宇治拾遺物語 5-8 実子(じつし)にあらざる子の事

原文

これも今は昔、その人の、「一定(いちぢやう)子とも聞えぬ人ありけり。世の人はその由(よし)を知りて、をこがましく思ひけり。その父と聞ゆる人失(う)せにける後、その人のもとに年比(としごろ)ありける侍(さぶらひ)の、妻(め)に具(ぐ)して田舎(ゐなか)へ往(い)にけり。その妻失(めう)せにければ、すべきやうもなくなりて京へ上(のぼ)りにけり。万(よろづ)あるべきやうもなく、便(たより)なかりけるに、「この子といふ人こそ、一定(いちぢやう)の由いひて親の家にゐたなれ」と聞きて、この侍(さぶらひ)参りたりけり。「故殿(こどの)に年比候(としごろさぶら)ひしなにがしと申す者こそ参りて候へ。御見参(けんざん)に入りたがり候ふ」といへば、この子、「さり事ありと覚ゆ。しばし候へ。御対面あらんずるぞ」といひ出だしたりければ、侍、「しおほせつ」と思ひてねぶりゐたる程に、近う召し使ふ侍出(い)で来(き)て、「御出居(でゐ)へ参らせ給へ」といひければ、悦(よろこ)びて参りにけり。この召し告ぎしつる侍、「しばし候(さぶら)はせ給へ」といひて、あなたへ行きぬ。

見参らせば、御出居(でゐ)のさま、故殿のおはしましししつらひに露(つゆ)変らず。御障子(みさうじ)などは少し古(ふ)りたる程にやと見る程に、中の障子引きあくれば、きと見上げたるに、この子と名のる人歩み出でたり。これをうち見るままに、この年比(としごろ)の侍(さぶらひ)さくりもよよと泣く。袖もしぼりあへぬ程なり。このあるじ、「いかにかくは泣くらん」と思ひて、ついゐて、「とはなどかく泣くぞ」と問ひければ、「故殿のおはしまししに違(たが)はせおはしまさぬがあはれに覚えて」といふ。さればこそ我も故殿には違はぬやうに覚ゆるを、この人々の、あらぬなどいふなる、あさましき事と思ひて、この泣く侍にいふやう、「おのれこそ殊(こと)の外(ほか)に老いにけれ。世の中はいかやうにて過ぐるぞ。我はまだ幼くて、母のもとにこそありしかば、故殿のありやうよくも覚えぬなり。おのれこそ故殿と頼みてあるべかりけれ。何事も申せ。またひとへに頼みてあらんずるぞ。まづ当時(たうじ)寒げなり。この衣(きぬ)着よ」とて、綿ふくよかなる衣(きぬ)一つ脱ぎて賜(た)びて、「今は左右(さう)なし。これへ参るべきなり」といふ。この侍、しおほせてゐたり。

昨日今日(きのふけふ)の者のかくいはんだにあり、いはんや故殿の年比の者のかくいへば、家主(いへぬし)笑みて、「この男(をのこ)の年比ずちなくてありけん。不便(ふびん)の事なり」とて、後見(うしろみ)召し出でて、「これは故殿のいとほしくし給ひし者なり。まづかく京に旅立ちたるにこそ。思ひはからひて沙汰(さた)しやれ」といへば、ひげなる声にて、「む」といらへて立ちぬ。この侍は、空事(そらごと)せじといふをぞ仏に申し切りてける。

さてこのあるじ、我を不定(ふぢやう)げにいふなる人々呼びて、この侍に事の子細(しさい)いはせて聞かせんとて、後見(うしろみ)召し出でて、「明後日(あさて)これへ人々渡らんといはるるに、さる様に引き繕ひて、もてなしすさまじからぬやうにせよ」といひければ、「む」と申して、さまざまに沙汰(さた)し設けたり。

