宇治拾遺物語 6-8 帽子の叟(そう)、孔子と問答の事 

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原文

今は昔、唐(もろこし)に孔子、林の中の岡だちたるやうなる所にて逍遥(せうえう)し給ふ。我は琴を弾(ひ)き、弟子どもは書(ふみ)を読む。ここに、舟に乗りたる叟(そう)の帽子したるが、舟を葦につなぎて陸(くが)にのぼり、杖(つゑ)をつきて、琴の調べの終るを聞く。人々あやしき者かなと思へり。この翁(おきな)、孔子の弟子どもを招くに、一人の弟子招かれて寄りぬ。翁曰(いは)く、「この琴弾き給ふは誰(たれ)そ。もし国の王か」と問ふ。「さもあらず」といふ。「さは国の大臣か」、「それにもあらず」。

「さは国の司か」、「それにもあらず」。「さは何ぞ」と問ふに、「ただ国の賢き人として政をし、悪しき事を直し給ふ賢人なり」と答ふ。翁あざ笑ひて、「いみじき痴者かな」といひて去りぬ。

御弟子不思議に思ひて、聞きしままに語る。孔子聞きて、「賢き人にこそあなれ。とく呼び奉れ」。御弟子走りて、今舟漕ぎ出づるを呼び返す。呼ばれて出で来たり。孔子のたまはく、「何わざし給ふ人ぞ」。翁の曰く、「させる者にも侍らず。ただ舟に乗りて、心をゆかさんがために、まかり歩くなり。君はまた何人ぞ」。「世の政を直さんために、まかり歩く人なり」。翁の曰く、「きはまりてはかなき人にこそ。世に影を厭(いと)ふ者あり。晴れに出でて離れんと走る時、影離るる事なし。陰にゐて心のどかに居(を)らば、影離れぬべきに、さはせずして、晴に出でて離れんとする時には、力こそ尽くれ、影離るる事なし。また犬の屍(しかばね)の水に流れて下る。これを取らんと走り者は、水に溺れて死ぬ。かくのごとくの無益の事をせらるるなり。ただ然るべき居所占めて一生を送られん、これ今生の望みなり。この事をせずして、心を世に染めて騒がるる事は、きはめてはかなき事なり」といひて、返答も聞かで帰り行く。舟に乗りて漕ぎ出でぬ。孔子その後ろを見て、二度拝みて、棹の音せぬまで拝み入りてゐ給へり。音せずなりてなん車に乗りて帰り給ひにける由(よし)、人の語りしなり。

現代語訳

今は昔、唐の孔子が林の中の丘のようになった小高い所で散歩なさっていた。自分は琴を弾き、弟子たちは書物を読んでいた。そこへ、舟に乗って帽子を被った翁が、その舟を葦につないで陸にあがり、杖をついて、琴の調べの終わるのを聞いていた。人々はその翁の様子を見て、変な奴だなと思っていた。この翁が孔子の弟子たちを手招きするので、一人の弟子が近寄って行った。すると、翁が、「この琴を弾いておられるのはどなた様ですか。もしや国王では。」と尋ねる。弟子は「そうではありません」と答える。「では、わが国の大臣か」、「いやそれでもありません」。

「では国の役人か」、「それでもありません」。「では何者か」と尋ねると、「ただ国の賢人として政治を行い、悪い政道をお直しになる賢人であられます」と答えた。これを聞いた翁はあざ笑って、「ひどい愚か者め」と言って去った。

