宇治拾遺物語 6-4 清水寺(きよみずでら)二千度参り、双六(すぐろく)に打ち入るる事

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原文

今は昔、人のもとに宮仕えしてある生侍(なまさぶらひ)ありけり。する事のなきままに、清水へ人まねして、千日詣(せんにちまうで)を二度したりけり。その後いくばくもなくして、主(しゆう)のもとにありける同じやうなる侍と双六を打ちけるが、多く負けて、渡すべき物なかりけるに、いたく責めれば、思ひわびて、「我持ちたる物なし。只今貯(ただいまたくは)へたる物とては、清水に二千度参りたる事のみなんある。それを渡さん」といひければ、傍(かたは)らにて聞く人は、謀るなりと、をこに思ひて笑ひけるを、この勝ちたる侍、「いとよき事なり。渡さば得ん」といひて、「いな、かくては請け取らじ。三日して、この由(よし)を申して、おのれ渡す由の文書きて渡さばこそ請け取らめ」といひければ、「よき事なり」と契(ちぎ)りて、その日より精進(しやうじん)して、三日といひける日、「さは、いざ清水へ」といひければ、この負侍(まけさぶらひ)、この痴者(しれもの)にあひたると、をかしく思ひて、悦(よろこ)びてつれて参りにけり。いふままに文書きて、御前にて師の僧呼びて、事の由(よし)申させて、「二千度参りつる事、それがしに双六(すぐろく)に打ち入れつ」と書きて取らせければ、請け取りつつ悦びて、伏し拝みまかり出でにけり。

その後(のち)、いく程なくして、この負侍、思ひかけぬ事にて捕へられて人屋(ひとや)にゐにけり。取りたる侍は、思いかけぬ便りある妻まうけて、いとよく徳つきて、司(つかさ)などなりて、頼もしくてぞありける。

「目に見えぬ物なれど、まことの心を致して請け取りければ、仏、哀(あはれ)れと思(おぼ)しめしたりけるなめり」とぞ人はいひける。

現代語訳

今は昔、ある人の所に宮仕えをしている若い侍がいた。何もする事がないので、清水へ人の真似をして、清水寺への千日詣でを二度も行った。その後、いくらもたたないうちに、同じ御主人に仕えていた同じような侍と双六遊びをしたが、ひどく負けて、相手に渡すものが何も無くなった時、激しく催促されたので、思い悩んで、「自分はもう持っている物が無い。今、手持ちとしては、清水に二千度参拝したという功徳だけだ。それを渡そう」と言った。傍らにいてこれを聞いた人は、騙すのだと馬鹿らしく思って笑ったので、この双六に勝った侍は「それは大いに結構だ。。渡すならもらおう」と言って、「いや、このままでは受け取るまい。三日精進して、この事情を神仏に申し上げて、お前が千日詣での功徳を譲渡するという証文を書いてくれるならその時受け取ろう」と言ったので、「結構だ」と約束をして、その日から精進して三日経った日に、勝った侍が「では、さあ、清水へ」言ったので、この負けた侍は、「うまい愚か者に会ったものよ」と笑いたい気持ちを抑えて喜んで連れだって清水へ参拝した。言う通りに証文を書いて、仏の御前に師の僧を呼んで、事の次第を話してもらい、「二千度お参りした事、それをこれこれの者に双六の懸物として譲り渡した」と書いて与えたので、相手はそれを受け取りながら喜んで、伏し拝み退去したのだった。

その後、まもなく、この負け侍は、思いがけない事で捕らえられて獄舎に入れられた。証文をもらった侍は、思いがけず生活に恵まれた妻を娶り、たいそう運が向いて、裕福な身となり、任官などして豊かな暮らしをする事になった。

「目に見えない物ではあるが、まことに信心する心を持って、受け取ったので、仏も、感心とお思いになられたのであろう」と人々は言い合った。

語句

■清水寺-京都市東山区の音羽山清水寺。延暦十七年(798)、坂上田村麻呂の創建で、本尊は十一面観音。■生侍-官位などの低い侍。年の若い侍。■千日詣-寺社に千日すなわち千回参詣して、願の実現を祈る事。■いくばくもなくして-いくらもたたないうちに。■双六(すぐろく)-盤上遊戯。「すごろく」とも。インドから中国を経て渡来したとされる。すでに『日本書紀』持統三年(689)十二月条に双六を禁じた記事が見え、わが国への伝来の歴史は古い。『和名抄』によれば、盤を挟んで対座し、盤上にそれぞれ白または黒の十二の駒を並べ、竹筒に入れた二つの賽(さい)を振り、出た目の数によって駒を動かし、敵陣に攻め込んで勝負を競ったもの。■いたく責めければ-はげしく催促したので。■思ひわびて-思い悩んで。■謀るなりと-だますのだと。■をこに思ひて-ばからしく思って。■渡さば得ん-渡すならばもらおう。■いな-いや。■かくては請け取らじ-このままでは受け取るまい。■おのれ渡す由の文書きて-お前が私に千日詣の功徳を譲渡するという証文を書いて。■精進-魚肉を口にせず、菜食を続け、酒を慎み、心身を清め保つ事。■三日といひける日-三日たった日に。■さわ-それでは。■いざ-さあ。■この痴者にあひたると-この(願ってもない)愚か者もいたものだと。類話の『古本説話集』下五七は「烏滸(をこ)の痴れ者」とする。■御前にて-御本尊の観世音菩薩の御前で。■それがしに云々-誰それに(と名前を明記して)双六の賭物として譲渡した。■まかり出でにけり-退出して行った。

■人屋-獄舎。左京、右京にそれぞれ設けられていた。■便りある-①良い手蔓を持った妻、②家付きであるなど生活上の好手段を持った妻、の両義にとれるが、ここは②の意味にとっておく。頼りになる。■まうけて-めとって。■司などなりて-任官などして。■頼もしくてぞ-諸本「楽しくて」。それならば、裕福な暮らしをして、の意。■哀れ-■思し召したりけるなめり-お思いになったのであろう。

備考・補足

■信仰心の有無による因果の明暗を明白に示した清水の観音霊験譚。することのないままに人まねをして二度の千度参りをした「負け侍」には、もともと信仰心がなかったから、二千度参りの功徳を譲られたいという「勝ち侍」を愚か者と軽蔑するが、それは清水への蔑辱行為でもあった。それゆえ、彼は清水観音に報復されたわけである。一方が「思いがけぬ事」で入牢し、他方が「思いがけぬ妻」に恵まれて立身するという語られ方も、両者の運命に清水観音の力が介在したことがうかがわれよう。

■博打の賭け物に、観音参りの功徳をゆずりうけるのは、まことに馬鹿げたことと思われるが、誠の心さえ持っていれば、仏の利益をこうむるものと信じられたのである。

■清水寺の観音は、古くから妻観音と呼ばれており、この観音を信ずる者は、よい妻に恵まれると信じられていた。ここでも賭けに勝った侍が、よい妻をめとったというのは、その霊験にふさわしいものであったといえよう。

朗読・解説:左大臣光永


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