宇治拾遺物語 6-9 僧伽多(そうきやた)、羅刹国(らせつのくに)に行く事 

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原文

昔、天竺(てんぢく)に僧伽多(そうきやた)といふ人あり。五百人の商人(あきびと)を舟に乗せて、かねのつへ行くに、にはかに悪(あ)しき風吹きて、舟を南の方(かた)へ吹きもて行く事、矢を射るがごとし。知らぬ世界に吹き寄せられて、陸(くが)に寄りたるを、かしこき事にして、左右(さう)なくみな惑ひおりぬ。しばしばかりありて、いみじくをかしげなる女房十人ばかり出(い)で來(き)て、歌をうたひて渡る。知らぬ世界に来て、心細く覚えつるに、かかるめでたき女どもを見つけて、悦(よろこ)びて呼び寄す。呼ばれて寄り来ぬ。近(ちか)まさりして、らうたき事物にも似ず。五百人の商人(あきびと)目をつけて、めでたがる事限りなし。

商人、女に問うて曰(いは)く、「我ら宝を求めんために出でにしに、悪しき風にあひて知らぬ世界に来たり。堪へがたく思ふ間(あひだ)に、人々の御有様を見るに、愁(うれ)ひの心みな失(う)せぬ。今はすみやかに具(ぐ)しておはして我らを養ひ給へ。舟はみな損じたれば、帰るべきやうなし」といへば、この女ども、「さらば、いざさせ給へ」といひて、前に立ちて導きて行く。家に着きて見れば、白く高き築地(ついぢ)を遠く築(つ)きまはして、門をいかめしく立てたり。その内(うち)に具して入りぬ。門の錠をやがてさしつ。内に入りて見れば、さまざまの屋(や)ども隔て隔て作りたり。男一人もなし。

さて商人ども、皆々とりどりに妻(つま)にして住む。かたみに思ひ合ふ事限りなし。片時(へんし)も離(はな)るべき心地せずして住む間、この女、日ごとに昼寝をする事久し。顔をかしげながら、寝入るたびに少しけうとく見ゆ。僧伽多(そうきやた)。このけうときを見て、心得ずあやしく覚えければ、やはら起きて方々(かたかた)を見れば、さまざまの隔て隔てあり。ここに一つの隔てあり。築地(ついじ)を高く築きめぐらしたり。戸に錠を強くさせり。そばより登りて内を見れば、人多くあり。あるいは死に、あるいはによふ声す。また白き屍(かばね)、赤き屍多くあり。僧伽多、一人(ひとり)の生きたる人を招き寄せて、「これはいかなる人の、かくてはあるぞ」と問ふに、答えて曰(いは)く、「我は南天竺(なんてんぢく)の者なり。商(あきな)ひのために海を歩(あり)きしに、悪(あ)しき風に放たれて、この嶋(しま)に来たれば、世にめでたげなる女どもにたばかられて、帰らん事も忘れて住む程に、産みと産む子はみな女なり。限りなく思ひて住む程に、また異商人(ことあきびと)、舟より来ぬれば、もとの男をばかくのごとくして、日の食にあつるなり。御身どももまた舟来なば、かかる目をこそは見給はめ。いかにもして、とくとく逃げ給へ。この鬼は昼三時(みとき)ばかりは昼寝をするなり。この間よく逃げば逃ぐべきなり。この築(つ)かれたる四方は鉄(くろがね)にて固めたり。その上よをろ筋(すじ)を断(た)たれたれば、逃ぐべきやうなし」と、泣く泣くいひければ、「あやしとは思ひつるに」とて帰りて、残りの商人どもにこの由(よし)を語るに、皆あきれ惑ひて、女の寝たる隙(ひま)に、僧伽多を始めとして浜へみな行きぬ。