この得手の人々、四五人ばかり来集(きあつま)りにけり。あるじ、常よりも引き繕ひて出であひて、御酒たびたび参りて後、いふやう、「吾(わ)が親のもとに年比生(お)ひ立ちたる者候ふをや御覧ずべからん」といへば、この集りたる人々、心地よげに顔さき赤め合ひて、「もともと召し出(いだ)さるべく候ふ。故殿(こどの)に候ひけるも、かつはあはれに候ふ」といへば、「人やある。なにがし参れ」といへば、一人(ひとり)立ちて召すなり。見れば、鬢禿(びんは)げたるをのこの六十余ばかりなるが、まみの程など、空事(そらごと)すべうもなきが、打ちたる白き狩衣(かりぎぬ)に、練色(ねりいろ)の衣(きぬ)の、さる程なり着たり。これは賜(たまは)りたる衣(きぬ)と覚ゆる。召し出(いだ)されて、事うるはしく扇を笏(しやく)に取りてうづくまりゐたり。

家主のいふやう、「やや、ここの父(てて)のそのかみより、おのれは生ひたちたる者ぞかし」などいへば、「む」といふ。「見えにたるか、いかに」といへば、この侍(さぶらひ)いふやう、「その事に候ふ。故殿には十三より参りて候ふ。五十まで夜昼離れ参らせ候はず。故殿の、小冠者小冠者と召し候ひき。無下(むげ)に候ひし時も御跡(あと)に臥(ふ)せさせおはしまして、夜中、暁、大壷(おほつぼ)参らせなどし候ひし。その時はわびしう、堪へがたく覚え候ひしが、おくれ参らせて後(のち)は、などさ覚え候ひけんと、くやしう候ふなり」といふ。あるじのいふやう、「そもそも一日(ひとひ)汝(なんぢ)を呼び入れたりし折、我、障子(しやうじ)を引きあけて出(いで)たりし折、うち見あげて、ほろほろと泣きしはいかなりし事ぞ」といふ。その時侍がいふやう、「それも別の事に候はず。田舎(ゐなか)に候ひて、故殿失(う)せ給ひにきと承りて、今一度参りて御有様をだにも拝み候はんと思ひて、恐れ恐れ参り候ひし。左右(さう)なく御出居(でゐ)へ召し出(いだ)させおはしまして候ひし。大方(おほかた)かたじけなく候ひしに、御障子を引きあけさせ給ひ候ひしをきと見あげ参らせて候ひしに、御烏帽子(ゑぼし)の真黒にて、先(ま)ずさし出でさせおはしまして候ひしが、故殿のかくのごとく出でさせおはせましたりしも、御烏帽子は真黒に見えさせおはしまししが、思ひ出でられおはしまして、覚えず涙のこぼれ候ひしなり」といふに、この集りたる人々も笑(ゑ)みを含みたり。またこのあるじも気色(けしき)かはりて、「さてまたいづくか故殿には似たる」といひければ、この侍、「その外は大方似させおはせましたる所はおはしまさず」といひければ、人々ほほゑみて、一人二人(ひとりふたり)づつこそ逃げ失(う)せにけれ。

現代語訳

これも今は昔、一応その人の子だとは名乗るが、間違いなく実子とは思われない人がいた。世間の人はそのわけを知っていて、ばかばかしいと思っていた。その人の父親と言われる人が亡くなった後、その父親に長年仕えていた侍が、妻とともに田舎に帰って行ったが、その後、その妻が亡くなったので、することもなくなって又京へ上って来た。生活の手立てを失って、つてもなかったので、この実子という人が「自分は確かに先代の殿の実子である」と主張して親の家に住み込んでいると聞いて、この侍はその家にやって来た。取次の者が、「亡くなられた殿さまに長年仕えていた何某というものが参っておりまして、お目にかかりたがっております」と伝えると、この子は、「そういうことがあったというのは聞いている。しばらく待たれよ。お会いしようぞ」と取り次ぎに言わせたので、、侍は「うまくいった」と思い、目をつぶって待っていると、若当主の近くに仕える侍が出て来て、「接見所へ来られよ」と言ったので、喜んで参上した。この取次の侍は「しばらく待たれよ」と言って、向こうへ出て行ってしまった。

