宇治拾遺物語 6-3 留志長者(るしちゃうじや)の事

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原文

今は昔、天竺(てんぢく)に、留志長者とて世に頼もしき長者ありける。大方(おほかた)蔵もいくらともなく持ち、頼もしきが、心の口惜(くちを)しくて、妻子にも、まして従者にも物食はせ、着する事なし。おのれ物のほしければ、人にも見せず、隠して食ふ程に、物の飽かず多くほしかりければ、妻にいふやう、「飯(いひ)、酒、くだ物どもなど、おほらかにして賜(た)べ、我に憑(つ)きて物惜(ものを)しまする慳貪(けんどん)の神祭らん」といへば、「物惜しむ心失はんとする、よき事」と悦(よろこ)びて、色々に調じて、おほらかに取らせければ、受け取りて、「人も見ざらん所に行きてよく食はん」と思ひて、行器(ほかゐ)に入れ、瓶子(へいじ)に酒入れなどして、持ちて出(い)でぬ。

「この木のもとには烏(からす)あり、かしこには雀(すずめ)あり」など選(え)りて、人離れたる山の中の木の陰に、鳥獣(とりけだもの)もなき所にて一人(ひとり)食ひゐたり。心の楽しさ、物にも似ずして、誦(ずん)ずるやう、「今曠野中(こんくわうやちゆう)、食飯飲酒大安楽(じきばんおんじゆだいあんらく)、猶過毘沙門天(いうくわびしやもんてん)、勝天帝釈(しようてんたいしやく)」。この心は、「今日(けふ)人なき所に一人ゐて、物を食ひ、酒を飲む。安楽なる事、毘沙門、帝釈にもまさりたり」といひけるを、帝釈きと御覧じてけり。

憎しと思(おぼ)しけるにや、留志長者が形に化(け)し給ひて、かの家におはしまして、「我、山にて、物惜しむ神を祭りたる験(しるし)にや、その神離れて、物の惜しからねば、かくするぞ」とて、蔵どもをあけさせて、妻子を始めて、従者ども、それならぬよその人々も、修行者(しゆぎやうしや)、乞食(こじき)にいたるまで、宝物(たからもの)などを取り出(いだ)して配り取らせければ、皆々悦(よろこ)びて分け取りける程にぞ、まことの長者は帰りたる。

倉どもみなあけて、かく宝どもみな人の取り合ひたる、あさましく、悲しさ、いはん方(かた)なし。「いかにかくはするぞ」とののしれども、我とただ同じ形の人出(い)で来(き)てかくすれば、不思議なること限りなし。「あれは変化(へんげ)の物ぞ。我こそ其(そ)よ」といへど、聞き入るる人なし。御門(みかど)に愁(うれ)へ申せば、「母上に問へ」と仰(おほ)せあれば、母に問ふに、「人に物くるるこそ我が子にて候(さぶら)はめ」と申せば、する方(かた)なし。「腰の程にははくそといふ物の跡ぞ候ひし。それをしるしに御覧ぜよ」といふに、あけて見れば、帝釈(たいしやく)それをまねばせ給はざらんやは。二人ながら同じやうに物の跡あれば、力なくて、仏の御許(もと)に二人ながら参りたれば、その時、帝釈、もとの姿になりて御前におはしませば、論じ申すべき方なしと思ふ程に、仏の御力にて、やがて須陀洹果(しゆだをんくわ)を証(しやう)したれば、悪(あ)しき心離れたれば、物惜(を)しむ心も失(う)せぬ。

かやうに帝釈は人を導かせ給ふ事はかりなし。そぞろに長者が財(ざい)を失はんとは何(なに)しに思(おぼ)し召さん。慳貪(けんどん)の業(ごふ)によりて地獄に落つべきを哀(あは)れませ給ふ御志によりて、かく構へさせ給ひけるこそめでたけれ。

現代語訳

今は昔、天竺に留守長者という世にも裕福な長者がいた。およそ、蔵をいくつも所有して、裕福であったが、心のほうは残念ながらけちくさくて、妻子にも、ましてや従者にも物を食わせたり、着物を着せたりする事もなかった。自分が何か食べたいときは、人にも見せず、隠して食うのであったが、ある時食べ物がむやみに欲しくなったので、妻に向って、「飯、酒、果物などをたっぷり用意してくれ。自分にとりついて物惜しみをさせる慳貪の神を祭るのだから」と言うと、「物惜しみをする心をなくそうとするのはいいことです」と喜んで、いろいろと調理して、どっさり用意してやると、長者はそれを受け取って、「人が見ていない所に行って存分に食おう」と思って、行器(ほかゐ)に食べ物を入れ、瓶子に酒などを入れ、それを持って出かけた。

「この木の根元に烏がいる、あすこには雀がいる」などと場所を選びながら、人里離れた山の中の木陰で、鳥や獣がいない所を見つけて一人で坐って食べていた。その楽しい事と言ったら、何にたとえようもなくて、「今曠野中(こんくわうやちゆう)、食飯飲酒大安楽(じきばんおんじゆだいあんらく)、猶過毘沙門天(いうくわびしやもんてん)、勝天帝釈(しようてんたいしやく)」と口ずさんだ。その心は、「今日は人もいない所に一人いて、物を食い、酒を飲む。安楽なる事、毘沙門天や帝釈天にも勝るものだ」というものであったが、それを帝釈天は天上からたしかに御覧になった。

そして、憎い奴だとお思いになったのであろうか、帝釈天は留志長者に姿を変えられ、長者の家へおいでになり、「自分は、山で、物を惜しむ神を祭った証であろうか、その神が離れて、物が惜しいとは思わなくなったので、こうするのだ」と言われて、多くの蔵を開けさせ、妻子を始めとして、従者達にも、その外のよその人々へも、修験者、乞食にいたるまで、蔵の中の宝物を取り出して配り与えたので、皆々喜んで分け受け取っていた。そこへ本物の長者が帰って来た。