遥(はる)かに補陀落(ふだらく)世界の方(かた)へ向ひて、もろともに声をあげて観音を念じけるに、沖の方(かた)より大(おほ)きなる白馬、波の上を泳ぎて、商人らが前に来て、うつぶしに伏しぬ。「これ念じ参らする験(しるし)なり」と思ひて、ある限りみな取りつきて乗りぬ。さて女どもは寝起きて見るに、男ども一人もなし。「逃げぬるにこそ」とて、ある限り浜へ出でて見れば、男みな葦毛(あしげ)なる馬に乗りて海を渡りて行く。女ども、たちまちにたけ一丈ばかりの鬼になりて、十四五丈高く躍(をど)り上りて叫びののしるに、この商人の中に、女の世にありがたかりし事を思ひ出づる者一人ありけるが、取りはづして海に落ち入りぬ。羅刹奪(らせつば)ひしらがひて、これを破り食ひけり。さてこの馬は、南天竺(なんてんぢく)の西の浜にいたりて伏せりぬ。商人ども悦びておりぬ。その馬かき消(け)つやうに失(う)せぬ。

僧伽多深く恐ろしと思ひて、この国に来て後(のち)、この事を人に語らず。二年を経て、この羅刹(らせつ)女の中に僧伽多が妻にてありし、僧伽多が家に来たりぬ。見しよりもなほいみじくめでたくなりて、いはん方(かた)なく美しく、僧伽多にいふやう、「君をば、さるべき昔の契(ちぎ)りにや、殊に睦(むつ)ましく思ひしに、かく捨てて逃げ給へるはいかに思(おぼ)すにか。我(わ)が国には、かかるものの時々出(い)で来(き)て人を食ふなり。されば錠をよくさし、築地(ついぢ)を高く築(つ)きたるなり。それに、かく人の多く浜に出でてののしる声を聞きて、かの鬼どもの来て、怒れるさまを見せて侍りしなり。敢(あ)へて我らがしわざにあらず。帰り給ひて後、あまりに恋しく悲しく覚えて、殿は同じ心にも思さぬにや」とて、さめざめと泣く。

おぼろけの人の心には、さもやと思ひぬべし。されども僧伽多大きに瞋(いか)りて、太刀(たち)を抜きて殺さんとす。限りなく恨みて、僧伽多が家を出でて内裏(だいり)に参りて申すやう、「僧伽多は我(わ)が年比(としごろ)の夫なり。それに我(われ)を捨てて住まぬ事は、誰(たれ)にかは訴(うた)へ申し候(さぶら)はん。帝皇(みかど)これを理(ことわ)り給へ」と申すに、公卿(くぎやう)、殿上人(てんじやうびと)これを見て、限りなくめで惑わぬ人なし。帝(みかど)聞し召して、覗(のぞ)きて御覧ずるに、いはん方(かた)なく美し。そこばくの女御(にようご)、后(きさき)を御覧じ比ぶるに、みな土くれのごとし。これは玉のごとし。「かかる者に住まぬ僧伽多が心いかならん」と思し召しければ、僧伽多を召して問はせ給ふに、僧伽多申すやう、「これはさらに御内(みうち)へ入れ見るべき者にあらず。返す返す恐ろしき者なり。ゆゆしき僻事(ひがごと)出で来候はんずる」と申して出でぬ。

帝この由(よし)聞し召して、「この僧伽多はいひがひなき者かな。よしよし、後(うし)ろの方(かた)より入れよ」と、蔵人(くらうど)して仰(おほ)せられければ、夕暮れ方に参らせつ。帝近く召して御覧ずるに、けはひ、姿、みめ有様、香(かう)ばしく懐かしき事限りなし。さて二人臥(ふたりふ)させ給ひて後(のち)、二日三日まで起きあがり給はず。世の政(まつりごと)をも知らせ給はず。僧伽多参りて、「ゆゆしき事出で来たりなんず、あさましきわざかな。これはすみやかに殺され給ひぬる」と申せども、耳に聞き入るる人なし。かくて三日になりぬる朝、御格子(みかうし)もいまだあがらぬに、この女夜(よる)の御殿(おとど)より出でて、立てるを見れば、まみも変りて、世に恐ろしげなり。口に血つきたり。しばし世の中を見まはして、軒より飛ぶがごとくして雲に入りて失(う)せぬ。人々この由申さんとて、夜(よる)の御殿(おとど)に参りたれば、御帳(みちやう)の中より血流れたり。あやしみて御帳の中を見れば、赤い首(かうべ)一つ残れり。その外(ほか)は物なし。さて、宮の内、ののしる事たとへん事なし。臣下男女、泣き悲しむこと限りなし。

