宇治拾遺物語 11-10 日蔵上人(にちざうしやうにん)、吉野山にて鬼にあふ事

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原文

昔、吉野山の日蔵(にちざう)の君、吉野の奥に行き歩(あり)き給ひけるに、長(たけ)七尺ばかりの鬼、身の色は紺青(こんじやう)の色にて、髪は火のごとくに赤く、首細く、胸骨(むねぼね)は殊(こと)にさし出でていらめき、腹ふくれて、脛(はぎ)は細くありけるが、この行ひ人にあひて、手をつかねて泣く事限りなし。

「これは何事(なにごと)する鬼ぞ」と問へば、この鬼涙にむせびながら申すやう、「我は、この四五百年を過ぎての昔人(むかしびと)にて候(さぶら)ひしが、人のために恨みを残して、今はかかる鬼の身となりて候ふ。さてその敵(かたき)をば思ひのごとくに取り殺してき。それが子、孫、曾孫(ひこ)、玄孫(やしはご)にいたるまで残りなく取り殺し果てて、今は殺すべき者なくなりぬ。されば、なほ彼らが生れ変りまかるの後までも知りて、取り殺さんと思ひ候ふに、次々の生れ所、露(つゆ)も知らねば、取り殺すべきやうなし。瞋恚(しんに)の炎(ほのほ)は同じやうに燃ゆれども、敵の子孫は絶え果てたり。我一人(ひとり)、尽きせぬ瞋恚(しんに)の炎(ほのほ)に燃えこがれて、せん方(かた)なき苦をのみ受け侍り。かかる心を起さざりましかば、極楽(ごくらく)、天上にも生れなまし。殊に恨みをとどめて、かかる身となりて、無量億劫(むりやうおくごふ)の苦を受けんとする事の、せん方(かた)なく悲しく候(さぶら)ふ。人のために恨みを残すは、しかしながら、我が身のためにてこそありけれ。敵(かたき)の子孫は尽き果てぬ。我が命はきはまりもなし。かねてこのやうを知らましかば、かかる恨みをば残さざらまし」と言ひ続けて、涙を流して泣く事限りなし。その間(あひだ)にうへより炎やうやう燃え出でけり。さえ山の奥ざまへ歩み入りけり。

さて、日蔵(にちざう)の君あはれと思ひて、それがためにさまざまの罪滅ぶべき事どもをし給ひけるとぞ。
                              

現代語訳

昔、吉野山の日蔵上人が、吉野の奥を修行して歩いておられた時に、身の丈七尺ほどあり、身体の色はあざやかな藍色で、髪は火のように赤く、首細く、胸骨は特に飛び出してごつごつしており、腹は膨れ、脛は細い鬼が、この修行中の上人に遭って、腕を組んで顔に押し当てて泣き続けるのであった。

「おまえはいったいどういう鬼か」と聞くと、この鬼はむせび泣きながら、「私は、この四五百年を生き続けている昔の人ですが、ある人に恨みを残して、今はこのような鬼の身となっております」と言う。さて、その敵をねがいのとおり取り殺してしまいました。それの子、孫、曾孫、玄孫にいたるまでことごとく取り殺しつくして、今はもう殺すべき者はいなくなってしまいました。しかし、なお、彼らが生れ変わって行く先までも突き止めて、取り殺そうと思っておりますが、次々と生まれ変わる先まではまったくわからないので、取り殺す手立てもありません。敵を憎み、恨む気持ちは同じように燃え盛っております。生まれ変わる先まで突き止めて取り殺そうと思いますが、敵の子孫は絶え果ててしまいました。私一人だけが、憎み恨む気持ちを燃え盛らせてどうしようもない苦しみばかり受けております。こんな気持ちを起こさなかったならば、極楽や天上にも生れたことでしょう。ことのほかに恨みを残して、このおうな身になって永劫の苦しみを受けようとする事が、どうしようもなく悲しいのです。人に恨みを残すのは、結局は、我が身のためでした。敵の子孫はいなくなってしまいましたが、私の命は尽きもしません。かねがねこういう子細を知っておりましたら、こんな恨みを残す事はなかったでしょう」と言い続けて、涙を流していつまでも泣くのでした。その間にだんたんと頭の上から炎が燃えだしてきた。そして山の奥の方へだんだんと歩いて入って行った。

そこで、日蔵上人は鬼を不憫に思い、様々な罪滅ぼしになるような回向などをなさったという。

語句  

■吉野山-奈良県中央部、大峰山脈の北端の支脈。吉野河畔から大峰山へ向かって高まる尾根。出羽(山形県)の羽黒山、伯耆(ほうき)(鳥取県)の大山(だいせん)などとともに知られる修験道の根本道場の一つ。■日蔵(にちざう)-三善氏。参議清行の弟。始め道賢、のち蔵王権現の神託により日蔵と改名。延喜十六年(916)、十二歳で金峰山(きんぷざん)に登り、椿山寺で剃髪、六年間に及ぶ塩・穀断ちの修行の後、東寺、龍門寺で真言密教を学ぶ。天慶四年(941)八月一日、断食中に頓死、十三日に蘇生した。『道賢上人冥途記』(扶桑略記・二五)。■行き歩き-昇平四年(934)四月十六日より吉野大峰の笙の岩窟で修行したり(十訓抄・第五)、天慶四年秋、金峰山で三十七日間の断食修行をしたり(元亨釈書)してもいる。■七尺-約2.1メートル。■紺青-あざやかな藍色。■首細く云々-以下の描写から連想されるのは、いわゆる餓鬼の姿形そのままである。■いらめく-ごつごつ角立っているさま。■手をつかねて-手を組み合わせて、の意か。

■人のために-他人に対して。■曾孫(ひこ)-孫の子。ひいまご。「ヒコハ、曾孫也。曾はムカシ也」(名語記)。■玄孫(やしはご)-曾孫の子。やしゃご。■生れ変りまかる後-生れ変って行く先。■瞋恚(しんに)-食欲・愚痴とともに仏教でいう三毒の一つ。自分の心にかなわぬものを怒り、恨み、恨むような感情の動き。■かかる心を起さざらましかば-こうした復讐の心を起さずにおりましたならば。■天上-①六道の中の天上界、②欲界六天、色界十七天、無色界四天の総称、の両義にとれるが、「天上、極楽」ではなく「極楽、天上」という続きから、ここは①の意と見ておきたい。■生れなまし-きっと生れていたでしょうに。■無量億劫(むりやうおくごふ)-計り知れないほどのきわめて長い時間。無限永劫。■しかしながら-つまりは。結局は。■うへ-書陵部本・陽明文庫本などは、「かうべ」とする。

備考・補足

■『道賢上人冥途記』には、修行中に絶息した道顕は、冥途に至り、執金剛神や二十八部衆の供養を受け、蔵王菩薩や日本太政威徳天となっていた菅原道真と会い、地獄に落ちた醍醐天皇とその側近たちの苦しみの様をつぶさに見ている。道真の左遷には道顕の兄の清行も一役買ったともいわれるが、後に菅原天神となる道真の遺恨のしぶとさは、本話の紺青鬼の瞋恚のしぶとさに相通じるものがあると感じられまいか。

朗読・解説:左大臣光永