宇治拾遺物語 8-1 大膳の大夫以長(だいぜんのたいふもちなが)、前駆(ぜんく)の間の事 

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原文

これも今は昔、橘大膳亮(たちばなのだいぜんのすけ)の大夫以長といふ蔵人(くらうど)の五位ありけり。法勝寺千僧供養に、鳥羽院御幸(とばのゐんごかう)ありけるに、宇治左大臣参り給ひけり。先に公卿(くぎやう)の車行きけり。後(しり)より左府参り給ひければ、車をおさへてありければ、御前(ごぜん)の随身(ずいじん)おりて通りけり。

それにこの以長一人(ひとり)おりざりけり。いかなる事にかと見る程に、帰らせ給ひぬ。さて帰らせ給ひて、「いかなる事ぞ、公卿あひて礼節して車をおさへたれば、御前の随身みなおりたるに、未練の者こそあらめ、以長おりざりつるは」と仰(おほ)せらる。以長申すやう、「こはいかなる仰せにか候(さぶら)ふらん。礼節と申し候ふは、前にまかる人、後(しり)より御出なり候はば、車をやり返して御車に向へて、牛をかきはづして榻(しぢ)に軛(くびき)を置きて、通し参らするをこそ礼節とは申し候ふに、先に行く人、車をおさへ候ふとも、後(しり)を向け参らせて通し参らするは、礼節には候はで、無礼(ぶれい)をいたすに候ふとこそ見えつれば、さらん人には、なんでふおり候はんずるぞと思ひて、おり候はざりつるに候ふ。誤りてさも候はば、うち寄せて一言葉(ひとことば)申さばやと思ひ候ひつれども、以長年老い候ひにたれば、おさへて候ひつるに候ふ」と申しければ、左大臣殿、「いさ、この事いかがあるべからん」とて、あの御方(かた)に、「かかる事こそ候へ。いかに候はんずる事ぞ」と申され給ひければ、「以長古侍(ふるさぶらひ)に候ひけり」とぞ仰せ事(ごと)ありける。昔は、かきはづして、榻をば轅(ながえ)の中に、おりんずるやうに置きけり。これぞ礼節にてはあんなるとぞ。

現代語訳

今は昔、橘大膳亮(たちばなのだいぜんのすけ)の大夫以長といふ蔵人(くらうど)の五位がいた。法勝寺で行われた千僧供養に鳥羽天皇がお出かけになられた折りに、宇治の左大臣もお参りに行かれた。前を公卿の車が進んでいた。その後から左大臣がお出(い)でになると、先の公卿が牛車を止めて控えたので、左大臣の先駆けの随身は馬から降りて通った。

ところがこの以長一人は降りなかった。どういうわけかと左大臣は見ておられたが、供養が終わってお帰りになった。さて、お帰りになってから、「どうしたことか、公卿が出会って、礼儀を尽して車を止めたので、先駆けの随身たちがみな降りたのに、初心者でもあるまいし、以長ともあろう者が降りなかったとは」と仰せられた。以長は、「これはまた何という仰せでしょう。礼節というのは、前を行く者が、後から貴人がお出でになったならば、車の向きを変え、貴人の御車に向って、牛を車からはずし、榻(しじ)に軛(くびき)を置いてお通し申すのが正しい作法でありますのに、前を行く人がたとえ車を止められようと、尻を向けてお通しするのは無礼を働く事だと思いましたので、そのような人に、何で馬を降りて礼などしてやるものかと思って、降りなかったのでございます。もしも間違ってああした無礼をしたのであれば、傍に寄って一言注意しようと思いましたが、以長も年老いましたので、こらえていたのです」と、申したので、左大臣殿は、「さあて、これはどのように計らうべきか」と、あるお方に、「このような事がございました。どうしたらよいでしょうか」とお尋ねになると、「以長は、まことに老練な侍のようだ」と仰せられた。昔は、牛を車からはずして、榻(しじ)を轅(ながえ)の中に下車しようとするように置いたものだ。これが本当の礼節ということだ。

語句

■橘大膳亮-大膳職の次官で五位の官位にある人物。「蔵人の五位」とあるので、六位の蔵人を六年間務めあげて五位に昇進した五位に昇進した古参であることがわかる。■橘以長-信濃守広房の子。蔵人、筑後守、従五位上。嘉応元年(1169)没。■法勝寺-承歴元年(1077)十二月十八日に落慶供養が行われた大寺。藤原師実(もろざね)から白河天皇に献上されたもの。六勝寺の一つで、京都市左京区岡崎の地にあった。■千僧供養-千人の僧を招いての大供養会。■鳥羽院-第七十四代天皇(1103~56)、在位十六年。保安四年(1123)以後、崇徳・近衛・後白河の三代にわたって院政を執る。■宇治左大臣-藤原頼長(1120~56)。左大臣就任は、久安五年(1149)七月。保元の乱で横死する。■公卿の車-三位以上の貴族(大臣と大中納言・参議)の乗った牛車。■おさへてありければ-とどめていたので。■御前の随身-左大臣の車に先駆けをしていた騎馬の随身たち。

■それに-ところが。■この以長-お供をしていた以長。■おりざりなり-馬から降りて公卿の車に対して答礼しなかった。■いかなる事にかと-どういわけかと。■通らせ給ひぬ-お通りになった。■礼節して-礼義をつくして。■未練の者こそあらめ-作法を知らない新参の初心者ならばともかくとして。■降りざりつるは-降りなかったとは。■いかなる仰せにか候ふらん-何という仰せでございましょうか。■礼節-路上で自分より上位の者の車に出会った場合の作法。■前にまかる人-前に参る身分の低い人が。■後(しり)より御出なり候はば-後方から官位の高い者の車がおいでになった際には。■車をやり返して-車の向きを変えて。■御車にむかへて-御車の方にむけて。■牛をかきはづして-牛を車からはずして。■通し参らする-お通し申し上げる。■榻-牛車の轅の軛(轅の先端部についている横木で、牛の頸にかけてつなぐ)を載せる四脚の台。■さらん人-そのような作法をわきまえぬ人。■なんでふおり候はんずるぞ-なんで馬を降りて答礼なんかしてやるものか。■おり候はざりつるに候ふ-降りなかったのでございます。■誤りてさも候はば-あの公卿が間違った作法と気づかずにそうしたのであれば。■うち寄せて-傍に寄って。■おさへて候ひつるに候ふ-注意したいのを、こらえていた次第でございます。■いさ-さあ。■いかがあるべからん-どのようにしたものでございましょうか。■あの御方-諸本の傍注に「富家殿歟」とあることにより、頼長の父の忠実とみる説(大系など)に従う。富家殿(忠実)は、摂政・関白で書をよくし、『中外抄』『富家語』などの談話の記録にも、その有職故実(朝廷や公家、武家の昔からの行事や法令・儀式・制度・官職・風俗・習慣の先例、典故。また、それらを研究する学問)に関する博識ぶりがうかがわれる。■古侍-故実(昔の儀式・法制・作法などの決まりや習わし。先例となる事例)に通じている老練な侍。以長の主張の正しさを証明した。■おりんずるやうに-降りようとするときのように。■礼節にてはあんなるとぞ-礼節であるということだ。

備考・補足

■悪左府と呼ばれ、「日本第一の大学生」(愚管抄)、「なにごとにもいみじくきびしき人」(今鏡)と評された頼長に対して臆(おく)せずにものを言う老練な侍の自信とそれを尊重する主君。故実の作法についての疑問を父親に確かめてみる息子。主従、親子二組のうるわしい信頼の絆(きずな)。

朗読・解説:左大臣光永