御子の春宮(とうぐう)、やがて位につき給ひぬ。僧伽多(そうきやた)を召して、事の次第を召し問はるるに、僧伽多申すやう、「さ候(さぶら)へばこそ、かかる者にて候へば、すみやかに追ひ出(いだ)さるべきやうを申しつるなり。今は宣旨(せんじ)を蒙(かうむ)つて、これを討ちて参らせん」と申すに、「申さんままに仰(おほ)せ給(た)ぶべし」とありければ、「剣(つるぎ)の太刀(たち)はきて候はん兵(つはもの)百人、弓矢帯(たい)したる百人、早舟に乗りて出(いだ)し立てらるべし」と申しければ、そのままに出(いだ)し立てられぬ。

僧伽多この軍兵(ぐんぴやう)を具(ぐ)して、かの羅刹(らせつ)の嶋(しま)へ漕(こ)ぎ行きつつ、まづ商人(あきびと)のやうなる者を十人ばかり浜におろしたるに、例のごとく玉の女ども、うたひを謡(うた)ひて来て、商人をいざなひて、女の域へ入りぬ。その尻(しり)に立ちて二百人の兵(つはもの)乱れ入りて、この女どもを打ち斬(き)り、射るに、しばしは恨みたるさまにて、あはれげなる気色(けしき)を見せけれども、僧伽多大(おほ)きなる声を放ちて、走りまはって掟(おき)てければ、その時、鬼の姿になりて、大口をあきてかかりけれども、太刀にて頭(かうべ)をわり、手足を打ち斬りなどしければ、空を飛びて逃ぐるをば弓にて射落(いおと)しつ。一人(ひとり)も残る者なし。家には火をかけて焼き払ひつ。むなしき国となし果てつ。

さて帰りて、おほやけにこの由(よし)申しければ、僧伽多にやがてこの国を賜(た)びつ。二百人の軍兵(ぐんぴやう)を具して、その国にぞ住みける。いみじくたのしかりけり。今は僧伽多が子孫、かの国の主にてありとなん申し伝へたる。

現代語訳

昔、天竺に僧伽多という人がいた。五百人の商人を舟に乗せて、金の津へ向って行ったが、その途上、突然暴風が吹いて舟をぐんぐん南の方へ吹き寄せて行った。まるで矢を射るような速さであった。見知らぬ土地に吹き寄せられ、陸地に辿り着いたのをこれ幸いと、ためらうことなくみな、先を争って下船した。しばらくすると、まことに美しい女たちが十人ほど出て来て、歌を歌いながら通って行く。見知らぬ土地へ来て、心細さを感じていたところに、このようなすばらしい女たちを見つけて、商人たちは喜んで呼び寄せた。呼ばれて女たちは寄って来た。近くで見るとさらに美しく、このうえもなく愛らしい。五百人の商人たちは、女たちの美しさに魅了され、たいそういとおしく思った。

ある商人が女に、「我等は宝を手に入れるため国を出て来たが、途中暴風に会い、見知らぬ土地へ吹き寄せられて来てしまった。堪えがたく思っていたところが、美しいあなた方の様子を見て嘆く気持ちが無くなってしまった。今は、少しでも早く我らを連れて行って下さって、食べ物を下さい。舟はすべて壊れてしまったので帰るすべがありません」と尋ねると、この女たちは、「それでは、一緒にお出で下さい」と言って、先にに立って案内して行く。家に着いて見ると、白く高い築地を遠くまで築きめぐらし、大きくて威厳のある門を構えている。男どもはその中へ一緒に入って行った。男たちが中に入るとすぐ女たちが門の錠をかけた。中に入って見ると、さまざまな家屋が離れ離れに作られており、男は誰もいない。