侍が見回すと、接見所の様子は、亡くなった殿さまが生きておられた時のかまえとまったく変わっていない。障子などは少し古くなったかなと眺めているうちに、中の障子が引き開けられたので、驚いてふと見上げると、この子どもと名のる人が歩み出て来た。これを見るやいなや、この長年先代の当主に仕えていた侍はしゃくりあげ、おいおいと泣いた。袖も絞りかねる程である。この若当主は、どうしてこのように泣くのであろうかと思って、片膝をついて坐って、「これはまたどうしてこのように泣くのか」と問いかけると、「亡き殿のご生前にまったくそのままでいらっしゃるのが、じいんと胸にこたえまして」と言う。だからこそ、自分も、亡き父上には似ていなくはないと思っているのに、世の人々が、「似ていない」などと言っているらしいのは、まことに心外なことだと思って、この泣いている侍に向って言うのであった。「おまえも殊の外年をとったなぁ。今はどうして暮しているのか。自分はまだ幼くて、母のところにいたから、亡き父上の様子は、よく覚えてはいないのだ。今後は、おまえを亡き父上と思って頼みにしようぞ。何事でも申せ。お前をひたすら頼みにしようぞ。まず、さしあたって寒そうだ。この着物を着よ」と言って、綿がふっくら入った着物を一枚脱いで、お与えになり、「何も遠慮はいらない。当家へ来るがよい」と言った。この侍は、うまく調子を合わせていた。

昨日今日仕えた新参の者がこのように言うのでさえ嬉しいのに、ましてや亡き父上に仕えていた者がこのように言うので、主人はにこにこ顔で「この男は長年 暮らしに困っていたようだが、気の毒なことだ」と言って、後見役を呼び出し、「これは亡き父上が目をかけていた者だ、まずは、このように京まで旅をしてきたのだ。相談に乗って面倒を見れやれ」と言うと、控えめな低い声で「は」と答えて立って行った。一方この老侍は、嘘はつかないということを仏に誓っていた。
                           
その後、この主人は自分を実子ではないように言っている人たちを呼んで、この侍に事の子細を話させて聞かせようと、後見人を呼び出して、「明後日、ここへ客人がお出でになるそうだから、しっかり支度を調えて、もてなしに落ち度の無いようにせよ」と言ったので、「は」と言って、いろいろと手配をして準備をした。

若当主の親しい人たちが四五人ばかり集まって来た。主人はいつもより一段ととりすまして対面し、酒を何度か酌み交わした後、「私の父のもとに長年奉公した者がおりますが、お会いになられますか」と言うと、この集まった人たちは気持ちよさそうに顔を赤くし合って、「いかにもお呼びになるがよろしい。亡き殿にお仕えしていたというのもかたがた感慨深いことです」と言う。そこで、「誰かいないか。誰ぞ参れ」と言うと、一人が立ち上がり、かの侍を呼びだした。見ると、現れたのは鬢が禿げた六十ぐらいの男で、見受けたところ、嘘を言いそうでもない者が、つややかな白い狩衣に、淡黄色の上衣でかなり立派な物を着ていた。これは賜り物の着物と思われる。召し出されて、折り目正しく扇を笏(しゃく)のように構えて、平伏していた。

主人が、「これこれ、私の父の生前から、お前はここに長く暮らした者だな」と言うと、「は」と答える。「わたしの父上になんじは仕えていたのか、どうじゃ」と言うと、この侍は、「その事でございます。亡き殿には十三歳の時から仕えております。五十になるまで夜も昼も離れず、『小冠者小冠者』と召し使われました。まったくお話しにならないほどに若くて無経験だった時分にも、お足もとに寝かせられて、夜中や明け方に便器をさしあげなどいたしました。その時は辛く、堪えがたく思いましたが、お亡くなりになってしまってからは、どうして辛い、堪えがたいと思ったのだろうと口惜しゅうございます。」と言う。さらに主人が、「そもそも先日お前を呼び入れた折、自分が障子を開けて出た時、はっと見上げて、はらはらと泣いたのはどういうことか」と言う。その時、侍は、「それも特別な事ではございません。田舎に帰って、殿がお亡くなりになったのを聞き、今一度参って、せめて御屋敷の様子だけでも拝み申そうと、恐れ恐れ参ったのでございます。しかし、どうということもなくただちに接見所の方へお召し入れになられました。まったくありがたく存じましたが、御障子をお引き開けになられたのをふと見上げ申しましたら、御烏帽子が真黒で、それがさきにすうっと出ておいでになりましたが、亡き殿がこうして出ておいでになられた時も御烏帽子は真黒と拝見したのが思い出されまして、思わず涙がこぼれたのでございます」と言うと、この集まった人たちはにやにやしている。一方この主人は顔色を変えて、「さてまたどんなところが亡き父上には似ていたのか」と言うと、この侍は、「そのほかはまったく似ておいでになる所はございません」と言ったので、集まっていた人たちはくすくす笑いながら一人二人と退出してしまった。

