宇治拾遺物語 9-2 宝志和尚影(ほうしくわしやうのえい)の事

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原文

昔、唐(もろこし)に宝志和尚(ほうしくわしやう)といふ聖(ひじり)あり。いみじく貴(たふと)くおはしければ、御門(みかど)、「かの聖の姿を影(えい)に書きとらん」とて、絵師三人を遣はして、「もし、一人(ひとり)しては、書き違(たが)ゆる事もあり」とて、三人にして面々(めんめん)に写すべき由仰(よしおほ)せ含められて、遣はさせ給ふに、三人の絵師聖の元へ参りて、かく宣旨(せんじ)を蒙(かうぶ)りてまうでたる由申しければ、「しばし」といひて、法服の装束(さうぞく)して出であひ給へるを、三人の絵師、おのおの書くべき絹を広げて、三人並びて筆を下(くだ)さんとするに、聖、「しばらく、我がまことの影あり。それを見て書き写すべし」とありければ、絵師左右(さう)なく書かずして、聖の御顔を見れば、大指の爪(つめ)にて額(ひたひ)の皮をさし切りて、皮を左右へ引き退(の)けてあるより、金色(こんじき)の菩薩(ぼさつ)の顔をさし出でたり。一人の絵師は十一面観音と見る。一人の絵師は聖観音(しやうくわんおん)と拝み奉りける。おのおの見るままに写し奉りて持ちて参りたりければ、御門(みかど)驚き給ひて、別(べち)の使(つかひ)を給ひて問はせ給ふに、かい消(け)つやうにして失(う)せ給ひぬ。それよりぞ「ただ人にておはさざりけり」と申し合へりける。

現代語訳

昔、中国に宝志和尚という聖がいた。きわめて尊くていらっしゃったので、帝は、「あの聖の姿を画に書こう」と、絵師三人をお遣わしになり、「もし一人であれば書き違える事もあろう」と、三人に対して、それぞれで写し取るようにとの仰せをこめて、お遣わしになると、三人の絵師は聖の所へ行って、このように宣旨を承ってうかがったことを申し上げた。すると、和尚は、「しばし」と言って、法服の正装をしてお出になられた。三人の絵師は、それぞれに絹の布を広げ、三人並んで筆を下そうとすると、聖は、「しばらく。自分の本当の姿がある。それを見て書き写しなさい」とおっしゃられるので、絵師はすぐには筆を下ろさなかった。聖の御顔を見ていると、聖が、親指の爪で額の皮を切り裂き、それを左右に引き延ばされると中から金色に輝く菩薩の顔が現れた。一人の絵師はそれを十一面観音と見たが、もう一人の絵師は聖観音と見て拝み申しあげた。おのおのの絵師が見たとうりに写し申し上げて持ち帰ると、帝は驚かれ、別の使いを遣わされてお尋ねになると、和尚は書き消すように見えなくおなりになった。その時から、「和尚は普通の人ではいらっしゃらなかった」と人々は言い合ったそうだ。
              

語句

■宝志和尚-中国、宋・梁代の禅僧(418~514)。宝誌、保誌、広済大師、妙覚大師とも。俗称は朱、幼児に出家、建康の道林寺で僧倹に就いて修行。回国して数々の神異を現し、衆を惑わすとして投獄もされた。梁の武帝の帰依(仏教に信仰をいだくこと)を得た。■いみじく貴くおはしければ-きわめて尊くていらっしゃったので。■御門-梁の武帝、簫衍(しょうえん)(在位四十八年間)を指すか。■影(えい)-肖像画、絵姿。■書き違ゆることもあり-書き違えることもあるだろう。■面々に-それぞれ別々に。■遣はさせ給ふに-お遣わしになると。■まうでたるよし-うかがったことを。■しばし-しばらく。■法服の装束して-僧侶の正装をして。■絹-絹布。布目が細かく、にじみも少ないので、上質の画布として用いられる。■我がまことの影-私の真影。自分の本体。■左右なく書かずして-すぐには筆を下さずに。■大指-親指。■引き退けてあるより-引っ張って取り除いた下から。■菩薩-菩提薩埵の略。「仏」の次の位にある仏者。■十一面観音-本体の顔の他に、頭上に九つの小面と頭頂に一つの仏面、合せて十一の顔面を持つ観音。慈悲・忿怒・嘲笑など、さまざまな相を現す。■聖観音-十一面、千手、如意輪観音などの異相(普通とは変わった人相や姿)の観音に対して、左手に蓮華を持つ正体本身の観音をいう。地獄道の救済者とされる。円満な相好をもって、如来の大慈悲心を現す。■見るままに-見るとおりに。■かい消つ-「かき消す」の音便形。■失せ給ひぬ-見えなくおなりになった。■ただ人にておはさざりけり-普通の人ではいらっしゃらなかった。■申し合へりける-言いあっていた。
                                                               

備考・補足

■仏法にそむき、外道の術を学んだ前話の天皇に対して、本話では観音の化身である聖を崇敬する武帝を配している。宝志については、『梁高僧伝』の保誌の条に、一家を挙げて自分に帰依した陳御虜に対して保誌は自分の真の姿を現して見せたが、それは菩薩のように光輝く形相であったという。本話の根底にはそのような伝承があろう。

朗読・解説:左大臣光永