さて、商人たちはみな、めいめいに女を妻にして住んだ。そして互いにこのうえもなく愛し合った。ほんの暫くの間も離れたくないという思いで住んでいたが、この女たちは毎日決まって長い間昼寝をする。顔つきは美しいままなのに寝入るたびに何となく気味悪く見える。僧伽多は、この気味の悪い顔を見て、納得がいかず不思議に思ったので、そっと起きあがって方々を見まわすと、数々の別棟の建物があった。近づいて見た一つの別棟は、堀を高く築き巡らしている。戸にはしっかりと錠がかけられている。堀の角から登って中を見ると、大勢の人がいる。ある人は死んでおり、ある人は苦しそうなうめき声をあげている。また、白骨化した死体や、まだ血にまみれた死体がたくさんある。僧伽多は一人の生きている人間を呼び寄せて、「これはどういう人たちが、こうしているのか」と問うと、「自分は南天竺の者だ。商いの為に海を渡ったが、暴風に吹き流されて、この嶋に流れ着いたが、世にも美しい女たちに騙されて、帰る事も忘れて住んでいるうちに、産む子も産む子もみな女ばかり。限りなくいとおしく思って住んでいるうちに、また別の商人たちが舟に乗ってくると、前からいた男たちをこのような目に合せ、日々の食料にあてているのだ。あなたがたも別の船でやって来たのなら、きっと、このような目にお合いなさるでしょう。何とかして一刻も早く逃げられよ。この鬼たちは昼間六時間ほどは昼寝をする。この間にうまく逃げれば逃げられるだろう。この四方に高くめぐらされた堀は鉄で固めてある。その上、私たちは膝の後ろの筋を切られているので、逃げる術もないのだ」と、泣く泣く語った。そこで「どうも変だとは思ったが」と、帰って、残った商人たちにこの事を話すと、皆びっくり仰天して、女が寝ている間に、僧伽多を先頭に皆、浜へ出た。

一同が遥かに望む補陀落世界の方へ向かって、一斉に声をあげて観音に祈りをささげると、沖の方から大きな白馬が波の上を泳いで商人たちの前へ来て、腹這いになった。商人たちは、「これこそ、お祈りをした効果だ」と思って、その場にいた者は皆、一人残らず取りすがってこれに乗った。一方、女たちが昼寝から覚めて見ると男たちが誰もいない。「さては逃げ失せたか」と、その場にいた女たちが皆浜へ出て見ると、男たちがみな葦毛の馬に乗って海を渡って行く。女たちは、すぐに身の丈一丈ほどの鬼になり、十四伍丈高く躍り上がって大声で騒ぎたてると、この商人の中に、女が実にたぐいまれに愛らしかった事を思い出す者が一人いたが、その者は手を取り外して海に落ち込んだ。すると羅刹たちは先を争ってこれを奪い合い、この男を引き裂いて食ってしまった。こうしてこの馬は、南天竺の西の浜に着いて腹這いになった。商人たちは喜んで降りた。するとその馬はかき消すようにいなくなってしまった。

僧伽多はこれまでの出来事をとても恐ろしく思い、この国に来た後は、この事を他人に語る事はなかった。二年が過ぎた頃、この羅刹女の中で僧伽多の妻であった者が僧伽多の家にやって来た。以前、見ていたころよりもさらにたいそう美しくなって、いいようもなく愛らしい様子で僧伽多に向って言う。「あなたのことを、夫婦となるべき前の世からの定めのせいか、殊の外慕わしく思っておりましたのに、このように私を捨ててお逃げになったのはどういうお考えでしょうか。私の国には、このような鬼が時々出て来て人を食います。それゆえ、戸には錠をちゃんとかけ、築地を高く築いているのです。そういう所ですので、あのように人が大勢浜に出て声高に大騒ぎする声を聞き、あの鬼たちがやって来て、怒ったふるまいを見せたのです。決して私どものしたことではありません。お帰りになった後、あまりにも恋しく悲しく思っておりました。貴方は私と同じようにはお思いにならないのですか」と言ってさめざめと泣く。

