堀河院-第七十三代天皇(1079~1107)。白河天皇の第ニ皇子。在位二十二年。■内侍所(ないしどころ)-宮中の温明殿(うんめいでん)内の神鏡の安置所、賢所(かしこどころ)。毎年十二月の吉日にその庭前で神楽が行われた。■職事-蔵人頭及び五位・六位の蔵人の総称。■家綱(いへつな)-淡路、備後守、兵衛佐、従四位下藤原実範の子。蔵人、兵庫頭、信濃守、正五位下。■承りて-承知して。■何事をかせましと-何事をしようかと。■案じて-思案して。■行綱(ゆきつな)-家綱の弟、主殿頭。若狭、加賀、下野守を歴任。従四位下。■いかがあるべき-どうであろうか。■いかやうなる事をせさせ給はんずるぞ-どのようなことをなさろうとするのか。■庭火(にはび)-御神楽は夜に行われるので照明の為に庭上に焚くかがり火。■白く-明るく。■よりによりて云々-この囃子の文句に家綱は、「ふぐり(陰嚢)をあぶらん」を露骨に言わないための語飾の工夫をした。「よりによりに」、「さりにさりに」、「ふりちう」、「ありちう」は、それぞれの語頭語を引き出して、語調を調え、意味を強める囃子言葉。■三めぐり程-三まわりほど。■走りめぐらんと-走りまわろうと。■さも侍りなん-それもおもしろいでしょう。■おほやけ-天皇や皇后。■便なくや候ふべからん-(汚らわしい感じがして)具合がよくないでしょう。はばかりがありましょう。■まことにさいはれたり-本当によく言ってくれた。(考えてみればその通りだ)■異事をこそせめ-別の事をしよう。■かしこう申し合わせてけり-相談してみてよかった(とんだ恥をかくところだった)。

■殿上人-四位、五位及び六位の蔵人。■目をすまして-目をみはって、目を開けて注目して。目をこらして。■せんずらんと-しようとするのかと。■人長-宮中の御神楽の場合の舞人を取り仕切る長。近衛の官人の役目。■させる事なきやうにて入りぬれば-(行綱に相談してから後は名案が浮かばなかったか)これという人目をひくものがまるでない平々凡々たる所作をして、引っ込んで行くと。■上よりも-堀河天皇をはじめとして。■わななき寒げなる声にて-寒さに震えるわななき声にて。これは家綱の初案にはなかった、寒さを誇張して演じ手に対する観客の同情をひくための新たな工夫。

■きやつに云々-あいつめにまんまと騙されてしまったわいと(立腹して)。■さてのみやむべきにあらず-こうして仲たがいしたままでいるわけにもいかないだろう。■この事さのみぞある-仲たがいしたについては、それ相当のわけがあった。■悦びて云々-自分が家綱の妙案をまんまと横取りしたことが不仲の原因であったので、兄に対して敷居が高かっただけに、兄からの和解の申し出を、渡りに船と喜んだ。

■賀茂の臨時の祭り-賀茂の上下両社で十一月の下の酉(とり)の日に行われた祭。宇多天皇の寛平元年(889)の十一月から始まり、明治三年(1870)に廃止された。例祭は四月、中の酉の日。■還立(かへりだち)-宮中での試楽、宴会などの後、勅使は御幣を奉じて下社・上社へ参向。両社で、奉幣、東遊びの駿河舞、求子、走り馬の奉納をする。神事が終って内裏に帰った勅使の一行が天皇より酒宴を賜り、神楽が演じられたが、その歌舞をいう。■竹台-清涼殿の東庭に配置されている呉竹・河竹の台。■てのきは-「手の際」で、手を尽して、手の及ぶ限り、全力で、の意。■詮(せん)にいはんと-見物人をおもしろがらせるための眼目として言い立てようと。

■なかなかゆゆしき-(行綱が言葉に詰まったいきさつが分ったので)かえって。■あたり-仕返し、報復。                                                                     

備考・補足

■互いに相談し合いながらも、出し抜きあう油断のならないライバル同士の猿楽兄弟の話。『中右記』寛治七年(1093)十一月二十三日条に、家綱がめざましい演技を見せたこと、『今鏡』藤波の上に、行綱の失敗譚が見える。

朗読・解説:左大臣光永