弟子は不思議に思って、翁から聞いた通りの事を孔子に語った。すると、孔子はこれを聞いて、「その人こそ賢人であったのだ。すぐに呼び戻し申しあげよ」と弟子に指示すると、弟子は走って行き、今まさに舟を漕ぎ出そうとしている翁を呼び返した。呼ばれて翁は戻って来た。孔子が翁に向って言われる。「何をなさるお人か」。翁が言う。「名のるほどの者ではない。ただ舟に乗って、気晴らしのために歩きまわる者です。ところで貴方様はどなたですか」。「世の政を正すために歩きまわる者です」。翁が言う。「なんとあきれはてた愚かな人よ。世の中に影法師を嫌う者がいる。日向(ひなた)に出て影から離れようと走る時、影が離れることはない。しかし、日陰に坐って心おだやかにしていれば、影が離れる事はないだろうに、そうはせず、日向(ひなた)に出て離れようとする時は、力が尽きるかも知れないが、離れる事はない。また犬の屍が水に流されて下って行く。これを拾おうして水の中を走る者は、水に溺れて死ぬ。このような無益な事を貴方はなさっているのじゃ。ただ自分にふさわしい居所を定めて一生を送られるというのが、現世での願である。この事をしないで、心を世間の事に移して騒がれる事は、きわめてつまなぬ事じゃ」と言って、返答も聞かずに立って行き、舟に乗って漕ぎ出した。孔子はその後姿を見て、二度拝み、棹の音が聞えなくなるまで念入りに拝んで坐っておられたが、音がしないようになってから初めて車に乗ってお帰りになられたと、弟子の一人が語ったのであった。

語句

■孔子-中国、春秋時代の思想家(前551~同479)。儒家の祖師。名は丘、字は仲尼。魯の国の昌平郷に生れ、仁の思想による徳治主義を説く。その言行は『論語』に詳しい。初め、魯に仕え、以後、三十年間に渡って諸国を遊説するが、どの国にも定着できず、晩年再び魯に戻る。晩年の編書に六径(きょう)<易経、書経、詩経、春秋、礼記、周礼または楽記>がある。■叟(そう)-翁、年寄り。■帽子したるが-帽子をかぶった者が。■岡だちたるやうなる所-丘のようになった小高い所。■逍遥-あちこちをぶらぶら歩くこと。散歩。そぞろ歩き。■一人の弟子云々-『荘子』では、子貢と子路という孔子の二人の弟子が手招きされてそばへ行き、二人が交互に返答したとする。■さもあらず-そうではありません。

■司-「司人」つまり官職にある人、官吏、役人。■いみじき痴れ者-ひどい馬鹿者。『今昔』巻10-10話は、「此レ極メタル鳴呼(をこ)ノ人也」とする。

■させる者にも侍らず-名のるようなたいした者ではありません。■心をゆかさんがために-気晴らしのために。■世の政を直さんために-世の中の政治を正さんとするために。『今昔』では、「己ノレハ世ノ庁(まつりごと)ヲ直(ただ)シ、悪(あ)シキ事ヲ止(とど)メ、善(よ)キ事ヲ行ハムガ為ニ」とする。■はかなき人-取るにたらない人。ここでは無益な事をする人。■世に影を厭うふ者あり-以下の叙述は、『荘子』雑篇「漁夫」には「人ノ影ヲ畏レ迹ヲ悪ンデ之ヲ去リテ走ル者アリ。足ヲ挙グルコトイヨイヨ数ニシテ、迹イヨイヨ多ク、走ルコトイヨイヨ迅クシテ、影身ヲ離レズ。自ラ以為、尚遅シト。迅ク走リテ休マズ、力ヲ絶チテ死ス。陰ニ拠リテ以テ影ヲ休メ、静ニ拠リテ迹ヲ息ムルヲ知ラズ。愚モ亦甚シキカナ」(原漢文)と見える。この趣旨を要約したもの。■返答も聞かで云々-『今昔』では、老人はこの後に、「我が身の三楽」を述べて去る。なお、そこには、「此ノ翁ノ名ヲバ栄啓期(ようけいご)トナム人ノ語リ伝へタルトヤ」と見える。■犬の屍-『荘子』雑篇「漁夫」には、この犬の屍の例は見えない。

備考・補足

■本話の一つの典拠と考えられる『荘子』の該当箇所では、孔子と漁夫との問答を軸に弟子らが配せられ、虚礼を去って精誠にいたるべきことが説かれる。本書巻第五ノ十二話(最終話)も『荘子』を出典とするが、そこでも孔子は盗賊の首領から強烈に批判されている。

朗読・解説:左大臣光永