ごく普通一般の人ならばそうであったかと思ってしまうところだろう。しかし、僧伽多は大変怒って、刀を抜いて女を殺そうとする。女は限りなく恨んで、僧伽多の家を出て、王宮に参上し、「僧伽多は私の長年の夫です。それなのに理不尽にも私を捨てて一緒に住もうとしない事を、誰に訴えればよろしいのでしょうか。国王様どうかこれをお裁き下さい」と訴えた。公卿、殿上人はこれを見て、限りなく美しいと思い、心惑わされぬ者はいない。帝は女の訴えをお聞きになり、御簾の隙間から覗いて御覧になると、いいようもなく美しい。大勢の女御や后を見比べられると、皆、土の塊のようであり、この女は玉のようである。「このようなすばらしい女と一緒に住もうとしない僧伽多の気持ちというのはどんなものであろうか」と思われたので、僧伽多を呼んでお聞きになる。すると、僧伽多は、「この女はそれ以上宮殿の中に入れて情けをかけるべき者ではありません。返す返すも恐ろしい者でございます。関わり合うと、とんでもない不祥事が起こりましょう。」と申し上げて退出した。

帝はこの事をお聞きになり、「あの僧伽多はふがいない者よ。よし、よし、王宮の裏口の方から入れよ」と臣下に命じられたので、夕暮れ時に再度参内させた。帝が女を近くに呼んで御覧になると、そぶり、姿、器量、かたちなど匂わんばかりで魅力的なことといったらない。そこで二人でお休みになられたが、ニ日三日経つまで起きてこられず、公務もお採りになられない。僧伽多が参内して、「とんでもない不祥事が起こりそうです。実に大変なことです。この様子では帝はとっくに殺されておいでです」と申し上げたが誰一人として聞き入れる者がいない。こうして三日目になった朝、御格子もまだ上がらぬうちに、この女が夜の御寝所から出て立っているのを見ると、目つきも変って世にも恐ろしい。口には血がついており、しばらく方々を見回して、軒から飛ぶようにして雲の中へ入って消えてしまった。人々がこの事を申しあげようと、夜の御寝所に参って見ると、帳(とばり)の中から血が流れていた。怪しんで御帳の中を見ると赤く血に染まった首が一つ残ってる。そのほかはなに一つ無い。それで宮中はとんでもない大騒ぎとなり、臣下の男女はたとえようもないほど泣き悲しんだ。

御子の皇太子がすぐに位におつきになった。僧伽多をお召しになり、これまでの事情をお尋ねになったので、僧伽多が、「そういうわけで、このように不吉なものですから、すみやかに追いだされるよう申し上げたのです。今となってはご命令を賜って、これを討伐してまいりましょう」と申し上げると、「お前の言うとおりに命令をだそう」と仰せられたので、「剣の太刀を佩いた兵百人、弓矢を帯した者百人を足の速い船に乗せて出立させてください」と申し上げると、その通りに用意がなされた。

僧伽多はこの軍兵を引き連れ、あの羅刹の島へ漕ぎ行きながら、まず商人のような者どもを十人ほど浜に下すと、例のごとく、玉のように美しい女たちが歌を歌いながらやって来て、商人たちを誘って、女たちの城に入って行った。その後について二百人の兵たちが乱入し、この女たちを斬り倒し、射殺すと、暫くの間恨んだ様子で、哀れげな素振りを見せていたけれども、僧伽多が大声を張り上げて、走り回って指図をすると、その時、女たちは鬼の姿になり、大口をあけて飛びかかってきたが、太刀で頭を割り、手足を打ち斬ったりしたので、恐れをなして空を飛んで逃げようとするのを弓で射落し、一人残らず討ち果たし、家には火をかけて焼き払った。こうして誰一人としていない国にしてしまった。

さて、帰って、帝にこの事を申しあげると、僧伽多にそのままこの国をお与えになった。僧伽多は二百人の軍兵を引き連れ、その国に住み、たいそう豊かに暮らすことになった。今では僧伽多の子孫たちが、その国の主となっているとか申し伝えられている。
 