見ると多くの蔵をみな開けて、こうして多くの宝物を皆、人が取り合っている。その驚き、悲しさは、いうべき言葉もない。「どうしてこんなことをするのだ」と騒ぎ立てるが、自分とまるで同じ姿をした人が出て来てこうするので、どうにも不思議でならない。「あれは変化の物ぞ。我こそ本物の留志長者だ」と言うが、聞き入れる人もいない。国王に訴え出ると、「母上に問え」と仰せがあったので、母に問うと、「人に物を与えている者こそ我が子でありましょう」と言うので、どうしようもない。さらに、「我が子には腰のあたりにほくろの跡がございます。それを証拠として御覧ください」と言うので、着物の腰の辺りを開いてみると、帝釈天ともあろうお方が、それを真似なされないはずもない。二人とも同じようにちゃんとほくろの跡があるので、どうしようもなく、仏の所に二人そろって参上すると、その時、帝釈は元の姿になって御前におられたので、これではもう何も申し上げることはできないと思っていると、仏の御力にて、すぐに主陀洹果を証して、長者は悟りの境地に入る事が出来たのでの悪い心が離れ、物を惜し心もなくなった。

このように帝釈天は人をお導きになること、計り知れない。むやみに長者に財を失わせようとは思ってはおられない。物を惜しむ欲深の悪業によって地獄に落ちるところを哀れに思うお気持ちから、このように取り計らわれたことはまことにありがたいことである。

語句

■天竺-古インドの呼称。■留志長者-「盧至長者因縁経」(法苑珠林)、『今昔』巻三~二二は、「盧至」とする。■世に頼もしき-まことにゆたかな。■大方-およそ。■心の口惜しくて-心のほうは残念ながらけちくさくて。■おのれ-自分。■物の飽かず多くほしかりければ-食べ物がむやみに多く欲しくなったら。■おほらかに賜べ-たっぷりと用意して。■憑きて-とりついて。■物惜しまする-もの惜しみをさせる。■慳貪の神-やたらにけちで欲深い神。その神を祭って、とり憑いている自分から抜け出して行ってほしいとお願いしてみようということ。■失はんとする-なくそうとする。■調(てう)じて-ととのえて。■とらせければ-与えたので。■行器(ほかゐ)-食べ物を他所へ運ぶのに用いる弁当箱のような容器。円筒型で三脚と蓋がある。■瓶子-酒を入れる小徳利。

■選(え)りて-選んで。■物にも似ずして-何にたとえようもなくて。■誦(ずん)ずるやう-口ずさむには。■毘沙門天-多聞天とも。仏法の守護神たる四天王の一つ。北方の守護に当り、夜叉・羅刹(らせつ)を統御し、福徳を施す。■帝釈-帝釈天。十二天の一つ。諸天の帝王で卓抜な力を持つ。天空の神、また東方の守護神。■きと御覧じてけり-たしかに御覧になった。

■化(け)し給ひて-お化けになって。■おはしまして-おいでになり。■惜しからねば-惜しくなくなったので。■かくするぞ-こうするのだ。■それならぬ-その外の。■配り取らせければ-配り与えたので。■あさましく-あきれたさまで。■いかにかくはするぞ-どうしてこのようにするのか。■ののしれども-騒ぎ立てるが。■変化の物-人間でないものが、人間に姿を変えて現れたもの。化け物。■我こそ其(そ)よ-自分こそ本物(の留志)よ。■聞き入るる人なし-信ずる者はいなかった。■御門-国王の日本的な表現。■ははくそ-「ははくろ」とも。ほくろ・あざの類。■申せば-お訴え申すと。■我が子にて候はめ-我が子でありましょう。■する方なし-どうしようもない。■しるし-証拠。■帝釈それを云々-帝釈天ともあろう者が、それを真似ないはずがない、と万事お見通しの帝釈天の神通力の絶大さを強調してみせた。■二人ながら-二人そろって。■力なくて-しようがなくて。■論じ申すべき方なしと思ふ程に-これではもう何も申し上げることはできないと思っていると。■やがて-すぐに。■須陀洹果(しゆだをんくわ)-小乗(人々を悟りに導き救済するのでなく、自己の解脱(げだつ)を重視する仏教の流派)の僧が得る事のできる四種の悟りの中の初級のもので。初めて煩悩を脱し得た境地。最高級の境地は阿羅漢果と呼ばれる。■証したれば-証拠を得たので。■失せぬ-なくなった。

■導かせ給ふ事はかりなし-お導きになることははかりしれない。■そぞろに-何の理由や考えもなしに。むやみに。■失はんとは-失くそうとは。■何しにおぼしめさん-どうしてお思いになるだろうか。■堕つべきを-堕ちなければならないのを。■かく構へさせ給ひけるこそめでたけれ-このようにおはからいになったのはありがたいことだ。

備考・補足

■主人公の留志長者は自分の貪欲ぶりを自覚しており、またそれが改めねばならぬ性向だということを承知しながらも、なお欲望に駆られて生きている。そういう設定故に彼の吝嗇(りんしょく)<極度に物惜しみすること。けち。>ぶりが活写され、調子にのって毘沙門天や帝釈天の名を引き合いに出すくだりをも無理なく読ませてしまう。
実は帝釈天の憤慨と報復は、留志の堕地獄を救う方便であったというまとめ方は牽強付会(けんきょうふかい)<都合の良いように無理に理屈をこじつけること>な印象を与えもするが、その枠組みの堅苦しさをさほどに感じさせない語り口に救いがある。

朗読・解説:左大臣光永