語句

■一定-断じて、決定的に、確かに。■聞えぬ-思われない。■をこがましく-ばかばかしく。(どう考えてもそんなはずはないのに、自分は実子だと思い込んでいるらしいのが)。■聞ゆる-いわれる。■失せにけるのち-亡くなったのちに。■その人のもとに-当主の死んだ父親のもとに。■年比ありける-長年仕えていた。■妻に具して-妻とともに。■すべきやうもなくなりて-どうしようもなくなって。■万(よろづ)あるべきやうもなく-万事どうしようもなくて。生活の手立てを失って。■便りなかりけるに-つてもなかったので。■一定の由いひて-確かに先代の殿の実子であると主張して。■ゐたなれ-住んでいるそうだ。「ゐたるなれ」を「ゐたンなれ」と読み、「ン」の表記が脱落したもの。■年比候ひし-長年仕えていた。■故殿に云々-以下、取次の者の言葉。亡き殿さまに長年仕えておりました、かくかくと申す者が。■御見参に入りたがり候ふ-お目にかかりたがっております。■さり事あり-そういうこと、すなわち亡き父上に長年仕える者がいたということ■覚ゆ-聞いている。■しばし候へ-しばし待っていよ。■御対面あらんずるぞ-お会い下さろうぞ。■しおほせつ-(為果せつ)。為し遂げた。うまくいった。■ねぶりゐたる程に-目をつぶって座っていると。これからの首尾は多分うまくいくだろうと思っているらしい余裕のある様子。■出居(でゐ)-接客の間。寝殿造りで、母屋の外、南廂(みなみしょう)の間の中に設けられる。■参らせ給へ-参ってください。■召次しつる- 取次をした。■しばし候はせ給へ-しばらくお待ちください。■あなたへ-向こうへ。

■おはしましししつらひに-いらっしゃたころのかまえと。■露変らず-少しも変らない。■御障子(みさうじ)-間仕切りの襖、唐紙。■古りたる-古くなった。■きと-ふと。■うち見るままに-これを見るやいなや。■さくりもよよに泣く-しゃくりあげ、おいおい泣いた。■しぼりあへぬ-しぼりかねぬ。■いかにかくは泣くならん-どうしてこのように泣くのであろうか。■ついゐて-(侍の傍に近寄って)片膝をついて腰を下ろして。■とはなぞ-とはどうして、そのようにはどうして。「とは」は「こは」の誤りと見ることもできる。■故殿のおはしまししに云々-この侍は「故殿のおはしまししに」違わぬと言っているのであって、「故殿に」違わぬとは言っていないことに注意。微妙だが、これは後の伏線になる大切な点。■あらぬ-「しかあらぬ」で、そうではない、故殿には似ていない。■おのれ-おまえ。目下の相手を呼ぶ対称代名詞。■世の中はいかやうにて過ぐるぞ-世渡りはどのようにしているか。暮らしはどうしているか。■おのれこそ故殿と云々-おまえをこそ亡き父上と思って頼みにしようぞ。若当主は、孤立無援の中で、頼もしい味方を得て、有頂天になりつつあった。■またひとへに頼みてあらんずるぞ-お前をひたすら頼みにしようぞ。■当時-当面。さしあたって。■今は左右なし-もはやあれこれ遠慮することはない。若当主は頼もしい味方を邸内に住まわせたかった。■これへ-当家へ。■しおほせてゐたり-(訪れようとしたときの思惑通り)うまく取り入っていた。

■ずち(術)なくてありけん-どうにも不自由な暮らしをしていたらしいのは。ずいぶん貧乏をしていたようで。■ひげなる声-諸説「卑下鳴る声」とし、「相手を賤(いや)しんだような声で(大系、校注など)」「へりくだった声、うやうやしい声(新大系)」と二様に解釈している。返答の「む」には、本来不承不承という感じはないので、後者か。ただし「低げなる声」の誤写と見る説もある。■空事せじ-うそはつくまい。■申し切りてける-誓いを立てていた。