語句

■僧伽多(そうきやた)-『今昔』第五-一話では「僧伽羅」、『大唐西域記』では「僧伽羅」とする。瞻部(せんぶ)州の豪商僧伽の子とされる。僧伽羅国は獅子国とも呼ばれる現在のスリランカ。■羅刹(らせつ)-人を惑わし、また食うという魔物。悪魔。夜叉(やしゃ)と共に毘沙門天(びしゃもんてん)の眷属(けんぞく)とされる。■かねのつ-「金の津」で、南海地域で発掘採集・加工された金銀や宝石の類が集まってきて取引される市場のたつ港町の事か。『今昔』は「財ヲ求ムガ為ニ南海ニ出デテ行クニ」とし、『大唐西域記』は「五百ノ商人ト与ニ海ニ入リテ宝ヲ採ルニ」とする。■吹き持て行く事-吹き寄せて行くことは。■世界に-土地に。国に。地方に。■かしこき事にして-これ幸いと。舟が難破せずにともかく陸地に着いたことを、ありがたい幸運と感謝して。■左右なく-ためらいなく。■惑ひおりぬ-先を争うようにして下船した。■いみじくをかしげなる女房-まことに美しい女たち。■渡る-目の前を通り過ぎる。商人たちの気を引くための集団行動。■かかるめでたき女-このようなすばらしい女。■近まさりして-近くで見るといっそう美しく。■らうたき事-愛らしい事。■物にも似ず-たとえようもない。■目をつけて-女たちの美しさに魅了されて、目を離せずにいるさま。■めでたがる-いとおしく思う。

■来たり-来てしまった。■思ふあひだに-思っていたところが。■人々の-あなたがたの。■すみやかに-早く。■具しておはして-連れて行って下さって。■我らを養い給へ-我らに何か食べさせてください。■損じたれば-壊れたので。■さらば、いざさせ給へ-それでは、一緒においでください。■白く高き築地-『今昔』は「広ク高キ築垣(ついがき)」と、広大さを強調する。■築きまはして-築きめぐらせて。■門をいかめしく立てたり-威圧されるような堂々たる作り。いったん、その中に入ると、容易に外へ出られないことを暗示する。■やがて-すぐに。■隔て隔て-離れ離れに。男たちを孤立させ、連帯行動をとたせないための構造。

■とりどりに-めいめいに。■かたみに-たがいに。■片時(へんし)も-ほんのしばらくの間も。■離るべき心地せずして-離れられる気がしないで。■日ごとに-毎日決まって。■顔をかしげながら-顔は愛らしい様子であるが。■寝入るたびに-寝込んでしまうといつも。■けうとく-「気疎く」で、薄気味悪く。何となく疎ましい感じがして。■心得ず、あやしく覚えければ-理解しにくく不思議に思われたので。■やはら-そっと。■隔て隔てあり-区切られたところがある。■そばより-かどから。■によふ声-苦しそうにうめく声。■白き屍-白骨化している死体(古い死体)。■赤き屍-まだ血に染まっている死体(新しい死体)。■かくてはあるぞ-こうしているのか。■南天竺(なんてんじく)-天竺(インド)は、古くは東・西・南・北・中の五地域、十六か国に分れ、南天竺には、憍薩羅、舎衛、罽賓、迦湿弥羅、乾陀衛、沙陀、波堤の七か国があった。■放たれて-吹き流されて。■よにめでたげなる-まことにすばらしい。■たばかられて-だまされて。■産みと産む子は-産む子も産む子も。■もとの男をば-『今昔』は「古キ夫ヲバ如此ク籠メ置キテ膕(よほろ)筋ヲ断テ日ノ食(ジキ)に充(あ)ツル也」と、逃亡できないようにする事を強調する。なお、その事は本話でもすぐ後出。■日の食-日ごとの食料。■また舟来なば-大系のように「また舟(別の船)」の意にも解し得る。■かかる目をこそは見給はめ-このような目におあいなさるでしょう。■いかにもしても-何としてでも。■とくとく-早く。■三時-「一時」が約2時間とすれば、昼の六時間。■逃げつべきなり-逃げることができるのです。■よをろ筋(すじ)-よほろ、よぼろ、ひかがみとも。膝の裏側の窪んでいる部分の筋で、それが断たれると足の屈伸ができなくなり、歩行も不可能となる。■逃ぐべきやうなし-逃げられるすべもない。■あやしとは思ひつるに-変だとは思っていたが。

