宇治拾遺物語 11-3 晴明を試みる僧の事

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原文

昔、晴明が土御門(つちみかど)の家に老い白(しら)みたる老僧来たりぬ。十歳ばかりなる童部二人具(わらはべふたりぐ)したり。晴明、「何(なに)ぞの人にておはするぞ」と問へば、「播磨国(はりまのくに)の者にて候(さぶら)ふ。陰陽師(おんやうじ)を習はん志にて候ふ。この道に殊(こと)にすぐれておはします由(よし)を承りて、少々習ひ参らせんとて参りたりつるなり」といへば、晴明が思ふやう、「この法師はかしこき者にこそあるめれ。我を試みんとて来たる者なり。それに悪(わろ)く見えては悪(わろ)かるべし。この法師少し引きまさぐらん」と思ひて、「供なる童部(わらはべ)は、式神を使ひて来たるなめりかし。式神ならば召し隠せ」と心の中に念じて、袖(そで)の内にて印を結びて、ひそかに咒(じゆ)を唱(とな)ふ。さて、法師にいふやう、「とく帰り給ひね。後(のち)によき日して、習はんとのたまはん事どもは教へ奉らん」といへば、法師、「あら、貴(たふと)」といひて、手を摺りて額に当てて立ち走りぬ。

「今は往(い)ぬらん」と思ふに、法師とまりて、さるべき所々、車宿(くるまやどり)など覗(のぞ)き歩(あり)きて、また前に寄り来ていふやう、「この供に候(さぶら)ひつる童の、二人(ふたり)ながら失ひて候ふ。それ賜(たまは)りて帰らん」といへば、晴明、「御坊は稀有(けう)の事いふ御坊かな。晴明は何の故(ゆゑ)に人の供ならん者をば取らんずるぞ」といへり。法師のいうやう、「さらにあが君、大(おほ)きなる理(ことわり)候ふ。さりながら、ただ許し給(たまは)らんと詫(わ)びければ、「よしよし、御坊の、人の試みんとて、式神使ひて来るが、うらやましきを、ことに覚えつるが。異人(ことひと)をこそさやうには試み給はめ、晴明をばいかでさる事し給ふべき」といひて、物よむやうにして、しばしばかりありければ、外の方より童二人ながら走り入りて、法師の前に出(い)で来(き)ければ、その折(をり)、法師の申すやう、「まことに試み申しつるなり。使ふ事はやすく候ふ。人の使いたるを隠す事は、さらにかなふべからず候ふ。今よりは、ひとへに御弟子になりて候はん」といひて、懐(ふところ)より名簿(みやうぶ)引き出でて取らせけり。

現代語訳

昔、晴明が住んでいた土御門の家にかなり老いぼれて見える僧がやって来た。十歳ぐらいの童を二人連れている。晴明が、「どういうお方でいらっしゃるか」と聞くと、老僧は、「播磨の国の者です。陰陽師の術を習おうと志しています。貴方様はこの道に特に優れておられる由お聞きしましたので、少し、お教えいただこうと思い参りました」と言う。これを聞いて晴明は、「この法師は賢い人であろう。私を試そうと思ってやって来たのだな。そのような者に侮られては後々良くないだろう。この法師を少しなぶってやろう」と思って、「連れている童は式神を連れて来たものらしい。もし式神ならば取り隠せ」と心の中で念じて、袖の中で印を結び、秘かに呪文を唱える。それから、法師に向って、「早くお帰りなさい。後で良い日を選んで、貴方が習おうとしている事などをお教えいたそう」と言うと、法師は、「ああ、ありがたや」と言って、手を摺り額に当てて立ち去った。

「もう帰った事であろう」と思っていると、法師は立ち止まっては、しかるべきところ、車宿などを覗いて歩いて、また前に寄って来て、「私の供に連れていた童が二人とも消えてしまいました。それをいただいて帰りましょう」と言うので、「御坊はおかしな事をおっしゃる。私が何の為に人が連れている者を取りましょうか」と言う。法師は、「まったくそういう事を申しているのではございません。晴明様いかにももっともなことですがとにかくお許しください」と詫びたので、「よしよし、御坊が人を試そうとして、式神を使ってやって来られたが半ば羨ましくも心安からぬことに思いました。他の人にこそそういう試しをされるのはかまわないでしょうが、この晴明にはそんな事をなさってはいけません」と言って、物を唱えるようにしてしばらく待つと、外の方から童二人が走りながらやって来て、法師の前に立った。その時、法師は、「確かに試してみました。式神を使う事はた安い事です。しかし、人の使っている物を隠すのはまったく不可能な事です。これからはひとえに貴方様の弟子になってお仕え致します」と言って、懐から入門のしるしの名札を取り出して渡したのだった。

語句  

■晴明-安倍晴明(921~1005)。平安時代を代表する陰陽師。■土御門-土御門大路と町尻小路が交差するあたりにあった晴明の本宅。■老い白みたる老僧-かなり老いぼれて見える僧。■播磨国の者-『今昔』巻二四-一九話によれば、播磨国(兵庫県)の陰陽師智徳。■それに悪(わろ)く見えては悪(わろ)かるべし-そのような者に侮られては(後々)良くないだろう。■引きまさぐらん-なぶってやろう。■式神-陰陽師が妖術の行使に使う神。陰陽師の命令のままに姿を現さずに自在に不思議を行う。『今昔』では識神。■印を結びて-仏菩薩などが、手・指によって特殊な形を作り、悟りの程度や誓願の内容などを現す。ここは、ある術力を発動するための手技。■咒(じゆ)-まじないの文句。呪文。■あら、貴-ああ、もったいのうございます。ああ、ありがたや。

■今は往ぬらん-もう帰ったころだろう。■車宿(くるまどまり)-貴族の邸内の中門の外にある牛車の収納場所。■失ひて候ふ-見失ってしまいました。■稀有(けう)の事-不思議な事。とんでもないわけのわからない事。
■さらに-まったく、決して。「そういうことを申し上げているのではございません」との含みか。■あが君-(親しみのある相手、また、敬意を抱く相手に呼びかける語)あなた、いとしい人。■うらやましきを-たしたものではあるが、けしからぬことに思ったわけだが。■異人をこそ-この晴明以外の人ならば。■さらにかなふべからず候ふ-まったく不可能な事です。■名簿(みやうぶ)-師または主人として仕える相手に、服従を誓う証拠として提出した官位・姓名や年月日などを記した名札。

備考・補足

■陰陽道は初めは天文や歴法、易占の学問であったが、晴明の時代には、陰陽師、それも藤原道長を呪詛(じゅそ)して晴明に見破られ、故郷の播磨国に追放された道摩法師のような法師陰陽師や宿曜師(すくようし)らの呪術師的活動が盛んになっていたようであり、晴明に術をもって挑んで名を揚げようとする無名の術者も少なくなかったのであろう。この後、都では、天文道の土御門家(晴明の系譜)と歴道の賀茂家(保憲の流れ)という二大陰陽家が権威を持ち続ける事になる。

朗読・解説:左大臣光永