■不定げにいふなる-実子などではない、怪しいものだ言うような。■さる様に引き繕ひて-しっかり支度をととのえて。■もてなしすさまじからぬようにせよ-不興を買うことのないように接待せよ。

■この得手の人々-若当主の親しい人々。■常よりも引き繕ひて-普段よりも念を入れて衣装を立派にととのえて。今日こそ自分が実子であると証言され、これまでの負い目が一掃され、胸が張れるとの気負いの表れ。■御覧ずべからん-御覧になりましょうか。計算ずくの控えめな言い方。■かつはあはれに候ふ-(興味深くもあり)かたがた感慨深くなつかしくもあります。■まみの程など-目つきの具合などからすれば。見受けたところ。■空事すべうもなきが-嘘など言いそうにもない、正直そうに見える男が。先に「空事せじ」と仏に誓っていた、その決意のほどが表情にも表れていたことになる。■さるほどなる-かなり立派なものを。■打ちたる白き狩衣-砧(きぬた)で打って光沢を出した白い絹で作られた上等の狩衣。■練色の衣-淡黄色の上着の相当に上質の物を着ている。老侍を着飾らせて、いくらでも重々しく見せ、その証言への信頼感を高めようとの若当主の配慮。■これは賜りたる衣と覚ゆる-老侍が分不相応に高価な物を着ていることに対して抱いた招かれた一同の印象。■事うるはしく-折り目正しく。■扇を笏に取りて-扇を笏のように体の前に捧げ持って。礼儀正しい格好(かっこう)。

■やや-呼びかけの語。これこれ。やい。■ここの-わしの。■そのかみより-その当時から。■生ひたちたる者ぞかし-生い育った者なのだな。■見えにたるか。いかに-私の父上に汝は仕えていたのか。どうじゃ。■十三より参りて候ふ-十三からお仕えてしております。■離れ参らせ候はず-お離れ申し上げませんで。■小冠者小冠者-小冠者よ小冠者よ。「小」は親しみをこめる美称。「冠者」は、元服をして冠をつけた青少年。■召し候ひき-お召し使いになりました。■無下(むげ)に候ひし時も-まったくお話しにならないほどに若くて無経験だった時分にも。■御跡に-お足もとに。■などさ覚え候ひけんと-どうしてつらい、堪えがたいなどと思ったのであろうと(特別に目をかけていただいたことに思い及ばずに)。■あるじのいふやう云々-証人としての資格はこれでも十分だと見た若当主は、そろそろ故殿にそっくりだと言った老侍の先日の証言を一同の前で繰り返してもらおうと水を向ける。■一日(ひとひ)-先日。■ほろほろと-はらはらと。■失せ給ひきにと-お亡くなりになったと。■左右なく-とかくのこともなく、ただちに。■おほかた-まったく。■烏帽子-元服した男子のかぶり物。官位のあるものは平服の時に用い、無官の者は常用した。ところで、老侍の話の内容は、故殿と現当主が似ていたのは、襖を開けて出て来る時に、真黒な烏帽子から現れる様子であったというもので、若当主の思惑とは別の方向にそれつつあった。■覚えず-思わず。■笑(ゑ)みを含みたり-老侍の見当違いの証言と若当主の当惑ぶりを察して、思わず笑いだしそうになっていた。■さてまたいづくか故殿には似たる-さてそのほかには、どういうところが故殿に似ているか。■気色変りて-顔色が変って。■いづくか故殿には似たる-どこが亡くなった殿さまに似ているのか。■おほかた-まったく。■似させおはしましたる所おはしまさず-似ておいでになる所はおありになりません。■一人二人(ひとりふたり)づつこそ逃げ失せにけれ-客人たちは、招かれた手前もあり、若当主の心中と察すると、連れだっていっせいに退出するわけにもいかず、一人二人と目立たないようにこっそりと座を立った。

備考・補足

■亡き殿の実子では絶対にないと周囲の人々から見られている若い後継者が、早とちりから、故人に仕えていたという老侍の証言によって名誉挽回を図ろうとして、逆に墓穴を掘る事になってしまったという強烈な皮肉。

朗読・解説:左大臣光永