■補陀落(ふだらく)世界-梵語Potalakaの音写で、白華、小花樹山、高名山、海鳥山などと訳す。インドの南海岸にある八角形の山で、観世音菩薩の住む浄土とされる。■もろともに-いっせいに。■観音を-『今昔』もこれを観音の霊験譚とするが、『大唐西域記』には観音は登場せず、祈請によって「白馬」が出現することになっている。■念じけるに-祈っていると。■白馬-観音の化身である。「白馬」ではなく、大型船のような趣。■念じ参らする-お祈り申し上げた。■験なりと思ひて-ききめがあったと思って。■あるかぎり-一人残らず。■逃げぬるにこそ-逃げてしまったのだ。■あるかぎり-一同みな■鬼-仏教では、羅刹、夜叉などをさしていう。■十四伍丈-一丈は約三メートル。書陵部本などは「四五十丈」とする。■叫びののしるに-大声で騒ぎ立てると。■世にもありがたかりし-世にもまれで愛らしかった。■奪(ば)ひしらがひて-先を争って奪い合い。

■僧伽多が妻-『大唐西域記』では、男たちの逃亡に気づいた羅刹女らは、それぞれの幼児をかかえて天空を翔けて男たちに追いつき、恩愛を訴え、媚態を示して誘惑し、自分の夫らを連れ帰るのに成功する。ところが、ひとり僧伽多の妻であった羅刹の女王だけが夫を連れ戻せず、他の羅刹女らにその不手際と無能を責められ、幼児を連れて再び僧伽多の前にやって来る、という筋になっている。■見しよりも-前にあったときよりも。■いみじく-たいそう。■めでたくなりて-すばらしくなって。■いはんかたなく-いいようもなく。■さるべき昔の契(ちぎ)りにや-そのようになるはずの前世からの約束であったのでしょうか。■睦ましく-慕わしく。■いかに思すか-どのようにお思いになっているのですか。■かかる者-羅刹鬼をさす。自分も被害者の側にある、という口ぶり。■ののしる-騒ぎ立てる。■かの鬼ども-「あの鬼ども」と、あれは自分たちとは別のものだと言い逃れようという一貫した口ぶり。■敢(あ)へて我らがしわざにあらず-けっして私どものしたことではありません。■思さぬにや-お思いにならないのですか。

■おぼろけの人-ごく普通一般の人。いいかげんな人。■さもやと思ひぬべし-そうもあろうかと思ってしまうだろう。■内裏-『今昔』は「王宮」。後出する「公卿、殿上人」「女御、后」「蔵人」「夜の御殿」「春宮」などと同様に、日本の実情に用語を合せようとした翻訳方針の表れ。■としごろの-長年の。■それに-それなのに。■住まぬ事-夫婦として一緒に生活してくれないという無責任な行為については。■誰にかは訴へ申し候はん-どなたにお訴え申し上げましょうか。■理(ことわ)り給へ-是非を裁定していただきたい。■めで惑わぬ人なし-夢中で愛さない人はいない。■きこしめして-お聞きになって。■いはんかたなく-いいようもなく。■そこばくの-大勢の。たくさんの。■これは-この女は。■かかる者に住まぬ僧伽多が心-このような絶世の美女と夫婦として暮らそうとしない僧伽多の心。■いかなるらんと-どんなものであろうかと。■おぼしめしければ-お思いになったので。■さらに御内(みうち)へ入れ見るべき者にあらず-宮殿に入れて慈しむべき者ではございません。■ゆゆしき僻事-忌まわしい凶事。とんでもない不祥事。■出で来候はんずる-おこってくるでしょう。

■いひがひなき者-どうしようもない堅物。話にならない頑固者。ふがいない者。■蔵人-天皇に近侍する者。ここは国王の身近に仕える臣下。■けはひ-そぶり。■みめ-顔かたち。■香(かう)ばしく-匂うようで。■懐かしき事-魅力的で心ひかれること。■限りなし-この上もない。■政(まつりごと)をも知らせ給はず-国王としての義務である公務もお執りにならない。■来たりなむず-おこってきそうです。■あさましきわざかな-嘆かわしいことですよ。■すみやかに殺され給ひぬる-とっくにお殺されなさったのです。■御格子-格子戸がまだ上がらない時刻。まだ御就寝の時間であるうちに。いかにも日本的な表現。■御殿(おとど)-国王の寝室。■まみ-目つき、ひいては顔つき。■よに-まことに。■しばし世の中を見まはして-しばらくあたりの様子をうかがってから。■御帳(みちょう)-国王がおやすみになられている帳(とばり)をめぐらした寝台。■物なし-何一つ無い。■ののしりたることたとへんかたなし-騒ぎ立てることはたとえようもない。

■御子の春宮-(羅刹女に食われてしまった)国王の子の皇太子。■やがて-すぐに。■僧伽多を召して-『大唐西域記』では、羅刹女が夜のうちに自分の島に飛んで帰り、仲間の五百の羅刹女をともなって再び王宮に戻り、毒呪の術で宮中の者を殺害し、人畜の血肉を食い、あまった死体をその島に持ち帰ったとする。そこで群臣の支持によって僧伽多が国王になり、羅刹退治のために島に向うことになる。■さ候(さぶら)へばこそ-そういうわけで。■かかるものにて候へば-このように不吉なものですから。■宣旨(せんじ)を蒙(かうむ)つて -国王様の命令を頂戴して。■討ちて参らせん-討伐いたしましょう。■申さんままに仰せたぶべし-お前の申すとおりにご命令を下されるであろう。■ありければ-言われたので。■剣-「剣」は、ここでは諸刃のついた鋭利な刀をさす。■はきて候はん-つけております。■早舟-櫓(ろ)を何十挺(ちょう)も用いるような船足の早い軍船。■出(いだ)し立てらるべし-出立させられるがよい。■そのままに-僧伽多の希望したとおりに軍兵を仕立てて。■出(いだ)し立てられぬ-出陣させた。

■具して-ともなって。■玉の女ども-玉のように美しい女ども。■いざなひて-誘って。■尻について-後について。■恨みたるさまにて-恨めしそうな様子で。■あはれげなるけしき-わびしそうなそぶり。■放ちて-張り上げて。■掟ければ-退治せよとの指図をすると。■むなしき国-羅刹女の生存者のまったくいない島。                               
■おほやけ-国王、帝のこと。これも日本的な言い替え。■やがて-そのまま。■賜びつ-賜った。■二百人の-『今昔』では、「二万ノ軍」。■僧伽多が子孫-『大唐西域記』では、この僧伽多を釈迦如来の本生とし、全体を本生譚として結んでいる。■いみじくたのしかりけり-たいそう豊かであった。

備考・補足

■本話は、異郷征服による建国譚である。その建国の中心者が、終始頼もしく有能な人物として行動するさまの叙述がきわだつ。即ち、初めは金銀宝石類の採集・買い付けの隊商の引率者、次には漂着した羅刹の島からの脱出時の仕掛人、その次には色欲に目がくらみつつある国王に、決して羅刹女を王宮に入れないようにとの先見の明のある進言者、最後は羅刹女の徹底した討伐者、というふうに。その意味で、本話はスリルに富んだ僧伽多(僧伽羅)の武勇譚といってもよい。

■『六度集経』六、『増一阿含経(あごんきょう)』四一、『仏本行集経』四九、『大乗荘厳宝王経』三、『護国尊者所問大乗経』二、『法苑殊林』三一、『経津異相』四三などに、商人が羅刹女にあったことが記されており、特に、『増一阿含経(あごんきょう)』と『経津異相』には、帝王が羅刹女に殺される記事も含まれているが、これと同一の説話とは認められない。さしあたり、『大唐西域記』一一に、「僧伽羅伝説」の一条が掲げられており、この説話の原拠と認められる。そこでは、「僧伽羅者、則釈如来本生之事也」とあって、釈迦の本生譚として説かれている。また、羅刹国から逃れるのに、観音と関わりなく、天馬が現れたように記されている。『今昔物語集』五-一にも、これと同一の説話が掲げられているが、本書の記事のように、観音を念じていると、白馬が出てきたと記されており、観音の霊験譚として扱われている。

朗読・解説:左大臣光永